ナムナム

恥ずかしくなって念仏を唱えます

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甘い闇のワンピース、息をのむイヤーカフ

「清少納言」は、長くつややかな黒髪が美しいとされた平安時代において、茶色っぽく癖のある猫っ毛だったという説を聞いたことがある。容姿についても『枕草子』の随所で、あまり自信がないことをほのめかす。教科書で習う、持ち前の機転と賢さ、詩歌や故事の知識をもって宮中でブイブイいわす自信満々な清少納言像とは少し違った横顔がかいま見えて好きだ。私もくせ毛に悩む、容姿に自信があるとはいえない者なので、親近感がわくと同時に、くせ毛界の星として擁し、清女のアネキと呼びたい。 アネキ、二十八歳の

    • 根に持つ4拍の人

      「過ぎたことをいつまでも覚えている人は、素敵だ」 清少納言のアネキもそう書いた。 「鳥が悲しむことに決めたら、何日ももたない。すぐに死ぬ。つれあいに死なれて、悲しんで死ぬやつはいるよ。死なないためには、忘れなければいけない。けものもたぶん同じことをするはずだよ。でも、人間だけは悲しいことを忘れないのに、死なない。泣くことを知っているからだ」 『風神秘抄』に出てくるカラスの鳥彦王のこの台詞が好きで、納得もした。 私はすぐ泣き、すぐ忘れるが、人間として暮らすからには、泣くか

      • 覚書

        仕事で「覚書」をつくったことがある。5年間、その紙に書かれた約束ごとを守ります、と互いに意志表示する紙だ。どちらかがその約束をやぶろうとしたとき、覚書を見せ、「ここにこう書いてはんこを押してあるではありませんか」と言って守らせるのだそうだ。 私が働きはじめたとき、ちょうど前回の約束の効力が切れる年だったため、よく仕組みを理解しないまま、パソコンに残っていたデータを使い回して同じ内容の覚書を印刷し、ゴツいはんこを押して細長く折って封筒に入れ、約束相手の家の錆びたポストに投かん

        • なにがしです

          「5分だけ落ち込もう」といって落ち込むのが好きです。いま、それです。45分経ったけど。 19時から茶道のお稽古だったから、なだれ起きかけの仕事を放って早く帰ってきたのに、アパートついてシーフードヌードルかっこんだら力つきてしまって、お稽古の開始時間3分前に、無理だ休もうとなって師匠に電話をかけました。出たのは姉弟子で(姉弟子といっても高校時代の茶道部の顧問の先生だ、心の中で勝手に呼んでいる)、「仕事が終わらないのできょうはおやすみさせていただきます」というと「大丈夫よ、仕事

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        甘い闇のワンピース、息をのむイヤーカフ

          揺穂の記憶

          今日は体に力が満ちており、いつもの、「出勤してからどんなわざわいが待ち構えているかわからないので武装と精神統一をせねば」という胸さわぎがない。月曜の朝のくせに! なぜかというと、 昨日、読書会があって、私のいちばん好きな本のうちの一冊を紹介させていただいた。上橋菜穂子さんの『狐笛のかなた』という本。 本の中の景色の中に行く、というのを教えてくれた本だった。昔の日本のような場所が舞台なので、昔の日本に行ったことのある人になってしまった。読み終えてから、自分が生まれるずっと前

          揺穂の記憶

          予感

          大学受験の冬、神社にお参りしてから学校へ行っていた。入試まで三週間、できることを全てやったうえ、さらに他の人がやらない方法で神頼みし、全国の受験生の中でぬけがけしようと企んだ。一時間半早い電車に乗り、遠回りして公園を通り、けやきの樹の覆いかぶさる鳥居をくぐった。 拝殿の正面に立つ音のない瞬間が好きだった。気持ちを真空にし、鞄を地面に降ろし、右手を左手より少し下げて柏手をうった。 境内にある稲荷神社にもお参りした。小さく細い鳥居をくぐり、白い陶器のきつねにお参りした。二匹のきつ

          何でもかんでもメモしてやる

          私は全くまめではない。返信を溜める。借りた本を返さない。約束を忘れる。何より、集中しないと数字の区別があまりつかない。のに、事務員になってしまった。 先週金曜はひどかった。日程調整役になったのだが、相手によって違う時間を伝えてしまった。あさって、関係者が1時間ずつずれて会議室に着くようだ。知らない。しらばっくれて連休。退勤後すぐ新幹線にとびのり、旅に出た。 「それはだいぶ、めちゃくちゃだ」 運ばれてついた土地で、目がさめたら夜半、街灯がにじみレンガのはりめぐらされたビジネス

          何でもかんでもメモしてやる

          あなたのようになりたい、のを

          お守りを手に入れよう。昨日買った『枕草子』を読み始めよう。 田辺聖子さんの『むかし・あけぼの 小説枕草子』を読みおえてから、そこに描かれた清少納言という人が、私は大好きになってしまった。あくまで田辺さんがむすんだ像なのだが、私にはとてもしっくりきた。確かに、清少納言はあんな人だったのではないかと思う。 彼女の眼を借りて見た平安時代と人の世は、なつかしく恋しかった。 私も世の中をあんなふうに見てみたい。 『枕草子』の冒頭「春はあけぼの」の訳も、田辺さんのものが一番好きだ。

          あなたのようになりたい、のを

          あづま路の果てのバスボム(更級ログ12)

          困った。何度も挫折した『更級日記』を確かに一周、読み終えたのだが、特に心身に変化がなくて。ふたたび適当なページを開いても意味がわからず、注釈を参照しても、こんな箇所あったっけ…と思う。これでよかったのか? 結局『更級日記』の何が恋しかったの?  いや、ちょっとわかったのは、私が『更級日記』にひかれていた理由は、 ①ひみつの薬師仏に通って願うこと ②竹芝伝説 ③物語へのあこがれ の3つだったなあということだ。 菅原孝標女が念願の『源氏物語』を手に入れて、昼間は部屋に寝そべっ

          あづま路の果てのバスボム(更級ログ12)

          さるすべりの海

          「さるすべりが咲きましたよ」 姫の屋敷に常駐する掃除係の女性が、そういって私を呼びにきてくれたことがあった。私は電話で上司に怒られたばかりで、これから上司が屋敷に来るので説明せねばならないということで失意のなかにいたが、呼ばれるままにクーラーのきいた事務室から猛暑の庭にふらふらと出た。祖母くらいの年齢の先輩だが、しゃんと背筋を伸ばし、軽やかな足どりで屋敷に入ってゆく。私も靴をぬいで屋敷にあがる。中は少しひんやりとしている。板の廊下をきしませて歩く。私たちのほかに人はいない。

          さるすべりの海

          たこやきの入ったたいやき

          「絶対に目を開けないでくださいね」 最近夢は見ない。本当は見ているらしいが、起きたら忘れている。忘れているだけで、もしやどこかへ行っている。祭り、ならいいのに。誰か、よく知る優しい誰かが夜更けにそっとあらわれ、私をおぶって絶対に目を開けないでくださいねといって、無数の瓦やこんもりした山のかたまりをいくつも越え西へ西へ飛ぶ。風がやみ、目を開けていいですよと言われて開けると思ったより赤くて地面が近くて人の多い夜のなかにいる。屋台の行列に並んでたこやきの入ったたいやきを買い、分け

          たこやきの入ったたいやき

          あてなる人(更級ログ9)

          「お暑うございます」師匠がキッチンからのれんを捲って出てきた。 「あれ、今日こられるようになったの。あ、はんこだけ押しにきたのね、今日はなんでお稽古むずかしいのだっけ」 「家具を買いに行かなければならなくて」 「そうなの、気をつけて行ってきてね」先生はにっこりした。口紅がきりっと引いてあるのに気づいた。目をあわせながら、虚言癖の私は腹のなかで、この人にうそをつきたくない、と思った。 本当はあてなる人が来ているので、一緒に出かけたくてお稽古を休んだのだ。あてなる人は窓を開けた

          あてなる人(更級ログ9)

          からっぽの手のひとよ(更級ログ5)

          今日は眠れないので、夜更かしして『更級日記』。 『更級日記』は、『源氏物語』が完結して少しあとの平安時代中期を生きた、元・物語に憧れるオタク女子で現在は色々悟った中年女性となった菅原孝標女が、幼少期から50代までの半生をふりかえった回想録だ。菅原さん、たぶんエピソード記憶が大得意で、幼いころに見た光景や耳にした話、よまれた歌などを、たった今見聞きしたかのように鮮明に描写する。今読んでいる箇所は、50代になった菅原さんの表情が見える回想のひとこと。『源氏物語』全五十巻あまりを

          からっぽの手のひとよ(更級ログ5)

          崖を登れますか(更級ログ3)

          今日も朝の湖に来た。結露で白い窓の前に座り、水面を眺めている。 昨日は、ついに、仕事中に声がでなくなった。それでも出さねばならず、発作、みたいな声でいつものセリフをいった。多分それが周囲の大勢にばれてしまったと思う。どうしたの?という感じで周囲がひそひそ話していた。「普通にこなせる人」のふりを何とかできていると思っていたので、ああ、ここでもまただめか、と静かに思った。そう、妙に静かな気持ちだったが、目はグルグル回って血はあつく、頭の中は煮えたぎって何も考えられない。なかで、な

          崖を登れますか(更級ログ3)

          朝の浜名湖(更級ログ2)

          朝四時半に起き上がる。時間のかたまりを抱えていることに気づく。手放すと減りはじめるのがもったいないが、諦めて手放し、やかんで湯をわかすと、かたまりが砂に変容して落ち始める。砂の落ちる音はまだ聞こえない。 机に向かうことに成功した。何ヶ月ぶりだろうか。 『更級日記』の続きを少し読む。みやこに憧れつづけた少女がついに父の転勤によりみやこへ引っ越す旅路の章にいる。今は遠江(今の静岡県西部)、浜名湖を舟で渡っているところ。浪がくだけて輝くのが水晶に見えたという。体調を崩したり嵐にあ

          朝の浜名湖(更級ログ2)

          チャイム

          私は今、司令塔で事務員をしている。「I」の形をした制服のスカートに襟なしシャツのすそを入れ、廊下を歩く。棚から分厚いファイルをとって抱えたまま席につき、膝に乗せてめくり、該当のページと二つのモニターを見くらべながら各地に電話で司令を入れる。 私の司令はよく間違っている。 地図を読み違える。番号の桁を間違える。間違いを報告するのも間違える。私のいう「だれだれがこういってました」は大抵ちょっと違う、ホウもレンもソウも違う。言ってしまったあとに、今のは違かったなあ、と気づく。 何

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