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たこやきの入ったたいやき

「絶対に目を開けないでくださいね」

最近夢は見ない。本当は見ているらしいが、起きたら忘れている。忘れているだけで、もしやどこかへ行っている。祭り、ならいいのに。誰か、よく知る優しい誰かが夜更けにそっとあらわれ、私をおぶって絶対に目を開けないでくださいねといって、無数の瓦やこんもりした山のかたまりをいくつも越え西へ西へ飛ぶ。風がやみ、目を開けていいですよと言われて開けると思ったより赤くて地面が近くて人の多い夜のなかにいる。屋台の行列に並んでたこやきの入ったたいやきを買い、分けて食べながら花火と色とりどりの時代行列を見る。

帰りはもっと早い。おぶわれて寝ると、湖やビジネス街や竹林やダムを飛び越えて元どおりの布団に入れてもらえて、ついでに除湿をオンにしてもらえて、記憶が消える。1時間25分後にアラームが鳴り、夢を見なかった気がする朝がくる。

そういう好きな昔話がある。

「絶対に目を開けないでくださいね」
今日は退勤後にまつげパーマをかけた。目を開けないでくださいね、なんぞ、祭りに連れて行ってくれる天狗にしか言われたことがなかったので心がはずんだ。

私ったら嘘ばかりつく。記憶が消えているのだから天狗に言われたこともおぼえていないし、私自身はどんなにやさしくても天狗とかかわる気は一切ないのに。今日も嘘をいくつもついた。もう虚言をいれる箱はいっぱいに溢れており、なにを言っても同じだと思って、まつげパーマの術師さんに、東京に住んでいたことがあるといった。ないのだが、口が勝手にそうしゃべった。こんなんでは誰からも信じてもらえなくなるよ、でも本当に嘘なのだろうか、忘れているだけなのではないか。目はあけなかった。

「目を開けて正面を見てください」
手鏡を持たされて覗きこむ。祭りの記憶を消されてキョトンとした、絵みたいな上向きまつげの自分の顔があった。自分が嘘をつきまくったこともキョトンと忘れて知らなさそうだった。いくつのダムといく千の屋根瓦の上を飛んで帰ってきたのか。
「カールがうまくかからなかったから来週また来るように」とお姉さんはいった。東京のことはほとんど聞かれなかった。申し訳程度に、「高尾山なら今でもよく登るのです」と補足した。

明日も出勤したくないけど、平安女房みたいに参上を続けると決めたから、ちゃんとひと眠りしてから身支度をしよう。ねえその前にひとつたい焼き食べていい?たこ焼きの2個入った。目をあけないし、誰にも言わないし忘れるから。最近夢は見ない。

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