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銀河フェニックス物語<少年編> 第十五話(19)量産型ひまわりの七日間

 銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>第十五話「量産型ひまわりの七日間」(1)  (2)  (3)  (4)  (5)  (6)  (7)  (8) (9) (10) (11) (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18
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 フチチ大空襲は客観的に見れば虐殺だが、アリオロンからすれば成功した作戦だ。参加したグリロット中尉は何を考えて爆撃したのだろう。

 彼は、フチチ大空襲の話を持ち出すと、決まって機嫌が悪くなった。どの作戦に参加したにせよ、フチチ市民の殺害に関わっている。僕と似たような後悔と懺悔を突き付けられる機会があったのかも知れない。
「人権委員会で話してほしい」という僕の提案に乗ってくれるだろうか。
 彼は聡明だ。『亜空間破壊兵器』について把握し、その威力の大きさに憂慮の念を抱いていれば、提案に賛同する可能性があると踏んだ。
 不毛な戦争に嫌気を感じていることは伝わっていた。

 人を殺すことは簡単ではない。物理的にも心理的ハードルは高い。だが、戦争はそのハードルを乗り越えることを求める。
 今回レイターはモリノ副長を殺すことを試みた。おそらくダグはレイターが持つ殺人に抵抗する良心のハードルを壊したのだ。そして、それがストレスとなって『赤い夢』を見ている。

「お前はダグのアサシンだったのか?」
 僕の質問をあいつは鼻で笑った。
「殺気がバレるようなアサシンをダグは雇わねぇよ。仕事を手伝ったことはあるけどな」

 軽い口調で感情の重さを隠そうとしている。ダグ・グレゴリーに『緋の回状』の死刑執行役をさせられていたことは聞いたが、それだけではないな。宇宙海賊に襲われた時、こいつは迷うことなく海賊の急所を撃ち抜いた
 ダグはレイターに殺害の手伝いをさせることで、思考力を奪い、人を殺すことに慣れさせていったのだろう。心の内側に溜まっているダグの悪意を外に吐き出させた方がよさそうだ。
「例えばどんな仕事を手伝ったんだ? 具体的に言えるか?」
 レイターの顔が曇る。思い出したくないなのだろうが、誰かに話したい気持ちもあるはずだ。ゆっくりと口を開く。
「……色々」
「自分の意思ではなかったのだろう?」
「好きでやってたわけじゃねぇけど、殺らなきゃ殺られる、って時は、俺の意思で殺したぜ」
「その状況は、正当防衛が認められる」
「難しいな。ダグに認められてぇ、ってのは俺の意思だよな」
 ダグに承認されたいという歪み。質問を変えよう。

「僕が気づかなければ、副長を殺すことができたと思うか?」
「あん? 殺すだけなら簡単さ。機会はいくらでもあったし」
 背筋に汗が伝った。おそらく僕を殺すのは副長を殺すより簡単だ。
「それをしなかったのはなぜだ?」
「俺がやった、ってバレねぇ方法が見つからなかったんだ」
「模擬戦は誰が撃ったか明らかだぞ」
「訓練中のミスなら何とかなるんじゃねぇかって、とっさに思ったんだ」
「お前が実弾にスイッチを切り替えた時は驚いた。だが、僕が模擬弾に戻そうとする前に、殺気が一瞬にして消えた。あれはカナリアが攻めてくる前だ」
「……副長の声が聞こえた気がしたんだよ。お前ならS1レーサーになれる、ってな。迷ったら終わりだ。失敗する。ダグの言う通りだった」
「それは、違うんじゃないか。失敗ではない。そもそもお前は副長を殺したくなかったんだ。自分でそれを選択したんだ」
 レイターは大きく息を吐いた。
「そうさ、俺は、副長を殺したくなんてなかった」
「副長だけじゃない。お前は、誰も殺したくなかったんだ」
「……」
「だから、『赤い夢』を見るんだ」

 僕はこれまで、直接人を手にかけたことはない。もし、僕が戦地で敵兵を目の前にしたらどうするだろうか。殺さなければならない状況になった時に訓練通りに動けるだろうか。
 答えの出ない問いが浮かぶ。そんな自分に、思わぬ言葉が投げかけられた。
「アーサー、あんた、あのひまわり、咲けねぇって知ってたか?」
(20)へ続く

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