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銀河フェニックス物語<少年編> 第十五話(14)量産型ひまわりの七日間

 銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>第十五話「量産型ひまわりの七日間」(1)  (2)  (3)  (4)  (5)  (6)  (7)  (8) (9) (10) (11) (12) (13
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 きょうは、ヌイではなく僕が尋問を行う。
 軽い緊張を持って尋問室へ入ると、グリロット中尉はいつもと変わらず静かに座っていた。

「あなたは、領空侵犯する前に鮫ノ口暗黒星雲で何をしていたのですか?」
「……」

 微動だにしないが、僕の質問の意味を考えている様子だ。補足の質問をぶつける。
「タロガロ基地から直接フチチへ来たわけではないですね?」
「黙秘します」
 これまでのやりとりから推察するに、彼が黙秘を使う時は「当たり」だ。
「何かの任務とあわせて、侵犯したのではないですか?」
「黙秘します」
「機体に残っていた燃料を調べました。かなりの距離を移動していますね」
 彼の瞳が動く。V五型機から強制的に燃料を抜いたカナリア少尉からエネルギー残料が少ないことの報告を受けている。
「黙秘します」
「鮫ノ口で何をしていましたか?」
「通り抜けてきました」
「噴射口の煤も調べました。長時間、暗黒星雲を飛行していたことが伺えます。通り抜けただけだとしたら随分と無駄な飛行ルートですね」
「黙秘します」
「あなたはアリオロン同盟軍の研究員でもある。暗黒星雲の観測を担当していたのではないですか?」
「黙秘します」
「研究員でしたら観測データを持ったまま敵領には入ることの危険性はご存知のはず。何かあったのですね?」
「黙秘します」
 ほんの一瞬呼吸が乱れた。ひまわりは間違いなく暗黒星雲の観測データを積んでいる。
 一拍置いて、別の角度から矢を放つ。
「グリロット中尉、観測データとともに連邦へ亡命しませんか?」

「お断りする!」
 強い口調での反論。想定通りだ。黙秘の砦を中から揺らす。
「あなたのお嬢さんは、貴殿がフチチの大空襲に参加し何をしたかご存じですか?」
「……」
 彼はぐっと口をつぐんだ。苦しげな表情。
 ヌイ軍曹による尋問中にも感じた。首都大空襲に痛みと罪悪感を抱えていることがうかがえる。
「フチチを解放するという大義は嘘だったこと、今ではわかっておられますね」
「……」
「あの強硬な侵攻は、鮫ノ口暗黒星雲を観測するためなら、多くのフチチの民が犠牲となっても構わないという考えのもと実行された」
 額に汗を浮かべるグリロット中尉を観察する。僕の描いた推論は間違っていない。あとはその具体的な観測データの内容が知りたい。
 砦から顔を出した彼が苦し気に僕に言葉をぶつけた。
「……あなたは不幸な星の元に生まれている」
「僕が? どういう意味ですか」
 思わず一人称が僕になってしまった。
「我が同盟に生まれていれば、その年齢で戦地に来ることはない。子どもたちの幸せは最大限に尊重される。連邦の世襲制という自由を奪う制度があなたを不幸にしている」
 グリロット中尉に僕の姿は同情すべき対象として見えているのか。子を持つ親として、真っ当な感性の持ち主ともいえる。
「確かに窮屈な制度ではありますね。でも、私自身は不幸と感じていません。選択肢が少ないがゆえの充実感があるのも事実です。一つ伺いますが、子どもの幸せを尊重するあなたの世界は、フチチの子どもたちに何をしましたか?」
「……」
 この沈黙は黙秘ではない。

 ハヤタマ殿下の怒りに満ちた顔が頭に浮かんだ。当時十二歳だった王子は星を焼き尽くしたアリオロンに復讐をしたかったという。
「父殿や兄姉の仇を討ちたかった。だから我は、連邦の士官学校を目指したのだ」

「今も復讐を考えておいでですか?」
「怒りは今もある。だが、母殿は現実的だ。復讐をしたとて父殿も兄殿も姉殿も戻っては来ぬ。フチチも痛みを生じるだけだと止められた。母殿が申すようにフチチの再建こそが最大の供養だということは我もわかっている。こちらから攻めはせぬ。だが、攻めてくるものがあればいつでも殲滅する」
 あの溢れだす敵意が、侵犯機の捕獲につながったのだ。

 黙り込んだグリロット中尉に僕はゆっくりと話しかける。
「では、連邦への亡命ではなく、人権委員会でお話しいただくのはいかがですか。あなたが鮫ノ口で行ってきた任務について。それは、あなたが奪った命の供養となりますし、あなたのためでもあります。発言が人権委員会で評価されれば、早くご自宅へ戻ることができるでしょう」
「……」
 答えはなかった。だが、砦の中に矢が届いた手ごたえはあった。
(15)へ続く


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