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銀河フェニックス物語<少年編> 第十五話(6) 量産型ひまわりの七日間

 銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>第十五話「量産型ひまわりの七日間」(1)  (2)  (3)  (4)  (5
<少年編>マガジン

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 僕はアレック艦長が一人の時間を狙って艦長室を訪れた。
「ふむ、敵のひまわりが鮫ノ口の機密を持っている可能性は分かった。アーサー、わかっていると思うが、この件の取扱いには注意しろ」
「はい」
 もし、亜空間破壊兵器につながる情報が洩れたら大変なことになる。艦長に直接報告したのもそのためだ。
 アレック艦長は不機嫌そうな顔で尋問調書を指ではじいた。
「生のアリオロン人と話す機会なんてそんなにないんだぞ。雑談でもして、もうちょっと読んで楽しい調書にしろ」

「はい」
 と返事はしたが、これは僕には随分難しい命令だ。
「お前じゃ無理か。ヌイに話をさせろ」
 最初からそう命じればいいのに、艦長は面倒な人だ。

「グリロット中尉は、タロガロ基地ではどんな任務につかれているんですか?」
 ヌイ軍曹は僕より発音がいい。話し方も明るく何より声がいい。
「黙秘します」
 相手は黙秘の砦に潜り込んで、こちらの様子をうかがっている。
「もともとは研究所の所属ですね?」
「黙秘します」
「軍に入隊された時は、ちょうど休戦期だったんですね。僕はその頃、歌手でした」

「歌手?」
 グリロット中尉は怪訝な顔でヌイを見た。聞き間違いと思ったようだ。
「ええ。自分で作詞作曲もするシンガーソングライターです。結構売れてメジャーデビューもしたんですよ
「すごいですね」
 ヌイの笑顔と雑談が、砦の窓を開かせる」
「実は次の休戦期がきたらまたアルバムを出したいって考えているんです。軍の仕事も減るじゃないですか。次の休戦期はいつでしょうかね?」
「すべては抽選です。誰にもわかりません」
 アリオロンでは五年に一度、盟主抽選が行われる。選ばれた盟主が好戦派か厭戦派かで対応が変わる。
「抽選に不満はないのですか?」
「抽選は公平で公正です。一部の権力者による決定より受け入れやすいと考えますが」
 グリロット中尉はちらりと僕を見た。連邦の世襲制に対する嫌味だ。ヌイ軍曹が明るい声で話題を変えた。政治的な話は得策でないと考えたのだろう。
「僕はアリオロンの音楽にも興味がありましてね。それで、アリオロン語も覚えたんですが、貴殿は音楽は好きですか?」
「ええ」
 僕の尋問とは雰囲気が随分違う。僕が持っていない雑談という武器。
 ヌイはゆったりとアリオロン語で口ずさみ始めた。僕の知らない歌だ。美しい旋律に愛を伝える言葉が溶け込んでいる。囁くような声なのに情景の輪郭がくっきりと伝わり胸に響く。
「僕が好きなのはこの歌です。少し前にそちらで大ヒットしましたよね」
 アリオロンではメジャーなバラード曲なのだろう。グリロット中尉の表情が和らいだ。
「お上手ですね。さすが、プロです」

「いい曲ですよね。歌詞もいいですがこのメロディラインには心をつかまれました。不思議ですよ。遠い世界で誕生した生命体が同じ周波数を好むなんて。やっぱりムーサの思し召しとしか思えません」
「ムーサ?」
「音楽の女神です。ムーサに愛されると音に命が宿るんですよ。僕はムーサになら命を捧げてもいいと思いながら曲を作っています。アリオロンでは音楽を司る神はいますか?」
「芸術の神には三人の娘がいて、その姉妹が音楽を生み出したという神話はあります」
「面白い。もしや、その三人はメロディ、リズム、ハーモニーでは?」
「その通りです」
 他愛ない二人のやりとりは興味深かった。言葉の持つ背景を知るのは面白い。僕はアリオロン語の辞書を丸暗記しているが、言語としての使われ方は話し言葉でしか身につかない。敵の文化に触れる経験は文字情報以上に自分を刺激する。
 尋問の議事録は連邦共通語に訳したものを音声処理装置が自動作成している。今日の調書は軍にとっては価値のないやりとりだが、アレック艦長を満足させるだろう。

 尋問時間の最後に、すっかり打ち解けたグリロット中尉がヌイ軍曹に話しかけた。
「お願いがあります。身体を動かすために十分間で結構です。トレーニングルームの利用を許可いただけないでしょうか?」
「少尉、どうしますか?」
 ヌイが僕を見た。
「利用の許可はできません」
 即座に答えた。彼はひまわりに残されたデータの消去を狙っているのだ。運動はこの部屋を出るための口実にすぎない。ここから彼の身柄を出すことはできない。
「そうですか、残念です」
 グリロット中尉はゆっくりと目を伏せた。
(7)へ続く


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