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銀河フェニックス物語<少年編> 第十五話(9) 量産型ひまわりの七日間

 銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>第十五話「量産型ひまわりの七日間」(1)  (2)  (3)  (4)  (5)  (6)  (7)  (8)
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 宣戦布告も何もないまま、我が同盟は農業星系のフチチへ攻め込んだ。奇襲は司令部から命じられた作戦だった。フチチ王室が抱えている独自軍を叩くという名目だった。戦ってみると、敵は軍と呼べるほどのものを備えていなかった。
 首都大空襲にも参加した。反粒子爆弾が着弾し建物が破壊される様子を爆撃機内のモニターで確認する。「よし、命中っ」興奮して声が出た。

 緑の星は真っ赤に燃え上がっていた。空から見る光の渦は、故郷で見るどんなイルミネーションより美しく輝いていた。我々のこの成果がタロガロとフチチに自由と幸せをもたらすのだ。達成感と爽快感が胸に広がった。

 フチチ十三世は戦闘中に死亡し、フチチは陥落した。

 解放されたはずのフチチ市民は我々に敵意を向け続けた。
 破壊尽くされた首都に降り立った自分が目にしたのは、焼死体の横に立つすすにまみれた女の子だった。娘と同じくらいの幼子だ。保護しなくては。近づく自分に足元にあった石を投げつけてきた。涙で赤く腫れた目が自分をにらみつける。石は届かずポトリと地面に落ちた。それが脳に直撃したように感じた。あの子の怒りと痛みが自分に穴をあけ、充満する焦げ臭ささが身体に侵食してくる。
 爆撃機内ではしゃいでいた自分が恥ずかしい。その場から逃げるようにして部隊へと戻った。
 あの時だ、聞かされていたイメージとの間に初めて違和感を感じたのは。

「あなたが参加した首都大空襲は、虐殺の罪で人権委員会で問題となりましたね」
「連邦がフチチを奪還した時点でその話は終わっています」
 これ以上この話題に触れてほしくない。赤い瞳と石のつぶてが脳裏に浮かぶ。
「アリオロン同盟軍はタロガロ駐留部隊を縮小しましたが、その後、五年以上、あなたの配属が変わらないのはなぜですか?」

「知りません。異動は上部が決めることです」
「あなたは何か重要な任務を負っているのではないですか?」
「何もお答えすることはありません!」
 つい、声を荒げてしまった。これでは白状したも同然だ。
「きょうはここまでにしましょう」
 ヌイ軍曹の言葉に深く息を吐いた。

 一言も口を利かなかった次期将軍の少年が自分の前に立ち、冷たい視線で見下ろした。これ以上、どんな攻撃を仕掛けてくる気だ。
「グリロット中尉、あすから一日に十分間トレーニングルームの利用を許可します」
「え?」
 思わず見上げる。どういうことだ。罠か? 「飴と鞭」という言葉が浮かぶ。 
 無表情を装っているが、彼自身は納得していない不機嫌な様子が見て取れた。

 初めて年相応の雰囲気を感じた。彼が娘と同じ十二歳であることを思い出した。

 三カ月に一度、タロガロの前線から自宅へ帰る。
「お父さん、お帰りなさい」
 思春期の入口に入った娘が笑顔で迎えてくれる。子どもだと思っていたのに会うたびに大人びていて驚く。女の子は成長が早い。二週間の休みは仕事を忘れ、家族と存分に過ごす。
「わたしが学校に入るまでは、お父さんのんびりしてたよね」
「いや、あの頃だってちゃんと仕事はしていたし、お前の世話でのんびりなんてしてなかったぞ」
「家にお父さんがいてくれると助かるんだよね」
「やっぱり父さんと一緒がいいか?」
「違うわよ。男手があって便利ってこと。単身赴任はやめられないの?」
 ぶっきらぼうな口調だったが、うれしかった。同僚から娘は父親から離れていくという話を聞かされたばかりだった。
「父さんにしかできない仕事をしているんだ」
「戦争なんて、やめちゃえばいいのに」
 軍人の自分ですら、娘の育児に追われた休戦期を懐かしく思う。だが、連邦の拡大を止めるためには、好戦派が主張するように武力も必要なのだ。この娘の未来を守るためにも。
「盟主抽選は公平公正だ。結果を受け入れなさい。連邦に支配されたら自由で平等な世界ではなくなってしまうんだよ」

 人権委員会で捕虜は取引のカードに使われる。不調に終われば何年も戻れない。自分はフチチの大空襲にも出撃している。交渉は簡単には進まないだろう。家族には軍から連絡がいっているはずだ。心配をかけて申し訳ない。
 次はいつ会えるだろうか。娘が年頃の女性へと成長していく様子を自分はおそらく見守ることができない。自らの招いたこととはいえ、何よりそれが辛い。
(10)へ続く


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