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銀河フェニックス物語<少年編> 第十五話(8) 量産型ひまわりの七日間

 銀河フェニックス物語 総目次
<少年編>第十五話「量産型ひまわりの七日間」(1)  (2)  (3)  (4)  (5)  (6)  (7)  
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 拘束されて三日目。
 打撲の痛みもほとんど引いた。運動不足を解消するためベッドの上で腕立て伏せをする。この部屋から出る口実としてトレーニングルームの利用を願い出たが即座に却下された。次の策を考えなければ。
 部屋を見回す。トイレとシャワーが完備され、出される食事も上手い。随分と快適な牢獄だ。

 我々アリオロン同盟とは違い、連邦は世襲の王政を採用している。民衆は搾取され虐げられていると聞かされていた。捕虜になったらひどい目にあうという噂があったが、実態は違っていた。将軍の息子は敵兵に対しても紳士的だ。

 連邦に対してよく似た違和感を過去にも感じた。あれはいつだったろうか。

 歌手だったというヌイ軍曹は、話をしていて気持ちのいい人物だ。歌が本当にうまい。学生の頃、妻と自分は同じメジャーなアーティストが好きでその縁で結ばれた。ヌイ軍曹の歌声は、そんな自分の琴線に触れるものだった。
 高度な心理戦なのかもしれない。それでも、またあの歌声が聞きたいと思ってしまった。

「あなたには妻と十二歳のお嬢さんがいらっしゃるんですね」

 ヌイ軍曹の尋問は、雑談のように始まった。
「さすが、よくご存じですね」
 嫌味を込めて応じる。軍人台帳の個人情報が漏れているのだろう。

 十二年前。彼女の妊娠がわかり、妻とは学生結婚した。三人で暮らすための生活費が必要だった。研究は好きだが大学でなくても続けられる、と上級院への進学を断念した。
「エネルギー工学部を卒業後、アリオロン同盟軍の研究所に入られたんですね。何を研究されていたのですか?」
 これは機密だ、答えるわけにはいかない。
「子育てです」
 とユーモアで切り返す。ヌイ軍曹が目を見開いた。自分が「黙秘します」と答えると思っていたのだろう。
「お嬢さんの子育てですか?」
「ええ、毎日が戦争でした」
「休戦期なのに?」
「ええ」
 ヌイ軍曹が噴き出した。互いに目を見合わせて微笑む。

 自分が入隊した年に盟主抽選で厭戦派が選ばれた。休戦期に入り戦闘は激減、研究所ものんびりとしていた。
 星間物質の研究班に配属された自分の仕事は、何に役立つのかわからないデータ整理だ。雑用に近いが苦ではない。要領よく終わらせて、自宅へ戻り子育てをした。慣れない育児は戦争のようだった。営業職の妻より自分の方が時間の都合がついた。
 学士でしかない自分に研究の機密は明かされず、仕事ではみたされていなかった。一方で、娘の成長は観察のしがいがあった。
「お嬢さん、さぞや可愛いんでしょうね。目に入れても痛くないとか」
「ええ、宇宙一可愛いです。最近は生意気ですが」
 目元が自分と似ている娘。親バカと言われても可愛いものは可愛い。
「僕の姪もかわいいですよ。しばらく会ってないですけど。休戦期になったら会いに行けるかな。僕は休戦期の経験はないんです。歌手をやめて入隊したのが、休戦が破棄されて兵隊の緊急募集がかかった年でしたから」
「六年前ですね」
「そうです」
 娘が初等科に上がる年に、暮らしは一変した。好戦派のアヤリーマ盟主が選ばれると、即座に連邦との戦争へと突入した。名ばかりの研究員だった自分はすぐに前線へと駆り出された。
「グリロット中尉は先のフチチ侵攻からタロガロ基地に配属されていますね」
「……ええ」
 隠しても仕方ない。彼はわかった上で自分に聞いている。もうそこに笑顔はない。

「七年前の侵攻時はどのような任務でしたか?」
「お答えできません」
「爆撃隊に所属されていましたね」
「黙秘します」
「あなたは爆撃に加わりましたか?」
「黙秘します」
「フチチ歴五月二十日の首都大空襲の無差別攻撃に爆撃機のパイロットとして出撃された記録が僕の手元にあります。多くの無辜の市民が犠牲となりました。痛ましいことです」
 ヌイ軍曹の柔らかな声が自分を縛り付ける。
「フチチを解放するためです」

 反論せずにはいられなかった。フチチは王室がすべての権力を掌握し、一般市民を農業労働力として利用し搾取している。連邦の不平等を解消して、我ら同盟のタロガロの移民とともに生活させれば、フチチ市民の幸せにつながる。
 自分はそう聞かされていた。
(9)へ続く


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