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読書感想   『おらおらでひとりいぐも』 「孤独の多面性。老いのその先」

 この作品が、芥川賞を受賞したときのニュースは覚えている。

 かなりの高年齢になってからの受賞で話題になった。

 だけど、このタイトルで、方言なのは分かるので、生まれた場所を中心にすえた話だと勝手に思って、なんだか敬遠していた。

『おらおらでひとりいぐも』 若竹千佐子

「1954年、岩手県遠野市生まれ。岩手大学教育学部卒業。現在、主婦。
 55歳から小説講座に通いはじめ、8年の時を経て本作を執筆。
 2017年、第54回文藝賞を史上最年長となる63歳で受賞」

 芥川賞受賞は、翌2018年だから、単行本の初版では、そのことは書いていない。改めて経歴を見ると、自分のイメージよりは意外と最近の受賞で、しかも、自分が無知なだけだけど、映画化までされていた。

 先に妻が読んでいて、とても良かったので、とすすめられた。それがなかったら、もしかしたら、この先もずっと読まないままだったかもしれない。

 読み始めると、自分が事前に感じていたことは、ただの無知な偏見だったと気がつかされる。

 誰にでも関係がある普遍的な孤独の話から始まった。

 すでに「老婆」と呼ばれてもおかしくない年齢になった女性が、ただ一人で暮らして部屋にいて、外側から見たら、動きのなさそうなその気持ちの中が、こんなに饒舌なのを知らなかった。

 部屋で座っている主人公(桃子さん)のうしろ、台所から音が聞こえる。それは、ネズミが立てる音だとわかっているけれど、それを振り向く勇気もない。だけど、それが去ってしまうことも避けたい。

なにしろ桃子さん以外とんと人の気配の途絶えたこの家で、音は何であれ貴重である。最初は迷惑千万厭うていたが、今となればむしろ音が途絶え部屋中がしんと静まり返るのを恐れた。 

 孤独は、ただ一人でいるだけではない。それに、誰もが無縁でいられるわけもない。自分もそうだけれど、普段は、見ないようにしているだけだと気がつく。

 こうなりたくない、と思いながらも、こうなるであろう自分の姿のように思えてくる。

孤独の多面性

 一人でいること。孤独であること。歳をとること。

 その状況の内面は、これまでの描き方は、外側からのある種のパターン化されたイメージだと思えるのは、この主人公の孤独が、思った以上ににぎやかだからだ。

 はて、あのお手玉はどこさいったぺ。立ち上がりかける桃子さんに、なにぃ七十年も前のだぞ。もはや影も形もねえべ、と引き留めるものあり。何そんなに経ってしまったのが、という驚きの声。心の声大勢で、経ってしまったのす。そうが、そんなにが、という声、声。心中にわかにかまびすしい。その声の間を縫って、
 ばっちゃ、かわいそうだったな。白内障で目が見えなくなったのが信じられながったんだ。大きく目を見開いて白く濁った目見せで、何度も聞くもんだから、おら邪険にしてしまった。あのときは、小さくて分がらなかったが、何もできなくなるのが何ぼか心細かったが。
 同じだな。この先何如になるべが。不安はおらばり、つまりおらばかりでねのす。同じだ。たいていのことは繰り返すんだな。ばっちゃとおらは七十年隔てた道連れだな。

 孤独とは、大勢の人と共にいること。
 そして、時間の移動も比較的自由であること。

 実は、孤独は、とても多面性があるのに、もしかしたら、孤独とか孤立とか、知らないうちに、どこかで一括りにしてしまっていたから、こうした孤独の多面性に対して、自分がいかに無知だったのか、と思う。

老いのその先

 対象から少しでも距離を取らないと、書くことは難しい。

 この小説の主人公は75歳の設定。著者は、55歳から小説教室に通い始めて、この作品で文藝賞を受賞したのが63歳の時だったから、その先について書いた事になる。

 だから、本当の意味で、その年齢の老いを描くことはできないのではないか、とも思えるが、50代後半から60代前半は、確実に老いが自分の身に起こり始め、それを、笑いに変えるような余裕もないような変化で、どこかで気のせいと思いたい、といったことも考えるが、確実に、これから先に待っているのは下り坂で、その先に死があるのがくっきりと見えるはずで、そこからの眺めとして書いたはずだ。

 小説の主人公は、結婚し、子供を産んで育て、期待をかけすぎて、どこか圧迫しすぎてしまったこともあり、息子にも娘にも距離を取られてしまい、とても好きだった夫も亡くなってしまい、一人になってしまう。

 だけど、そこからが、ただ老いるという下り坂を下るだけではなく、途中でこぶがあったり、脇道さえも存在したり、そんな本人でさえ思いがけない「老いのその先」まで、この作品では見せてくれているように思った。

 幸せで満ちたりていたと言えば確かにあの頃なのだろう。だが、これまで生きてきた中で心が打ち震え揺さぶられ、桃子さんを根底から変えたあのとき、周造が亡くなってからの数年こそ、自分が一番輝いていた時ではなかったのかと桃子さんは思う。平板な桃子さんの人生で一番つらく悲しかったあのときが一番強く濃く色彩をなしている。

 それからは、死者とも生者とも距離が変わらなくなり、それでいて生きるエネルギーそのものは時として輝くように強くなり、老いるというものは、そんなに単純な衰えではないことも、この作品では描かれている。

おすすめしたい人 

 孤独と老い。

 これから先、より重要で、誰もが考えなくてはいけないテーマに触れたい時に、手にとってほしい作品です。

 若い人も、年齢を重ねた人も、どちらの方々にも、おすすめしたくなるのは、ここには「生きること」が描かれているからだと思います。



(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。

 


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