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「とても大事な場所」-------Gallery Hasu no hana。

 久しぶりに、戸越公園駅で妻と待ち合わせをして、ギャラリーの「Hasu no hana」に行った。

 今回の展覧会は、渋田薫展『サロルンカムイ』だった。


渋田薫

 ギャラリーに入ると、入場料500円を払い、作品を見る。

 それは、カンディンスキーといった過去のアーティストの作品を、つい思い出してしまうのだけど、絵画だけではなく、展示室いっぱいに、立体も使い、少しそこにいると違う世界にいるような気がしてくる。

 動きがある。

 その展示室を歩くと、作品を見る角度が違ってきて、天井から下がっているモビールのバリエーションは豊富で、個人的には、小さくはかないように見えるものが、特に、この場所の気配を変えているように思えた。

 それに、別の展示室では、アーティストが作品制作をしている映像があった。

 その制作風景は、そのアーティストの動きが、思ったよりも速く、というよりは、音楽を聴きながら筆を走らせているとすれば、音楽に反応するというよりは、音楽と共に走っているような筆の動きだった。

 それが、そのまま作品としてもスピード感を宿らせることができて、だから、軽みを伴った不思議な明るさを感じさせるのかもしれない。

 渋田薫は、外界からの情報を、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚など通常の身体機能で処理するとともに、何らかの作用により共感覚が働き、それらの情報は脳内で曲となり、音として世界を捉えているアーティストです。
 脳内で作曲される曲は主にクラシック音楽だと話す作家は、自身が感じる世界を他人に伝える手段として絵画で表現しています。

本展、サロルンカムイでは、大阪から新潟のフライト時に感じた
風とヴァイオリンの曲をイメージしスケッチをベースに、そこに渋田が生まれ育った北海道の風景、釧路湿原やアイヌのイメージが加わり森を抜けて上空を飛ぶ、というタンチョウの視界を体験していただくようなインスタレーションを発表いたします。

(「hasunohanna.net」より)

  このギャラリーは、2018年までは、別の場所にあった。それが、自分が住んでいる町で、とてもギャラリーなどがあるような土地柄ではなく、だから、このギャラリーがやってきたときは、とてもうれしかったのは覚えている。

文化

 2011年は、介護を始めて、仕事もやめて、介護に専念する年月が10年が経つ頃だった。自分でも介護者の心理的支援をしようと思い、勉強をして、学校に通っていたときでもあった。同時に、介護も続いていたから、他にどこかへいくような余裕がなかった。

 そんな年に、近所の古い店が改装しているのがわかった。そこは最初はカメラ屋。そのあとは、古本屋になっていたが、次が何になるのか知らなかった。

 当時は、マクドナルドも撤退してしまっていたから、これから衰退する一方の町なのではないかといった先細りの不安しかなくて、だから、それほど期待もなかったけれど、その雑然とした作業中の建物の中を見ていたら、明らかに異質なものがあった。

 それは、人が意図を持って制作した、実用だけではない物体に見えた。

 ちょっとワクワクした。

 それが何なのかを知りたくて、じっと見ていたら、声をかけられた。そして、この場所がギャラリーになるらしいこと、そのオーナーがその女性であることを知った。

 文化がやってきた。

 妻は、そんなふうに思ったらしい。

ギャラリー

 それから8年間、地元にこのギャラリーはあった。

 初期は、ランチのような食事もあって、独特でおいしい料理を食べて、色々な産地が違って、味や香りも違うコーヒーを飲んで、さらに作品も見ることができるのは、とても豊かな時間だった。

 古い木造の建築物をリノベーションして、吹き抜けは高く、屋内にツリーハウスがある独特の魅力のあるギャラリーだった。

 歩いて行ける場所だったから、展覧会の期間中に2度や3度行くことも珍しくなかった。そこは、違う空間だった。

 介護は続いていて、90歳を超える人を妻と介護をしていると、やっぱり負担は重くなっていき、その間にも勉強し学校にも行き資格も取ったけれど、仕事はなくて、といった時期もずっとギャラリーはあって、展覧会を開き続けてくれたので、通った。

 おそらく、すべての企画を見に行ったと思う。

 こうして、周囲にアート関連の施設がないような普通の町で、カフェの機能もある場合は、徐々に喫茶部門が拡充され、アートの分野は、その壁に、絵画が並べられる、といった方向へいくのも少なくないと思っていのだけど、この「Hasu no hana」は、カフェという名称もとり、とにかくオーナーのフクマカズエさんが選ぶ作品たちが並べられた。

 もちろん、ギャラリーを経営していく大変さは、正直、よくわからないし、貸画廊という、そこに作品を展示する側がお金を払うシステム(日本独特らしい)ではなく、とにかく、ギャラリー側が企画し、アーティストを選んで、そして展示する。を続けるのは、より大変そうなのだけど、この空間に並ぶ作品に、妥協を感じることはなかったはずだ。

 いつも、近いとはいっても、その空間が、外とは違うのは、そこにアートがあって、それはオーナーのフクマさんが選んだものであって、ただ心地よいのではなく、考えさせるような緊張感もあったからだ。
 それは、こちらの視点の変化を刺激するようなものでもあったけれど、それが味わいたくて、足を運んでいた。

 そして、地元から、そのギャラリーが去ったのが2018年だった。

 次に移った土地も、一軒家で、周囲にギャラリーなどがあるような場所ではなかった。やはり、ギャラリーとしての機能を持たせるために、かなりの手間ひまをかけ、いろいろな人の協力を得ながら、自力で作り上げていったのは知っていた。

 そして、また新たにギャラリーとしてスタートしたのが、2019年のことだった。

 うちからだと、それほど遠い場所ではないのだけど、電車を2回ほど乗り換える必要があった。だから、少し足が遠のいたといっても、通えるのだけれど、地元にあった時のように2回も3回も、は行かなくなった。

 そして、2020年にコロナ禍になり、外出を控える日々が続いたせいもあって、アートそのものを見にいく機会が激減した。

 それでも、この「Hasu no hana」には、何度か訪れた。

 今回の渋田薫展『サロルンカムイ』は、久しぶりに妻と一緒に出かけたが、作品に関するオーナーのフクマカズエさんの豊かで熱意のこもった言葉も含めて、このギャラリーに来た、という印象が強まる。

 志は、ずっと変わらない。

 すでに10年以上、アート業界の、どこかの系列に属して、と聞いたことがないから、あくまでも、オーナー自身の基準で作品を展示し続けるのは、やっぱりすごいことだと思い、自分のことを振り返って、ちょっと背筋が伸びるような気持ちになる。

 だから、今は、以前ほど通っていないので、何か偉そうなことは言えないものの、「とても大事な場所」であることに変わりがないと思った。




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