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読書感想 『これはニュースではない』 速水健朗 「2020年代以降のカフェで読みたい本」

 とても個人的な感覚にすぎず、もしかしたら偏見に近い部分もあるのかもしれないけれど、声を聞いた瞬間にちょっと怖いと思ってしまう人がいる。

 速水健朗、という人も、その1人だった。

 決して凄みをきかせていたりするわけではないのだけれど、おそらくはすごく冷静な人で、自分自身が感情的な人間だから、そうした人を感覚的に怖いと思ってしまうだけなのだろうけれど、ただ、その怖いほどの冷静さが、ライター/編集者として、他の人にはない視点を提供してくれている印象がある。

 ポッドキャストを2人で始めたときは、面白いと思ったものの、そのうちにイベントに参加していない人間にとっては、急に終わってしまったようで、ちょっと残念だったのだけど、そのうちに、今度は速水健朗が1人で番組を開始した。

 選ぶテーマが独特で、いつも新鮮な視点を提供してくれるのは変わらないので、ただ面白いというだけではなく、興味を持たせてくれた。そのポッドキャストの番組が本になった。


『これはニュースではない』 速水健朗

 手に取ると表紙がかわいい。

 本の装丁全体もおしゃれで、ページ構成もカッコよく見える。文字が横書きだけど、それも含めてまず物質として魅力的だった。

 価格は、2000円を超えているから、ページ数を考えても、やや高額とも思えるけれど、これからの出版界を考えると、まずは「手に入れたい物質」としての側面は必要不可欠ではないか、と思える完成度だった。

 しかも、全部で約40遍の短めの文章で構成されているから、どこか外出先で、細かい区切りの時間でも読みやすい。そういう意味では持ち歩いて、カフェで手に取っていても、絵になりやすいし、なんとなく楽しい気持ちになるような気がする。

01 プライベートジェットとウーバーイーツの話

 それに、取り上げているテーマが意外で、興味深い。テイラー・スウィフトと大谷翔平の共通点。それは、同じプライベートジェット会社の利用者、ということを指摘し、それ自体も、ふと誰かに言いたくなるようなことなのだけど、それは単に導入に過ぎない。

 ビスタジェットという年間の利用時間数で契約する定額制のプライペートジェットシェア会社。コロナ禍の移動制限と世界的なセレブ人口の増加を背景成長しているサービスで、多くのセレブたちも利用している。

(『これはニュースではない』より)

 全く知らないことだった。だけど、ありえないけれど、自分がもしセレブでプライベートジェットを利用していたとしたら、使わない時間もずっとお金が発生するよりも、飛んでいるときだけ支払う方を選んでしまうだろうと思った。そういう意味では、新鮮な知識でもあったし、そこから話がさらに広がっていく。

切手と鉄道の共通点は、どちらもマニアを生み出すというところ。

 そこまでは、おそらく誰もが知っていることだと思うが、そこから、少し視点がずれていく。

 社会学者の大澤真幸は「極端でローカルで部分的な何か」に惹かれる鉄道マニアたちは、実際には、その背後にある大きなシステムに惹かれているのだと指摘する(『不可能性の時代』岩波新書)。

(『これはニュースではない』より)

 この「01 プライベートジェットとウーバーイーツの話」は、4ページで終わる。ただ、読みながら、もしくは読み終えたあと、自分自身は、ここまでの知識も情報も鋭さも持っていないものの、読者として、著者に投げかけられたいろいろなことを材料にして、ちょっと一息入れて、未熟だとしても自分で何か考えたくなる。

 しかも、その話題は確かに「ニュースではない」かもしれないけれど、でも、現在をテーマにしていて、もし知らない固有名詞があったとしても、手元のスマホで検索ができる。だから、カフェのような場所で読むのに、やはり適しているのではないか、と思えた。

 読む楽しさと、知的な刺激のバランスが、優れていると感じる。

視点の多様性

 この書籍は、著者のポッドキャストを元に制作されている。

 その番組は、個人的には、おそらくはほぼ全番組を聞いているはずだったし、確かにこの書籍に取り上げられているテーマでの話も聞いたはずだったのだけど、改めて文章になったのを読むと、本当にこんなことを言っていたのだろうか、と思えるほど新鮮だった。

 それは、この著者の話し声は、自分にとっては冷静すぎて、どこかで怖く感じるせいもあって、もしかしたら、その細部まで気持ちに届いていないかもしれないと気がついた。だから、勝手な都合だけど、私にとっては、この著者が話したことを文章にまとめた内容が最も正確に届くのではないかと思った。

03  ヤンキーとリアリティ番組 

 例えば、このテーマでは通常では注目しない点に著者の興味は集中している。

 Breaking Downにおける朝倉未来の立ち居振る舞いに、いつも見入ってしまう。Breaking Downは、喧嘩自慢たちを集めた格闘技の大会だが、オーディションこそメインだ。

(『これはニュースではない』より)

 ここまで言い切れるのは、おそらくはこの格闘技の熱心なファンではなく、少し距離を取れるからだろうけど、その場所に一瞬現れる、この著者でないと、そこまで気がつかないことについて書かれているのは、わかる。

 朝倉は乱闘に加わることは絶対にない。手や口は出さない。どこかのタイミングで「じゃあ次の人どうぞ」とクールに言い放つのみ。それを見るのがBreaking Downの楽しみ方である。このタイミングの良さのみで朝倉は、特権的な立ち位置を強めていく。

 こうした見方もあるのかと感心もするものの、達人と言われるような人たちは、そうした立ち居振る舞いの違いで、その場を圧倒していることも、あれこれ思い出したりもする。

 精神科医の斎藤環は、ヤンキー漫画では、努力して強い奴より、最初から何もしなくても強いやつが最強であると指摘した。

(『これはニュースではない』より)

 人間社会の序列や、競争や権力構造など、それがどこにどんなふうに現れるのかはわからないことを、改めて分からせてくれたのだけど、著者の視点の広さとフェアさと冷静さが、その発見を可能にしているのだと思えた。

 その視点の多様性は、そのテーマの多彩さにあらわれている。

07  グッドスニーカーブームをダーウィンの自然選択説と重ねて考察する

10  宗田理『ぼくらの七日間戦争』と1980年代の管理教育について

12  広報戦と侵略『シン・ウルトラマン』 

17  飛行機が墜落するような映画 

18  あの日のビリー・ジェエルカラオケおじさん 

 おそらく、どんな人にでも一つは興味が持てるほど、さまざまなジャンルのことについて書かれていると思う。ただ、その視点は、どの事柄とも少し距離があって、だからこそ指摘できるようなことである、という共通点はありそうだ。

 ただ、そんな距離感を、どんなことにでも持続できる人は、ほとんどいないと思う。

ファンと利用者

 この著書にはまだ収録されていないが、速水健朗は、ポッドキャストで、自分にとってはファンはいないような気がする。利用者という表現がしっくりくる、といったことを話していて、それは、本当にそうだと思い、私自身も利用者にすぎないと、納得感があった。

 ただ、それを著者自身が見立てていることに、自身にまで冷静な視点を向けられる凄さを感じるし、それだからこそ、ここまで届くのではないか、と思える表現も少なくない。

20 『ワイルド・スピード』はマルチチュードである 

 思い浮かぶ構図は、ネグリ=ハートの「帝国」と「マルチチュード」だ。ここでいう「帝国」は、国家規模の多国籍企業体のようなもの。そして、「マルチチュード」はそれに立ち向かうことのできる、領域に縛られない多様性を持った運動体。
 この対比で言えば、マーベル、そのヒーローの集合体であるアベンジャーズは、帝国であり、ワイスピこそがマルチチュードを実体化したようなチームである。

(『これはニュースではない』より)

 なんとなくは感じていても、ここまで明確に指摘した人はいないのではないか。

 ここからは少し偏見もあるし、そういう視点こそ、この著者には軽蔑されそうなのだけど、ネグリ=ハートの「帝国」や「マルチチュード」に共感できる人は、「ワイルドスピード」に熱を上げてなさそうだし、逆に「ワイスピ大好きな人たち」の中には、ネグリ=ハートを近しく感じる人が少なそうだからだ。

 だけど、当たり前だけど、重要なことが、どこにあらわれているのか?は、こうして指摘されるまでは、私も含めて多くの人には、見えないものになっているのだと思う。

凄さが分かりやすいシステム

21  迷惑系YouTuberと血盟団事件

 このテーマでは、戦前の「血盟団事件」と、21世紀の「迷惑系YouTuber」が論じられているが、読んでいると、そこに決定的な違いがあるわけではなく、社会状況によって、表れ方は違うとしても、絶望して「怖いもの知らず」になる人たちは一定数いるはずのことを、改めて気づかされる。

 例えば、自分の評判が就職や結婚に直結するミドルクラスは、自分の行動に注意を払っているが、ハイクラスとロークラスは、そのことに注意を向けていない、という。

 ハイクラスとロークラスは、評判が落ちても自分の将来に影響はないと知っている。
 現代のハイクラスは、将来も自分がハイクラスでいられる保証があるし、ロークラスは、評判がどうあろうが、その階層から抜け出せる可能性が低い。
 この仮説は、まさに闇バイトや迷惑系YouTuberが生まれる社会状況を考えるヒントになるのではないか。自分の評判が落ちてもかまわない。それが人生を左右することはない。つまり「無敵の人」が生まれる構図。社会的な階層の固定化が「無敵の人」を生む。

(『これはニュースではない』より)

 このことを論じる際、やや突き放した表現ながらも、この仮説自体には、とても説得力があった。

 
   ---それほど長くない時間、興味があることを話し、それを文章化する。もしかしたら、このスタイル自体が、著者自身の思いはわからないけれど、1人の利用者としては、速水健朗の凄さが最もわかりやすく現れるシステムではないかと思った。


 見た目がかわいくて、装丁がかっこいい。
 4ページほどで一つのテーマを読み終えることができる。
 テーマは40以上にわたっていて、現代について、いろいろなことを考えさせられ、思考のブラッシュアップも可能になる。

 だから、外出時に持っていくには、とても適した作品だと思いますので、そうした本を探している人には、ぜひ、手に取ってほしい一冊です。





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