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この世の果て(短編小説 1)

決行の時がやってきた。
真希は思いきり息を吸う。そして、ゆっくりと吐き出す。
深呼吸しても興奮は冷めない。
が、そそくさとベットに入った。

スマホを手に取り、例の動画を表示する。
幽体離脱を誘導する音楽が、約8時間流れるのだ。
SNSのフォロワーさんが、幽体離脱できるという音楽を聴いてみたが、離脱はできなかったと呟いていたのを見て、興味を持ったのだ。
どんな動画なのか尋ねたら、この動画だよと教えてくれたのだ。

(さあ、始めるわよ)

動画を作動させると、目を閉じた。
低温のノイズのような音が流れてくる。
音楽というより、抑揚のない地を這うような音だ。
心地良い音ではない。少し薄気味悪い。

緊張と興奮で、眠気はなかなか訪れない。
雑念を振り払うかのように、固く目を閉じる。

(もし仮に、幽体離脱に成功したとして、その後ちゃんと肉体に戻れなかったらどうしよう)

不安は拭えないが、好奇心が勝っているから、今さら辞める気にもなれない。
ノイズのような低音が次第に頭の中で、ぐわんぐわんと鳴り響いているみたいで、あまり気持ち良くない。

何となく、体が下に引っ張られるような感覚を覚えた。

(もしかして、そろそろ効果が出てきたのかしら?)

体から魂が抜け出るイメージを頭の中で描いた。
ドキドキする。
そうして次第に、意識が遠のくような感覚を覚えた。


気づくと、目の前に亡き母がいた。
隣には、つぶらな瞳で私を見つめる亡き愛犬。
嬉しそうに、尻尾をパタパタと振っている。

(私、一挙にあの世へ飛んで行ってしまったのかしら?)

母は手料理を振る舞ってくれた。久しぶりに食べる母の味に感動した。とりとめのない会話も楽しくて時折、愛犬にも話しかけて抱き締めた。とても満たされて幸せだった。

(ずっと、ここにいたいわ……)


カーテンの隙間から差し込む朝日で目覚めた。

(ん? あれ? 母さんに会えて嬉しかったのに、あれは夢だったの? それとも幽体離脱して、あの世に行ってしまってたの? いったい、どっち?)

分からない。でも、何となく夢? のような気がしてきた。あまり夢を見ない体質のせいか、さっきの夢はやけに鮮明に感じた。母と愛犬の和やかな光景を思い出すと、切なくて胸が締め付けられる。涙が滲んだ。

翌日、真希は再度挑戦することにした。
入浴後、スキンケアを終えるとスマホを持って、ベットに入った。
例の動画を表示し、作動させる。

(今日は昨日より、精神を統一しないと)

地を這うような薄気味悪い低音に、身をまかせる。

(さあ、早くこの体から抜け出るのよ……)

しばらくすると、昨日とは異なる感覚があった。
体が小刻みに震え始めた。やがて四方八方に引っ張られているように感じ、恐怖感に襲われる。

(えっ、えっ、どうしよう? ちょっと怖いわ)

気づくと、目の前に天井が迫っていた。

(あれ? 私、浮いてる?)

視線を下に向けると、ベットに横たわる真希が見えた。

(そっか、やっと幽体離脱に成功したのね。じゃあ、このまま外に出てみようか)

天井を通り抜けることができるのか心配だったが、
難なく成功した。

しばし空中で浮遊していた。

(宙を漂っているのは、なんて心地いいんだろう。
あんな重い肉体を持たないことが、こんなにも気持ちいいなんて)

この世で亡くなった人々、肉体から魂が抜け出た人々は、きっとこんな感じなんだろう、と真希は思った。

(これから、どうしようか? どうせだから、どこか行きたい場所に行ってみようか)


        つづく


《創作大賞に応募するので、最終回を投稿した後
再度まとめて投稿します》











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