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松下幸之助と『経営の技法』#102

5/27の金言
 常に、いざ競争という場合に備えて、早くいい物を作る訓練を欠かさない。

5/27の概要
 松下幸之助氏は、以下のように話しています。
 例えば、アイロンを作る会社で、3つなら3つの条件のもとに、3つの班に分かれた設計陣に新しいアイロンを設計させ、コンクールを行う。それを3日間でやる。それを集めてどの班が一番適切にできているか検討する。そういうことをくり返しくり返し訓練するところから、いざという場合に3日あれば立派に設計ができるようになる。
 このようにして、早くいい物ができるという訓練を常にしておけば、いざ競争という場合に、瞬間にいいものができるし、他が1週間かかるところを、3日でできることにもなる。4日間早くできるから、注文主も非常に満足する。いくらいい物ができるにしても、それが1か月も先であれば、注文はよそへ行ってしまう。
 だからそういう訓練を常にしていることが、非常に大事なことだ。

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 注文に応じた設計をするアイロンは、工業用でしょうか。様々な事業分野があるなぁ、というのが最初の感想です。
 さらに、注文があったときのために訓練している点です。
 随分と人手に余裕があるのか、現在では少し考えにくい面があります。すなわち、現在の感覚で言えば遊んでいる人員であり、遊んでいる間には何か利益につながりそうな仕事をさせるべきところでしょう。
 けれども、言わば「余剰人員」を抱えているだけでなく、「余剰機材」「余剰在庫」を抱えていながら、好業績を上げている会社もあります。「経営の技法」でも紹介していますが、最新で高機能の工作機械が、非常に稼働率の低い状態で何台も設置され、高単価の商品在庫が多く積まれている状態なのに、高い利益を上げている会社があります。それは、同じ高品質の製品であっても、価格で勝負しているのではなく、納品の早さで勝負しているから成り立つモデルである、と分析されています。すなわち、一般的な規格の製品については在庫が豊富にあり、特別な規格の製品については最新で高機能の工作機械があるため、いずれにしても他社よりも早く納品ができ、そのため、(おそらく他社よりも割高でしょうが)商売が成り立つのです。
 このように見ると、松下幸之助氏の示すビジネスモデルは、あながち古風なものではありません。競争の場を「価格」ではなく「スピード」に求めることで、他社から差別化しよう、という「経営戦略」は、経営学でも有効な戦略と認められているからです。
 また、人事政策的に見ても、従業員のモチベーション維持のための1つの方法と見ることができます。
 これは、仕事が入ってこない時期に、ブラブラとして他の従業員から白い目で見られたり、慣れない安い仕事を与えられて効率が悪いと叱られたりするのではなく、大きな仕事で力を発揮するために鍛錬していることによって、自己研鑽も行われているという自己実現が図られるからです。
 このように、仕事のないときに鍛錬させる、という方法は、差別化のためにも、従業員のモチベーション維持のためにも、有効であり、現在でもヒントになる部分が沢山あるはずなのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、仕事がなくて暇、人的資産が有効活用されていない、したがって、バランスシートが経営を圧迫している、という状況にあって、逆転の発想で、競争力を高め、現場のモチベーションを維持する政策を打ち出せるところが、経営者の能力なのでしょう。暇で、社員を遊ばせている、じゃあ人員削減、じゃあ他の仕事をやらせろ、という発想は、「原因分析→対策」の構図(コンサルタントが好んで使うツール)にピタリと嵌るので、これが正解、と思ってしまいそうですが、現実の会社経営の世界では違います。
 このように、普通の人とは違った切り口からの発想が、経営者に必要な資質の1つと考えられるのです。

3.おわりに
 会社経営の話ではなく、個人の問題として見た場合、連想するのが、黒澤明監督のエピソードです。映画を作る資金が足りず、映画製作が始まらない(中断した?)ときに、1年間(1年半?)毎日釣りをして過ごした、というエピソードです。
 これは、一見、黒澤明監督の大らかさや鈍感さ、人物の大きさを表すエピソードのようですが、私にはそのように感じられません。というのも、映画製作は黒澤明監督一人の話ではなく、映画製作を仕事にする多くのスタッフの収入や生活にも関わることです。その監督者としての責任を考えると、内心穏やかなはずがありません。
 けれども、黒澤明監督は、そこで悠然と振舞い続けることで、皆を安心させていたのです。つまり、このエピソードは、仕事がなくてピンチな状態の経営者が、従業員を安心させるために悠然と振舞っていた、というエピソードに見えるのです。
 仕事がない状態は、休みが増えた、のんびりしよう、等と言えるような気楽な状態ではなく、自営業者や経営者にとって非常に辛い状況です。その状況をどのように耐え忍ぶのか、という観点から、松下幸之助氏の言葉を噛みしめても良さそうです。
 どう思いますか?

※ 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
 テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、該当する日付ごとに、読み解いていきます。


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