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松下幸之助と『経営の技法』#77

5/2の金言
 その時々の状況に応じた生きがいを感じつつ、誠実に精一杯働いていきたいものである。

5/2の概要
 松下幸之助氏は、以下のように話しています。少し長いですが、そのまま引用しましょう。
 22歳の時に独立し、ごくささやかながら、電気器具製造の事業を興しました。事業を始めた当初は無我夢中で、その日その日を誠実に精一杯働きました。夏の日に夜遅く仕事を終えてタライにお湯を入れ行水を使いながら、“我ながら、本当に今日はよく働いたな”と自分で自分をほめたいような充実感を味わったことを今でも覚えています。
 また、会社が大きくなってからは、会社の仕事を通じて人々の文化生活を高め、社会の発展に寄与、貢献していくことを使命とし、それを社員の人とともに達成していくところに自分の生きがいを感じつつやってきました。
 このように私の生きがいというものは、決して終始一貫して同じだったというわけではなく、その時々でいろいろ変わってきました。しかし、私はそれはそれでよかったのではないかと考えています。

1.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 いつもと順番が異なりますが、まず、ガバナンス上の問題から検討しましょう。
 ここでは、起業者でもある松下幸之助氏の経験が語られています。起業時と、会社が十分大きくなった時点の2つの場面が比較されていますが、もちろん、会社の成長過程や状況の変化に応じて、多様に変化してきたはずです。「その時々でいろいろ変わってきました」という言葉には、そのような意味が含まれるように思われます。

① 変化
 1つ目のポイントは、変化の在り方です。
 ここで想起されるのは、老舗です。
 日本には、創業100年を超える企業が世界で最も多く、その秘訣を経営学の立場から研究する学問があります(老舗学、等)が、そこで指摘されるのは、老舗に共通するのは、こだわりと柔軟性の両立と言えそうです。こだわりがなければ、伝統が有する蓄積した技術やノウハウを活用できず、他方、柔軟性が無ければ競争環境の変化に対応できない、両者が互いに足を引っ張り合うような形になるのではなく、両者が相互に良い方向で影響し合う経営が重要、というのです。
 例えば、西陣織のメーカーだった会社が、最新の電子部品会社に転身した事例では、様々な糸を複雑に織り上げる伝統技術を、最先端の部品製造に応用することで、伝統技術の応用をビジネスにつなげています。
 ここで松下幸之助氏は、何か特定の技術の話をしているわけではありませんが、一貫している部分と柔軟に変化している部分を両方指摘しています。
 すなわち、一貫しているのは、生きがいです。生きがいのある仕事に一貫して取り組んでいる点です。
 他方、変化しているのは、生きがいの中身です。当初は、まずは食えることに関心が向きますが、安定してきて、社会的な貢献に関心が向きます。
 このように、松下幸之助氏は、一貫した姿勢を保ちながら、柔軟に変化しているのです。

② 社会貢献
 2つ目のポイントは、社会への貢献です。
 企業の社会貢献には、余裕のある会社が名声を売るためにやっている、という印象があり、CSRが日本で流行らないのも、これに関係あるかもしれません。
 けれども、企業の社会貢献は、会社にとってより本質的な問題です。
 すなわち、投資家である株主と経営者の関係で見た場合、社長のミッションは「儲ける」ことですが、一発勝負ではありませんので、継続的に「儲ける」必要があります。
 度重なる品質偽装問題でも分かるように、社会に対して嘘をつくなどの方法で社会から嫌われた会社は、場合によっては倒産に追い込まれるほど、大きな痛手を被ります。したがって、会社は社会の一員として受け入れてもらわなければならず、単純に「儲ける」のではなく、「適切に」「儲ける」ことが必要です。
 しかし、社会に嫌われないように縮こまっていては駄目です。
 「儲ける」ためにはチャレンジしなければならず、そのためにはリスクを取らなければならないからです。すなわち、リスクを避けるのではなく、適切にリスクをコントロールしてリスクを取るからこそ、チャレンジになり、「儲ける」可能性が出てくるのです。
 ここまでが、ガバナンスの話であり、経営の話です。
 社会との関係に話を戻しましょう。経済の話です。
 会社が、社会との関係でリスクを取り、チャレンジすることは、ときに会社と社会の間に軋轢が生じるかもしれませんが、社会に受け入れられる商品やサービスを提供するからこそ、「儲ける」ことができます。これは、会社が市場のプレーヤーとして認められ、市場取引に参加しているからこそ得られる成果です。
 つまり、社会に受け入れられる商品やサービスを提供することが、市場に参加し続ける資格なのです。社会の一員として永続的に稼ぐためには、社会に受け入れられることが必要なので、カネを稼ぐだけの身勝手な会社と評価されないようにすることは、経営問題です。これは、企業が大きくなり、社会的に存在感を増すほど重大な問題になります。社会で目立つほど、儲け主義が批判されやすくなるからです。
 したがって、会社が大きくなるほど、社会的に非難される危険が高くなるため、松下幸之助氏の晩年の生きがいとなったような社会的な活動は、趣味や遊びとしてでなく、会社を守るために、必要性が高くなっていくのです。

2.内部統制(下の正三角形)の問題
 次に、社長が率いる会社の内部の問題を、上記①②に対応して、それぞれ考えましょう。

① 変化
 1つ目は、伝統を守り、磨き続ける部分と、柔軟性を確保する部分の両立です。
 これは、特に技術系のメーカーでは両立が難しいところで、専門性を高め、品質を高めることに必死になると、せっかく磨き上げたものを否定することが難しくなり、規格外の新しさを組織として受け入れることが難しくなるのです。
 組織論としては、新しい事業を探求する部門を作る方法(但し、伝統的な事業部門との対立などが生じやすい)、伝統的な事業部門の中に、新規事業開発担当者を置かせる方法(但し、当該担当者の意欲を高め、能力を発揮させ、部門内で孤立させない工夫が必要)、新規事業の探求を、部門や個人の担当にせず、従前の事業の中で全員に行わせる方法(但し、業務配分を適切にするなどのコントロールが難しい)、などがあります。
 また、経営レベルの手法としては、新規事業を他の会社から購入する方法(事業譲渡)や、その会社自体を手に入れる方法(企業買収)等もあります。
 選択と集中が、多くの日本企業に必要と言われる今日、伝統と柔軟性の両立は、経営上(内部統制上)の重要課題でもあるのです。

② 社会貢献
 2つ目は、社会貢献です。
 その意義は、上記のとおりですが、これを実現するための会社の仕組みです。
 すなわち、会社の利益と社会貢献を切り離して考えるのではなく、会社が収益を上げるための活動が、市場での適切な競争を通して社会に貢献することを理解し、それに加えて、会社が大きくなるほど「自分勝手な会社」と評価されないように注意し、必要に応じてより積極的に社会貢献をアピールすべきである、ということを、全従業員が理解しなければなりません。
 それを、さらに実践させるための動機づけやルール、プロセス作りが必要となります。
 会社自身がボランティア活動に参加したり、社員の寄付を集めたりする、等の目に見えるCRS活動だけでなく、自社製品やサービスが社会にどのように役立っているのかを常に従業員に伝えるなど、社内の雰囲気作りや意識作りの問題のほか、日ごろの業務の中でも、単に儲ければいい、というわけではないことを意識づける仕組みづくりが必要です。例えば、映画にもなった「ブラッドダイヤモンド(紛争ダイヤ、血塗られたダイヤ)」のような、不正を助長するダイヤを販売しない活動に参加すること、なども、会社の姿勢を社会に示すと同時に、従業員に伝えるメッセージにもなります。
 CSRやコンプライアンスのように、社会規範を守り、社会に貢献する活動を、社内的に徹底させる具体的な施策を、しかも、それが日常的な業務に結びついて実施することが、重要なのです。

3.おわりに
 変化や社会貢献という、主に活動面から検討しましたが、多くの経営者に接して感じることは、経営者を動かす熱量です。もちろん、経営者自身が人を動かし、組織をリードするための熱量が必要なのですが、それだけでなく、組織自身がエネルギーを作り出し、自家発電しながら自己増殖していくような組織作りも必要になります。そのエネルギーが長く続くことが、松下幸之助氏の言葉で言う「生きがい」となり、会社の伝統になるのです。
 どう思いますか?

※ 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
 テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、該当する日付ごとに、読み解いていきます。


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