松下幸之助と『経営の技法』#115

6/9 私のためでなく公のために

~人を雇い、人を使うのは、社会に貢献するために必要だからである。~

 何万人もの人が働いているような大企業の中にはいろいろさまざまな職種がある。けれども、そのどれをとっても、一つとして私のしごとはない。皆、その企業が事業を通じて社会に貢献していくために必要なものである。その必要な仕事をやってもらうために人を雇い人を使っているわけである。だから、かたちの上では経営者が人を雇い、上司が部下を使っているようであっても、実際は、企業としての公の使命を達成していくために、それぞれに必要な仕事を分担しているということになる。ただ、それを全体としてよりスムーズに運営していくために、かたちの上で、使う立場、使われる立場ということになるにすぎない。あくまでも私のためではなく、公のために人を使うのである。
 そのように、人を使うのは私のためではない、いわば公事であると考えれば、そこに一つの信念が生まれてくると思う。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

1.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 最初に、いつもと順番が異なりますが、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者は誰のために働くのでしょうか。
 典型的なアメリカ型ガバナンスの構造としては、株主です。これでは、会社が社会のためにならない、という批判があるところですが、会社からの分配は、第1順位が税、第2順位が債権者であり、株主が受け取れるのは最後の残り物です。これで、会社の社会性は担保される、というのが、アメリカ型ガバナンスの背景にある考え方です。そして、このモデルは所有と経営の分離を徹底するもので、経営の自由度が高まりますから、市場での競争力が高まります。欧州型の三権分立モデルの場合には、意思決定に時間がかかり、その間にアメリカ型モデルの会社が市場を席巻してしまう、という現象が実際に生じていたのです。
 けれども、株を売って逃げることができる株主の、無責任で短期的な要求のために、中長期的に活動できるための投資が後回しになり、危険で短期的な投資が多くなる傾向が指摘されています。その結果、会社から逃げられず、長く付き合わざるを得ない国や社会の利益が害されてしまうのです。
 そこから、会社は誰のためにあるのか、という議論が注目されるようになってきました。
 松下幸之助氏の発言は、このような議論が展開される以前の発言ですが、会社が株主の言うことだけを聞いていればいいのではない、儲けることだけ考えていれば良いのではない、という意味で、欧米のガバナンス論を先取りしていますが、他方、例えば近江商人の「三方良し」のような議論を踏襲したもの、とも見ることができます。
 さらに、これをガバナンス論ではなく、企業の社会的責任の問題と見ることも可能です。
 すなわち、会社が利益を上げることができるのは、社会(市場)が会社を受け入れてくれているからです。社会から否定された企業、例えば食品の品質偽装などを犯してしまった会社が、事業継続の危機に瀕する事態などを見れば、株主のような直接の支配関係はないものの、商品やサービスを購入する、購入しない、という方法を通して会社経営に大きな影響を与えています。
 このように、会社が社会に受け入れられることを、本来「コンプライアンス」と言い、近時はCSRやIR、企業の社会的責任などと称しますが、このような会社の活動基盤、という観点から、会社経営者として考慮しなければならない「ステークホルダー」として、社会との関係を論じることも可能なのです。
 いずれにしろ、現在、会社経営者が社会に対して無関心無責任で良いはずがありません。その理論的な位置づけや整理の仕方については、色々な考え方がありますが、松下幸之助氏は早くからこのことを強く主張してきたのです。

2.内部統制(下の正三角形)の問題
 次に、社長が率いる会社の内部の問題を考えましょう。
 商売を通して社会に貢献することは、会社従業員の自覚や自信を促すうえで有効です。特に、誰かの私腹を肥やすために手伝わされている、という意識に比較すれば、自分は社会に貢献しているという意識の方が、多くの場合、モチベーションを高めることになるでしょう。
 さらに、特に組織が大きくなると、組織の中での自分の位置付けすら分からなくなってしまいがちです。けれども、自分と社会との関わりまで意識を持たせ、視野を高く持たせることは、従業員の成長、特にリーダーとなって部下を任せらえる人材に成長してもらうためには欠かせないポイントです。
 このように、自社の社会的な位置づけや意義を、会社の内外に向けて発信している会社は、単に会社のイメージを高めるためだけでなく、会社経営上の、内部統制上のメリットも考慮しているのです。

3.おわりに
 社会の役割という言葉の意味も、少しずつ変化しているようです。
 すなわち、かつては「義務」の面が強調されていたように思いますが、例えば「ノブレスオブリージュ」は、社会的責任という訳語が当てられていますが、紳士の誇りと名誉にかけて社会貢献することが本来の意味ですので、社会貢献できることは非常に名誉なことだという受け止め方が、少しずつですが増えてきているように思います。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


この記事が参加している募集

コンテンツ会議

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?