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第2回「僕にとってのアーセナル。」前編

第2回目の投稿です。
どうも、いったーです。今回は「僕にとってのアーセナル。」について書きたいと思います。

の、前に最近、念願のアーセナルのティエリ・アンリのユニフォームを買いました!!なんと、なんとですよ。買ったのは、2011-12シーズンの125周年記念ユニフォーム#12。
あの“キング”がMSLのオフシーズンを利用して短期間のレンタルでロンドンに帰還した時のユニフォーム…早速アンリを纏ってフットサルしたいところですが、さすがに観賞用として飾ります。

今回の内容を一言で表すと…「アーセナル愛」「どうしてアーセナルなのか」
まぁ、一言じゃ表せないんですけど。いきなりの手のひら返しw

「アーセナルとの出会い」

 ‘06WCドイツ大会前後まで遡ります。ユニフォームを買って貰えるということでカタログ的なノリで選手名鑑を眺めていました。「どうせ買うなら、若くて将来性のある選手にしよう」と思い立った自分は、選手名鑑の若手10傑特集を発見しました。そこにいたのは、そう若かりしセスク・ファブレガスだったのです。イケメンで名門アーセナルの未来と紹介されていました。彼なら間違いないということで、赤白に#4がプリントされたユニフォームを選びました。

こんな、偶然から生涯応援するクラブと出会うことになるとは思いもよりませんでした。そこからセスク・ファブレガスが所属するアーセナルを追いかけるようになるのです。


そもそも「どうしてアーセナルなのか?」


 疑問ですよね。これまで身近にサッカーがある生活をしていましたが、推しのチームが「アーセナル」という人はなかなかいませんでした。

チェルシー、マン・ユナイテッド、マン・シティ、バルセロナ、レアル・マドリー、バイエルン、ACミラン、インテル・ミラノetc...

 その理由は簡単です。リーグ制覇からほど遠いCL優勝回数0安定の4位力勝負弱い過去の栄光にすがっている。
まあ、まさにその通りすぎて、ぐうの音もでませんよね。けど、グーナー共通だと思うのですが、言われなれ続けたせいで何も感じない。。。

無冠でも惹きつけられる魅力とは?

1. アーセン・ヴェンゲル監督の存在(←今回ココ!!)
2. 一貫したアタッキングフットボール(後編)

3. 怪我からのカムバック(完結編)

1.「アーセン・ヴェンゲル監督の存在」

a.ヴェンゲル監督の人間的魅力
b.若手の抜擢
c.グローバル化

a.ヴェンゲル監督の人間的魅力

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 かれこれ20数年アーセナルのボスの座についていたので、アーセナル=ヴェンゲルこのように考える人が大勢を占めるのではないしょうか。
彼は単なる監督(Manager)の存在を超えた人物でした。現場だけでなく、クラブハウス、練習場の建設、エミレーツスタジアムへの移転、アカデミーの整備、スカウト、選手との交渉。クラブのすべてをコントロールできる現代の最後の監督だった気がします。また、ウィットに富んだ発言も多く、インタビューでも魅せてくれました。

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サッカー面では、「若手の抜擢」と「グローバル化」この2つのキーワードはヴェンゲルを語る上では欠かせません。

b. 若手の抜擢

“ワールドクラスの選手とは、買い入れるのではなく、育て上げるものさ”
”我々はここで育ち、ここで磨かれた選手たちの力を土台に成功を築いてきた。それこそがクラブのDNAだ。”

  この言葉に心を揺さぶられました。ちょうどその時期にはチェルシーやマンシティのように天然資源の資本が流れ込み、PL優勝やCLでの躍進が目立つようになりました。それ故に、「財力=成功へのルート」が証明されつつありました。

 しかし、その時代の流れに逆らうように(エミレーツスタジアム建設で資金が足りませんでした)、特に若手選手に対してクラブへの情熱、帰属意識を植え付け、トップチームで活躍させる。というお金では買えないロマンをアーセナル・ブランドとしての魅力にしようとする姿勢に心打たれました。

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 加えて、選手に対する公平な信頼です。特に若手選手に対しては、定期的に辛抱強く出場機会を与え続け、多くの才能を世間に解き放ちました。ヴェンゲル監督に対して、フットボール界の父だと発言する選手は枚挙に暇がありません。それは選手と監督の関係を超えた信頼関係があったからだと信じています。アカデミーを重要視し、若手選手をワールドクラスに育て上げる重要性を経営的な観点からも、ロマン主義者としても知っていたのです。

c.グローバル化

 アーセナルは90年代後半から00年代前半にかけて多くの外国籍選手を登用して、スタメン全員外国籍ということもありました。(本で得た情報なので当時のリーグでどれくらい稀有なクラブだったかは想像で。)
私自身が見始めた’06WCドイツ大会後では、各国代表クラスがPLに集結してしのぎを削っていました。その中でもアーセナルにはサッカー列強国とは言えない選手やマイナーリーグ出身選手がこれまで多かったように思えます。

見始めた時期では、、、

リュングベリ(スウェーデン)、フレブ(ベラルーシ)
ロシツキー(チェコ)、K・トゥレ、エブエ(コートジボワール)
ソング、ローレン(カメルーン)、エドゥアルド(クロアチア)
センデロス、ジュルー(スイス)、アデバヨール(トーゴ)
ベントナー(デンマーク)、ファビアンスキ(ポーランド)

 挙げたらきりがないのですが、東欧やアフリカ、北欧といった当時では世界の端と考えられていた地域の才能をスカウトしている点は大変興味深かったです。また、アーセナル所属選手をきっかけに小学生の夏休みの自由研究として世界の国調べにも挑戦しました。

  世界中で「グローバル化」と「多様性」が叫ばれて久しいですが、アーセナルにはヴェンゲル監督就任当時から先進的に多様な人種、文化を受け入れる土壌(精神的にも、Londonという土地柄も?)があり、世界中の様々な文化に触れることができる点も他のクラブには中々ない魅力です。

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ちょっと長くなったので今回はこのへんで締めたいと思います。

次回は「僕にとってのアーセナル」後編を投稿します。乞うご期待!!!


んじゃ、そういうことで、ばいころまる。

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