第11回 期限の利益喪失
1 総論
借入人は、原則として、弁済期限が到来するまで借入金の弁済を強制されないという「期限の利益」を有しています(民法136条)。もっとも、借入人に信用不安が生じたときには、貸付人は弁済期限到来まで待たずに債務残額の全てを回収する必要が生じます。そこで、期限の利益を当事者の合意で排除し、その発生により期限の利益を失わせる「期限の利益喪失事由」を特約で定めることが行われています。期限の利益を喪失して弁済期が到来した債権について、貸付人は、残債務の全額を借入人に請求することができるほか、担保権実行や相殺などの手法により改修を図ることが可能となります。
ローン契約における期限の利益喪失事由は、当該事由の発生により当然に期限の利益が喪失する「当然失期事由」と、当該事由の発生に加えて貸付人が請求することによって期限の利益が失われる「請求失期事由」の2つに分けて規定されます。
2 期限の利益喪失事由発生の効果
期限の利益喪失事由が発生した場合の代表的な効果として以下のものが挙げられます。
(1) 貸付実行の停止
買収ファイナンスのローン契約においては、期限の利益喪失事由がないことが貸付実行の前提条件として規定されます。そのため、期限の利益喪失事由が発生すれば、貸付人は一切の貸付義務を免除され、新たな貸付を拒絶して貸付実行を停止することができます。
なお、通常は、「期限の利益喪失事由が発生していないこと」に加えて、時間の経過等により期限の利益喪失事由を発生させるような事由(=「潜在的期限の利益喪失事由」)が発生していないことも貸付実行の前提条件とされます。そのため、貸付人は、期限の利益喪失事由の発生がなくとも、潜在的期限の利益喪失事由の発生さえあれば貸付義務を免れることとなります。
(2) 貸付債権の債権譲渡についての借入人の承諾権の喪失
借入人はローン契約によりその経営を大幅に制限されており、増資などの一定の重要な行為を行うには貸付人による事前の承諾が必要とされます。債権譲渡により貸付人が変われば事前承諾が得られないことも考えられるため、借入人にとって貸付人が誰であるかは重大な関心事であり、貸付人の変更を簡単に許すことはできません。
一方で、貸付人からすれば、貸付債権譲渡は重要な債権回収手段であり、常にそれが制限されることは大きな負担となります。
そこで両者の利害調整のため、期限の利益喪失事由が発生していないことを条件に借入人に債権譲渡の承諾権を認め、期限の利益喪失事由が発生した後は借入人の承諾なくして債権譲渡を可能とする旨が規定されることが実務上少なくありません。
(3) 適用金利の上昇
期限の利益喪失事由の発生により、元本にかかる適用金利が上昇する場合があります。
LBOローン契約において、順調な元本返済によりレバレッジ・レシオが低下した場合に、リスクの低減に応じて適用金利も段階的に下がっていく仕組みが定められることがあり、これを「プライシング・グリッド」と言います。期限の利益喪失事由の発生は、貸付人にとってリスクですから、そのような場合にまでと借入人に金利低下の恩恵を受けさせるべきではありません。そこで、期限の利益喪失事由が発生した場合には、当初の高い金利が適用されることとなり、金利が上昇することとなります。
(4) その他
その他、期限の利益喪失事由が生じた場合には、役員報酬・賞与の支払いや設備投資を制限する規定が設けられることがあります。
3 当然失期事由
発生により当然に期限の利益が喪失してしまう当然失期事由としては、①支払いの停止、②借入人の倒産手続き開始の申立て、③借入人の手形交換書又は電子債権記録期間の取引停止処分、④借入人の解散・事業廃止、⑤借入人の預金等への差押えなどが規定されるのが一般的です。
4 請求失期事由
当然失期事由ほど緊急性はないものの、借入人の信用を悪化させ、貸付人の与信判断の前提を覆すような事由が請求失期事由として規定されます。請求失期事由が発生すると。貸付人は、請求により期限の利益を喪失させるか否か、失期させないまでも新たな担保・保証提供を求めるなどのローン契約上の措置を取るのか等を決することとなります。
請求失期事由は、当然失期事由に比して広く規定され、典型的には、①支配株主の変更(COC条項)、②ローン関連契約上の債務・表明保証・コベナンツ等の違反、③担保権の効力・対抗要件の喪失、④預金債権以外の主要な財産への差押え、⑤他の金融債務の期限の利益の喪失(クロスデフォルト)等が規定されます。
このうち、①COC条項とは、貸付期間中に買収SPCのスポンサーが交代することが予定されていない買収ファイナンスにおいて、スポンサーの有する議決権比率があらかじめ合意していた水準を下回った場合に、貸付人の請求により期限の利益が喪失する定めを言います。
連載一覧
第1回 “LBO”・“LBOローン”とは
第2回 LBOのストラクチャー(買収プロセス)
第3回 LBOのストラクチャー(SPC)
第4回 ローン契約総論
第5回 レンダー選定
第6回 LBOローン契約総論
第7回 前提条件(CP)
第8回 期限前弁済
第9回 表明保証
第10回 コベナンツ
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