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第10回 コベナンツ


1 コベナンツとは

LBOローンは、対象会社のキャッシュフローのみを引き当てにしたノン・リコースのファイナンスです。そのため、対象会社のキャッシュフローを健全に保ち、対象会社からの資金の流出を防ぐ必要があります。そこで、LBOローンの契約においては、コベナンツ(誓約事項)によって、借入人及び保証人たる対象会社の行動に対して、契約上一定の制約を課してその行動を制限することで、貸付人のリスクを低減させることが行われます。
コベナンツ違反の効果として、まずローン契約に基づく新たな借入を受けることができなくなることが挙げられます。ローン契約においては貸付実行の前提条件の1つとして貸付実行日にコベナンツ違反がないことが要求されるためです。また、コベナンツによってはその違反が借入債務の期限の利益喪失事由を構成するため、借入人としてはコベナンツ違反があれば直ちに借入金額全額の返済を請求されるおそれがあります。

2 財務コベナンツ

財務コベナンツとは、あらかじめ遵守すべき財務指標を設定しておき、それを下回って借入人の財務状態が悪化した場合には、貸付人においてローンの期限の利益を失わせて、すぐに貸金を回収できるように定めるものです。
財務コベナンツとして定められる主な財務指標は以下の通りです。

(1) レバレッジ・レシオ

レバレッジ・レシオ(leverage ratio)とは、有利子負債の返済能力を測定する財務指標で、以下のような計算式から求められます。

レバレッジ・レシオ=有利子負債残高/EBITDA

EBITDAとは、「Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization」の略で、利息、税金、減価償却費を控除する前の借入人の収益を表します。そのため、レバレッジ・レシオとは平たく言えば、借入人が本業の収益何年分の有利子負債を抱えているかを示す指標です。例えば、「レバレッジ・レシオが3.00以下であること」という財務コベナンツであれば、EBITDAの3倍の有利子負債が許容されていることになります。
年数を経るごとに有利子負債であるシニアローンは分割返済されていくので、有利子負債残高は小さくなっていき、それに伴ってレバレッジ・レシオの数字も小さくなっていくはずです。そのため、通常、レバレッジ・レシオの値は年々小さくなるように定められます。

(2) デット・サービス・カバレッジ・レシオ

デット・サービス・カバレッジ・レシオ(DSCR)とは、本業の生み出すキャッシュフローが、その年に支払うべきローンの元利金に対してどの程度余裕があるかという観点から借入人の返済能力を示す評価指標で、下記のように算定されます。

DSCR=フリー・キャッシュフロー/デット・サービス額

フリー・キャッシュフローとは借入人が事業によって生み出した資金のうち借入人が自由に使える金額のことで、デット・サービスとは有利子負債の元本と支払利息等を合わせた額のことです。DSCRの値が大きいほど借入人の返済能力は高く、反対に1.00を下回ると本業の生み出すキャッシュフローだけでは有利子負債を返済できないということになります。

(3) インタレスト・カバレッジ・レシオ

インタレスト・カバレッジ・レシオ(ICR)とは、借入人が本業で生み出すキャッシュフローが、支払うべき利息額に対してどの程度の割合を有しているかを表し、借入人の利息支払い能力を示します。

ICR=フリー・キャッシュフロー/支払利息

ICRは上記の式で算出され、これが1.00を下回っている場合には利息すら返済する能力がないということになります。

(4) 最低純資産額

借入人の財務の健全化を図るため、借入人が、ローンの期間中に最低限維持しなければいけない貸借対照表上の純資産額が定められます。M&A取引において「のれん」が発生した場合には、その償却負担等により借入人の純資産額が減少することが考えられますので、LBOファイナンスにおいては重要なコベナンツ事項となっています。

(5) その他

上記に挙げた以外にも借入人の財務状況を健全に保つため、ローン期間中に借入人が最低限維持すべきEBITDAや、営業利益において2期連続赤字を出さない旨のコベナンツが設定されることがあります。

3 情報提供義務

貸付金を回収する上で、貸付人が借入人の財務状態をモニタリングしておくことは重要です。そこで、借入人に対して一定の事項について定期的な報告・書類提出義務が規定されます。提出が義務付けられる書類としては、借入人の財務諸表や事業計画書、税務申告書等があります。

4 作為義務

情報提供の他に、借入人及び保証人に一定の作為を要求する作為義務が設けられます。

(1) 第1回貸付実行後に予定されている行為に関する事項

LBOローン契約においては、第1回貸付実行後に予定された一定の行為を実行する旨のコベナンツが定められます。タームローン貸付期間中に買収対価の支払いを完了する旨の規定、既存借入金の完済を求める規定、保証契約・担保契約に従った保証提供を求める規定、一定期限までにスクイーズ・アウトや合併の完了を求める旨の規定などがその一例です。

(2) モニタリングの観点からの規定

対象会社のキャッシュフロー等をモニタリングするため、各種財務諸表や事業計画などを、貸付人に対して適時に提供する旨が定められます。

5 不作為義務

不作為義務とは、貸付人を害するおそれのある借入人及び保証人の行為について、貸付人の許諾なくこれを行えないように定めるものです。不作為義務に規定される事項は多岐に渡りますが、典型的には以下のようなものが挙げられます。

(1) スポンサーが優先的に利益を得ることを防ぐための規定

借入人のスポンサー(買収SPCの株主=主にファンド)は、本来ならば貸付人に劣後する地位にあります(会社法上、エクイティよりもデッドの方が優先されるため)。それにも関わらず、借入人からスポンサーに対して優先的に資金が流出すれば、貸付人のローン回収に支障が生じます。そこで、配当・自己株取得制限役員報酬・賞与制限スポンサーに対するサービスフィーの支払制限等の規定が置かれます。

(2) 同順位債権者の出現を防ぐための規定

貸付人としては、自己に優先し又は同順位の債権者が現れれば、その分債権回収にとっては不利となります。そこで、そのような債権者の出現を可及的に防ぐため、保証・担保提供の制限他のシニアローンとの同順位性維持新たな金融債務・リース債務等の負担制限等の規定が置かれます。

(3) エージェンシー問題に対応するための規定

LBOは買収者と貸付人の間のエージェンシー問題が先鋭化しやすいファイナンスです。そこで、買収者が貸付人の利益を犠牲にして、ハイリスクな経営を行うことを制限するため、重要な財産の処分・M&A等の制限投融資制限定款等の重要な変更の制限等の規定が置かれます。

(4) 対象会社からの資金流出に対応するための規定

LBOローンは対象会社のキャッシュフローだけが返済原資となるノンリコースのローンですから、対象会社からの資金流出は厳しく制限されます。そこで、対象会社の資金がローンの返済以外の使途に充てられないよう、インターカンパニー・ローンの制限グループ会社間取引の制限他の預金口座の開設制限等の規定が置かれます。
なお、余剰のキャッシュフローが生まれた場合には強制期限前弁済させるような条項が設けられることもあります(第8回を参照)。

(5) コンプライアンスの観点からの規定

貸付人は銀行等の金融機関ですから、金融機関としてのコンプライアンス遵守のため、反社会勢力との関係禁止反社会的行為の禁止等の条項が規定されます。

(6) 与信の前提の変更を制限するための規定

貸付人の与信判断は、対象会社グループの事業や経営状況を前提として行っていますので、この前提が変わってしまえば与信判断自体も変更せざるを得ない場合が想定されます。そこでこのような観点から、上述した定款変更や重要な財産の処分・M&A等の制限に加えて、主たる事業の変更の変更株式公開の制限決済口座・預金残高の維持キーマン条項(借入人の重要人物が、貸付から一定期間は経営から離れないことを訳する条項)等が規定されることがあります。

【次回予告】第11回 期限の利益

連載一覧
第1回 “LBO”・“LBOローン”とは
第2回 LBOのストラクチャー(買収プロセス)
第3回 LBOのストラクチャー(SPC)
第4回 ローン契約総論
第5回 レンダー選定
第6回 LBOローン契約総論
第7回 前提条件(CP)
第8回 期限前弁済
第9回 表明保証


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