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ハローワールド

ある日と街に巨大な扉が現れた。空から来たそれはとてもゆっくりとビルを壊しながら降り立ったのだ。軍や警察は必死に市民の避難をさせていたため死傷者はいなかった。それ程までにゆっくりと現れた。超高層ビルの倍ある扉にその街、メディアが釘付けになっただろう。


売れないストリートミュージシャンをしている俺はギターを背負って多くの市民と外れの方まで避難し、家に帰れなくなった1人だ。多くの人は「どうなっているんだ。」と道を閉鎖している警察に詰め寄ったり、スマホであの巨大な扉を撮影している。そして俺は家が壊されてないかと心配していた。オンボロアパートでも大事な家だ。俺が興奮する人たちを横目に近くのベンチへ腰掛けると1人の老人が隣に座ってきた。紳士服を着た老人だ。かなり品がある、そんな感じの。老人は両手に大きなホットドッグを持っていた。

いやぁ、わしも家に帰れなくなってね。ホットドッグでも食べて待ってようとしたんだが、そこの店が注文を間違えて2つも貰ってしまった。食うかい?

俺はホットドッグを手渡され、「じゃあ、はい。」という素っ気ない返しで受け取った。俺は思った、金持ちそうなのに庶民的な食い物食うんだなと。一攫千金を夢見てるミュージシャンとしては、こういう人は高くて変な食い物を好むと思ってた。すると老人は口に軽くケチャップをつけながら笑い始める。

ふふふ、わしのような男がホットドッグを食うのが珍しいか?

え、ああ、はい。いかにも金持ちって感じがしたんで。

人を見た目だけで判断しちゃならんよ。まぁ、結構な金持ちである事は自負しているがな。このスーツも腕時計も一級品だ。しかし、この状況においてはホットドッグの方がお金なんかよりもずっと価値がある。君はあの扉から何が出てくると思う?

そうですねぇ、大きな化け物とか、ブラックホール的な何かですかね?

ほぉ、なるほど、化け物か。ブラックホールよりもそっちの方がいいな。昔は怪獣映画ばかり見てたからな。君たちの世代はCGとやらが主流だろうが、当時はそんなものがなかった。だからその場にあるものでいかに迫力ある映像が撮れるか大事だったんだ。

あなた、この状況を楽しんでるんですか?お互い家に帰れない、いやあの扉のせいで壊れてるかもしれないのに。

ふふふふ。そうだな、この状況を楽しんでもいるし、恐怖もしているな。あの扉がどのような物かは皆の慌てようを見ればわかる。もしかしたら急に大爆発するなんて事もありえる。未知数すぎるが故にどうすれば良いかわからんのだろう。だがそれに臆してはいかん。まずは自分がどうしたいかが大事だ、周りの状況に振り回される事なくな。私がしたかったのは、最後の晩餐はガッツリしたものを食う事じゃった。食べ終わって、家に帰れるようになったら後の事を考えればいい。しかし、ビッグサイズ2つは流石に食えそうになかったのぉ。

最後の晩餐として、2つに挑戦しても良かったんじゃないですか?

はははは!!!それもそうだったな!

2人でホットドッグを頬張っていると老人は変な事を言い出した。

そうだ、これを食い終わったらギターの一つでも弾いてみたらどうかな?もしかしたら、この騒ぎを落ち着かせられる英雄になれるかもしれんぞ。

俺は周りを見た。いつも演奏している公園とは違い、警察も含めて大勢の人がいる。そりゃ死ぬかもしれないって思ってたら、最後に弾いておくべきなんだろうけど、俺の情熱は1秒だけ燃えてそこからは何も起こらなかった。


数分後、周りの人たちが騒ぎ始めた。扉の方を見ると、とてもゆっくりと開き始めたのだ。その瞬間周りの人は叫び始め逃げ惑い、警察に何とかしろと怒り狂うなど、まるで地獄絵図だった。俺も老人の言ったように、あの扉が完全に開いたら死ぬんじゃないかとそれを覚悟した。そして気がつけば冷や汗をかいて扉を見ていた。扉から何が出てくるのか。すると現れた。ゆっくりと扉から歩いて出てきた。動物なのか、生き物なのかわからない顔が地球儀で出来た何か。人形?それとも我々と同じ人間でただ大きいだけなのだろうか。これまでの人生では表現が出来ない何かだ。扉と同様に超高層ビルよりも大きいそれは手を振り我々に話しかけてきた。脳に直接語りかけてくる、そんな感じだ。

こんにちは。皆さんとお友達になる為に来ました。お土産をどうぞ。

地球儀の何かは巨大なキャンディを地面に突き刺すと、一瞬地震に似た揺れが起こった。すると扉の向こうからそれはそれは巨大な鳥がキャンディにのり、同じく巨大なコアラが地球儀の何かの腕にしがみつく。

ダメだよ君たち。今ここの人たちに挨拶しているから。

ペット的なやつなんだろうか。いや、そんな事より俺の予想が当たった、あれは怪獣か何かなんだ。老人は目を輝かせて地球儀の何かを見ていた。

ほぉ、怪獣というより宇宙人かな?いい奴じゃないか、お土産まで持参するとは。とりあえず、まだ死ぬ事は無さそうだな。あ、君もコーラ飲む?すぐそこに自販機があるから、、、。

あなた、少し楽観的過ぎはしませんかね!暴れて街を破壊するかもしれないのに!

そうだな。そうなったら軍と警察に任せよう。

老人は近くの自販機にまでコーラを買いに行き、地球儀の何かは我々の脳に再び語りかけてきた。

我々を怖がるのも無理はありません、街を破壊してしまいましたから。我々は自分たちを受け入れ共に暮らせる場所を探して旅をしています。我々を受け入れてくれなくても構いません。街を壊した分のお金を置いて我々は去ります。ですがもし受け入れてくれたら、我々はあなた方の生活を豊かにする事をお約束します。どうか、ご検討ください。私は疲れた為1時間ほどここで休みますので、質問があれば後ほどお答えします。

すると地球儀の何かはそのまま立ち尽くし動かなくなった。歩くことも、手を振ることもない、まるで電池の切れたおもちゃのように。コアラと鳥は扉の向こうに消え、地球儀の何かと扉だけが残った。老人は俺に缶コーラを手渡しながら微笑んでいた。

聞いたか少年。彼はどうやら我々と共存の道を考えているようだ。地球は広い、彼らが大きいとはいえ住む場所はきっとある。あのコアラと鳥は、天然記念物に指定されるかも、、、。

共存?受け入れた途端、大勢を引き連れて攻めてくるかもしれないのに?

うむ。そういう見方もあるな。どのみち、彼がいる限りまだ我々は家には帰れないだろう。とりあえず私は、もう少し遠くまで散歩するとしよう。ではまたな。

老人は俺の元から去り、俺には食べかけのホットドッグと缶コーラだけが残った。


地球儀の何かは彼のメッセージにちなんで「タビビト」と名付けられた。なんでカタカナなのかって?タビビトのいう旅と俺たち人間の考える旅の概念が違う可能性があるらしい。旅=侵略とイメージした専門家がいるからだそうだ、それもかなりの人数が。スマホでワイドショーを見ているが、画面の向こう側で専門家達がめちゃめちゃ言い争っている。

いいですか!これはタビビトによる宣戦布告です!!即刻退治しないと!!

いや!彼は共存を望んでいる!!それに、建物を壊した分の金も払うと自ら申し出た!仮に我々が受け入れないとしても、そのまま丁重にお帰りいただくべきだ!

あなたという人は楽観的過ぎる!送り返して仲間を引き連れてきたらどうする!!

殺しても同じ結果になるかも!なら友好的関係を築いておいた方が万が一の事があっても、、、!

友好関係を築いてどうなる!もしあんなのが100体200体も来たら、世界はさらにパニックだ!

俺はすっとスマホをポケットに入れた。こうやって見ると、老人の言っていた事は意外と的を得ている。わからないことに大して騒いでも何も始まらない。あくまで俺個人の意見だが、タビビトは1時間休むと言っていた。侵略目当てだとしても、知らない土地で居眠りなんか出来るだろうか。こうやって騒ぎたてている人たちがせっかちなのか、それともあの老人せいで俺が落ち着き過ぎな性格になったのか。まぁ、とりあえずいきなり死ぬという線がなくなっただけで満足という事にしておこう。なんか疲れた。その1時間後というのが来るまでベンチで寝よう。俺は座ってたベンチで横になり、タビビトが起きるのを待ってみた。


なんかざわついてるな。俺が起きると周りの人間は笑ったり驚いたりしている。なんだ、まるで誰かと連絡をしているみたいだ。でもタビビトは動いてないぞ。すると俺にも先ほどの声が流れ込んでくる。

目覚めたかい。みんなが騒いでいるのに、君はのんびり屋さんだね。

タビビトの声だ。てことは、このまま頭の中で会話できるのか。俺は試しに頭の中で言葉を浮かべ会話してみた。

俺の言葉が聞こえる?

聞こえるとも。君の言葉だけじゃない。私はこの街にいる方々と今同時に会話している。

凄いな。だから皆んなニヤついていたのか。あんた、どこから来たんだ?

私は遥か遠くの次元から来た、君たちのいう宇宙人といえば話は早いだろう。住む場所を探して、ここへ来た。扉は我々の使う移動装置、故郷の星からどんな場所へも行ける。

壮大だな!やっぱり住んでる星は大きいのか?

ああ、とても広い、そして美しかった。

え、と、美しかった?

そうだ。かつては高度な文明が栄え、それ以上の緑に溢れていた。しかし、争いや環境破壊により星の命はもう長くない。だからこうやって住める場所を探している。無論我々は立場を理解している。体はあまりに大きく、受け入れてくれたとして迷惑をかける事も多いだろう。だからひとつの星に全員居座る事はしない。我々は少数のグループで行動し、各自住める場所を探しているのだ。私は友がいないから、2匹のペットと共に星を探していたという訳だ。

お前ら、苦労してるんだな。

確かに苦労してる、受け入れてくれる星は滅多にないからな。しかし、多くの星へ旅をして色んな景色や文化を見ることが出来る。この星もそうだが、どの星も必ず美しいものがあった。だから住める場所が見つからず、この身が消滅しても大丈夫だ。

おいおい、悲しい事言わないでくれよ!俺はさ、その、偉くもなんともないから、一緒に住む事を許可したりは出来ないけど、皆んなの結果が出るまで話し相手になるから!

君は優しいんだな。ところで、君の横にある入れ物には何が入っているんだい?

え、これ?ギターが入ってるんだ!楽器って言えばわかるか?音が鳴るんだ!

楽器。我々の星にはなかった。それ、使ってみてはくれないか?音を聞いてみたい!

俺はギターを出そうとするが、まだ大勢の人がいる。恥ずかしくなって、出すのをやめた。

ああ、ごめん!このギター、壊れてるんだ!

そうか、残念だ。でも楽器というのを教えてくれてありがとう。他の人にも聞いてみるよ!

そう言ってタビビトとの会話は終わった。不思議なもんだな。宇宙人へギターを披露した人間としてニュースくらいにはなりそうなのに、なぜ嘘をついてまで断ったのだろうか。俺はその答えが出ないまま、長い時間そのベンチに居座った。他の人が避難所だのホテルだの話しているのに、俺は随分と無関心になったもんだ。


座り続けて夜になった。人も辺りから大分消え、売れないミュージシャンが1人ベンチを占拠している。すると見覚えのある顔がまた出てきた。あの老人だ。また大きいサイズのホットドッグを2つ持ってきてた。

お前さんまだいたのか。

あなたも、なんでまた2つ買ってきちゃったかな。

ははは、ここまできたら完食してやるわい。タビビト君と何か話したか?

あいつの住んでる星、いつか無くなっちゃうんだってさ。だから住める星を探してるって。

老人はホットドッグを食べながら俺の話を聞く。

それはわしも聞いた。他には?

ギターの話をしたら、使ってみてくれって。楽器を知らなかったらしいから。

ほぉ!弾いたのか!?

あ、いや、壊れてるから、弾けないって、、、。

老人はホットドッグを食べながらため息をついた。

呆れたな、チャンスをまたも逃すとは。お前さん、ギターを持ちながらなぜ弾かん。

俺はぎゅっと手を膝の上で握り白状した。

実は、いつもの公園でギターを演奏してたら、客から空き缶投げられてさ。お前の曲は下手くそだって、、、。

老人はふたつ目のホットドッグを手に取ろうとした時、俺に謝った。

それは酷い仕打ちを受けたな。それで、音楽が嫌いになったか?

そんなわけないですよ!俺の生きがいなんだから!!

そうかそうか、じゃあ次に進むといい。次は小銭を投げてもらえることを願ってな。意志があるのに動かないと、どんな後悔が襲ってきても文句は言えんぞ。よし、ふたつ目に突入だ。味変というんだろうか、こっちはマスタード多めにしてもらったんだ、、、。

老人が2個目のホットドッグを食べようとした時、タビビトの声が聞こえた。

聞こえるかい、楽器の少年。

俺は頭の中でタビビトと話す。

どうした?お喋りしたくなったのか?

違うんだ。君に、お別れを言いに、、、。

そうか、別の星に行っちまうんだな。

いや、私はこの星にいつまでもいる事にした。その代わり、君とも、他の人とも話せなくなる。

は?お前、何言ってんだよ。

すまない、私の体はどうやら限界のようだ。元々、住んでいた星の環境汚染に体をやられていた。仲間達よりだいぶ後に星を探し始めたからだ。早めに星を探していれば、汚染の影響も少なかったかもしれないな。私の命は、もうすぐ尽きる。だからこの街の人へ約束通りお金を払って一生を終えたい。

ふざけんなよ!!なんでそれを俺に言うんだよ!

君が、昔の私に似ていたから。楽器が壊れている事が嘘なのは、口調でわかったよ。

それは、ごめん、騙すつもりは無かったんだ!ただ、自信が、、、!

大丈夫さ。私も星が無くなることを知っていたが、新天地へ足を踏み入れるのが怖く、言い訳ばかり並べ探すことから逃げていたんだ。だけど自分の体がどんどん悪くなるにつれて、自分がどうなってしまうんだろうという恐怖が勝ってしまった。ある日その恐怖で新しい星を探したら、目に映るもの全てが美しかった。その後は勇気を出して、いろんな星を巡った。暮らせる場所はなかったけど、楽しかった。昼にも言っただろう、この身がなくなっても構いはしない。だけど後悔があるなら、もっと色んな星を巡りたかった。だから最後君に言いたかった、やらない後悔はどんなものよりも痛いと。もう時間だ、君に会えたこと嬉しく思うよ。

するとタビビトは皆んなに向けてメッセージを送り始めたのか若干口調が強くなる。

皆様!これより街を壊したお詫びと、お話を聞いてくれたお礼にお金をお支払いいたします!!街の皆様に行き渡る量です、奪い合うことのないよう!そして、わがままになりますが、私のペット達にどうか居場所を与えてあげてください!!!あなた方に出会えて本当に良かった!

タビビトはその瞬間倒れ始める。轟音を響かせ、ドシンと膝をつき、ついにここからでは見えなくなった。俺は何度もタビビトに呼びかけたが返事はない。俺はスマホニュースで向こうの状況を確認した。画面の向こう側では女性ニュースキャスターがヘリの上からの映像と共に視聴者へ説明している。

たった今、タビビトが倒れました!!少しずつ、体が縮んでいるようですが、、、。速報が参りました!タビビトが縮むごとに宝石のようなものが噴出しているとの事です!彼の言っていたお金の正体なのでしょうか!!タビビトはまだ生きているようにも見えますが、かなり衰弱しているようです!

タビビト。あいつ、もうここへ来た時からこれを考えて、、、。俺はタビビトに何度も呼びかけたが返事がない。弱っているからなのか。すると老人はホットドッグを食べ終えてコーラを飲んでいた。

ふぅ、2個目もなんとか食えたわい。腹一杯だ、、、。さて、タビビトがこの世から去るか。これだけのニュース、そして大量の宝石が出るとなれば、住民は警察や軍を押し除けてでも拾いに行くだろうな。わしはもう金のいらん身だ。お前さんはどうする、あまり裕福ではないだろう。

そうだな、、、。行ってくるよ、またな。

気がつけば俺はギターを背負い走っていた。誰かにそれを勧められた訳でも、強制された訳でもない。だけどタビビトは教えてくれた、やらない後悔は何よりも痛いと。だから、大事な事を教えてくれた彼へ生きているうちにお礼がしたい。やらずに一生の後悔で終わるなら、やってやるさ。やって怒られても、冷たい目をされても、その程度の傷で済むならいくらでも走る。


だからタビビト、逝くな、まだだ、まだだ!


街の人が大勢タビビトの元へ集まっていた。見上げるほど巨大だったタビビトは、もう車ほどの大きさの地球儀だけになっていた。軍や警察が人を押し戻そうとするが、彼らはそれすらも突破して宝石へと雪崩れ込む。誰もタビビトの無事なんて心配しちゃいない。俺も人をかき分けて進もうとするが警官に押さえられる。

待ちなさい!!何が起こるかわからないんだ、向こうへ行きなさい!!

離してくれ!!宝石なんかいらねぇよ!!このまま、死なせたくないだけだ!!

俺は警官を振り解き、タビビトの元へなんとか辿り着いた。その周りでは宝石をこれでもかと拾い集め、中には大きいものを巡って喧嘩している人もいた。タビビトは頭の中に話しかけてくる。

君か、、、。君も、宝石を拾いに行くといい。私を形成していたものだ。そして、この星と共に皆といつまでもいるんだ。しかし、この光景を見てどうしても思ってしまった。私という存在は、なんだったのか。君にとって、私はなんだい。

タビビト、、、。あんたは、俺にとっての世界、ワールドだ。争いと平和のある、誰もが恐れ、時に憧れる、輝く世界だったんだ!

私は世界、か。少年、恐れは消えたかい?

俺はギターをケースから取り出し、演奏を始める。

最初に演奏するチャンスは逃したんだろうけど、あんたへ最後に演奏するチャンスは俺がもらった。

緊張してる。世界と、目的は違うけど大勢の人がいる。だけど、俺の手は今までにない以上に軽く演奏を始め、生まれてはじめて大勢の前で歌った。上手いか下手かはよくわからないけど、今出せる本気を世界にぶつけた。演奏が終わると、俺は笑いながら泣いていた。きっとこれも初めての感情だ。

どうだった?俺の歌、俺のギター。

最高だったよ。歌もそうだが、君は私の為に勇気を見せてくれた。私という世界は終わるけど、君という世界はこれから始まるんだろう。さらばだ、少年、、、。

ライアンだ、俺の名前はライアン、、、!

ライアンか、、、。我々の種には名前という概念がない。そうだ、私は「ワールド」という名を今、自分につけるよ。私が、最後まで君の世界であり続ける為に、、、。

その瞬間、世界はバラバラに崩れ、輝きだけが残った。

ワールド!!!

世界の声はもう、聞こえない。人が騒ぐ音と宝石の輝きが、俺の世界の始まりを教えてくれた。だけど、前の世界へ向ける悲しみは当然あった。俺は目の前にあった1番小さい宝石を拾い、これでもかと力強く握りしめた。

アンコールは無しかよ。一曲、足りないんだよ、、、!

俺がこの世界で学んだ「やらなかった事への後悔」は、何よりも重く、鋭く胸に突き刺さった。


タビビト、すなわちワールドがいなくなってから色々と騒動があった。扉はいつの間にか姿を消して、あのコアラと鳥が街に残った。街の動物園に保護され、天然記念物に指定されるらしい。ワールドがお土産に持ってきたキャンディは街の住人で食べ尽くす企画が行われたが、ビルと同じくらいの大きさのキャンディが減るわけもなく、結局処分された。俺も参加したけど正直、味もさほど美味しくはなかった。なんか、塩多めって感じのキャンディだった。宝石はかなりの値段がついたそうだが、俺が拾ったのはこのひとつだけで手放す事はしなかった。少し高かったけど、指輪にしてもらった。前の世界を忘れない為に。それからどうしたかというと、とにかく歌った。公園でも、路上でも、ライブハウスでも。


それから4年後、俺はついにメジャーデビューを果たし、生まれて初めてのテレビ番組に出ることになった。地味な控室にはたくさんの花束が置いてあり、いかに自分の行動が身を結んだか物語っていた。俺が控室でファンレターを読みながらコーヒーを飲んでいると、マネージャーからお客さんが来たと伝えられ、紳士服を来た中年の男が現れた。俺は咄嗟に挨拶したが困惑した。

えっと、すみません、どこでお会いしましたっけ?

はははは!ご主人様が言ってた通り、面白い方だ。失礼、私はゴルリア・ディーロスの執事をしていた者です。

え、ディーロスって、あのディーロスグループの?めっちゃ大企業じゃん!それで、その会長さんがなにか?てか、執事をしていた?

残念な事にゴルリア様は数日前お亡くなりになりました。あなたにこれを渡して欲しいと。これが私の執事として仕事になります。

俺はその元執事とやらからチケットの様なものを受け取った。ホットドッグの割引券?そうか、あの爺さんだ。死んじまったのか、あの日から一度も会ってなかったから残念だな。

あの、爺さん、いやゴルリアさんって病気とかお持ちだったんですか?

ああ、もしかして死因を気になされてますか?死因は重度の高血圧症によるものです。年寄りなのにホットドッグにハマるから。タビビトが現れてから毎日食べてたんですよ。

残念な気持ちがなくなったな、自業自得だよそれは。しかし執事は笑っていた。

お馬鹿な人でしたよ。我々執事は散々振り回されましたから!しかし、あの人は誰よりも笑ってこの世を去りました。お仕え出来た事、大変嬉しく思ってます。あなたも、良い人生をお送りください。私も、あの人の分まで次の人生を送ります。まぁ、お互い塩分の取りすぎは控えましょう。

そういうと元執事が控室を去り、俺はスタッフに呼ばれ今日のステージへ向かう。生まれて初めてのテレビ。緊張してるけど、それでいい。今日も最高のステージにする、それだけを胸にゆっくりと歩き舞台へ上がる。ステージの幕が開くその時、司会者が俺の紹介を始める。それと同時に軽やかな手で前奏を弾く。歌が、これから始まる

ナイトミュージックTV!!本日のオープニングを飾るのは今週のオリコン第3位のこの曲!!新星アーティスト、ミスターライアンで「ハローワールド」!



ハローワールド、出会いは突然。

誰もが驚き、怯え、色んな事を覚悟した。

だけどそれとは裏腹に、君は純粋に見えた。

ただ争いと平和が続く、単純なもの。

複雑なものと思った僕は、いつも足踏みばかり。

そんな僕を見て、「後悔は何よりも痛い」と教えてくれた。

その言葉を早く聞いていれば、僕はもう一曲弾けたのかな。

良いか悪いか、単純なものだと割り切っていれば泣かずに済んだのかな。

君の見せてくれた輝きは何よりも大きかったけど、僕の悲しみを覆いきれなかった。

それでも君が僕の世界でいてくれたから、小さい輝きを待てた。

これから僕は僕の世界を歩むよ。

だから今日も奏でる。

争いと平和が絶えないこの世界へ向けて。

歌い出しはもちろん、ハローワールド。


ハローワールド 〜完〜


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いかがでしたか?世界って広いし、恐いし、だけどそこまで醜くもない、意外と単純だと私は思っています。今回の小説の元になったジコマンキングのグッズ「ハローワールド」はこちらから↓



















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