【手塚治虫】狂気の変態ホラー!キャリアの分岐点になった傑作アダルト作品「IL」
今回は手塚アダルトファンタジーの傑作「I.L(アイエル)」をお届けいたします。
誰にでも変身できる謎の美女
それがあなたの望むように自由自在に操れるとしたら…???
手塚節全開の人間の欲望と願望が交錯したダークエロチカのオンパレード!
今回はそんな作品の魅力をお伝えして参りますので
ぜひ最後までお付き合いください。
それでは本編行ってみましょう。
本編は1969年から70年まで
「ビッグコミック」にて連載された作品であります。
あらすじは
時代遅れと言われた元一流映画監督の伊万里大作(いまり だいさく)が
街角の占い師に導かれるように、とある洋館に足を運びます。
するとそこの主人に一流映画監督と見込まれ彼にしかできない仕事として
「現実の世界、この世の監督をして欲しい」 という怪しい依頼を受けます。
依頼者は伝説の悪魔『ドラキュラ』伯爵
作品制作のためのヒロインとして
誰にでも変身できる謎の美女=「アイエル」を授かります。
大作は自分の思い通りに姿を変える美女を利用して依頼者の監督となり
次々と人間の欲望と願望をかなえていくストーリーとなっております。
本作「I.L(アイエル)」を語る上で押さえておきたいのが
掲載雑誌の「ビッグコミック」であります。
1967年に『週刊漫画アクション』が創刊され
日本初の青年マンガ雑誌が誕生します。
この件はあまりクローズアップされることがありませんが
マンガの歴史を語る上で画期的な出来事のひとつがこの青年誌の誕生です。
67年7月「アクション」に始まり
8月「ヤングコミック」
68年4月「ビッグコミック」
6月「プレイコミック」が創刊され
各出版社が青年マンガに本格的に進出したのがこの年です。
この青年マンガの登場は大人マンガとも違う
少年漫画の成長したスタイルが表現できるようになって、これによって
「性表現」や「青春表現」などが活発に描けるようになっていくんですね。
この後「劇画」をも飲み込んで青年漫画が今の日本マンガの潮流、
メインストリームになっていくのですが
その波を感じるが如く「ビッグコミック」創刊号の意気込みは凄まじく
初回執筆陣は、
手塚治虫、水木しげる、白土三平、石ノ森章太郎、さいとうたかを、等
めちゃくちゃ豪華なラインナップを揃えます。
如何にこの瞬間に、この時代の変革を感じていたか、
そして時代の潮流があったのか分かるかと思います。
そこで手塚先生は「地球を呑む」を連載し、
これが自身本格的な青年マンガの第一号となります。
一度見たら惚れない男はいない絶世の美女が世の男どもを崩壊させる
エロティックサスペンス作品であり文字通りこれまでの
児童漫画家の壁を打ち破るまさに青年向けの作品を執筆しております。
ここから「ビッグコミック」誌にて怒涛の青年漫画シリーズを連載していく事になるのですが本作「アイエル」はその二作目にあたります。
大人マンガの系譜を引き継いで、本作でも大人のアダルト色の強い作風となっており全作をさらにパワーアップさせやたらと女性の裸が出てきます
表紙からして2冊とも素っ裸ですからね(笑)
意味のない素っ裸の女性が大勢出てくるほど、裸の女性が多いのは
ファンサービスなのか大人マンガを意識してなのか分かりませんが…
とにかく毎回出てきます。
なんせ今回は何にでも変身できる美女という設定で
手塚先生の大好物の「変身」と「人形」要素が入っており、
こじらせ方がハンパじゃありません。
言いなりの等身大「人形美女」ですからね。
加えて何にでも変身できて自分の理想を叶えてくれる存在。
「火の鳥未来編」のムーピーに続く手塚先生の欲望と願望を具現化した究極生命体…完璧ですね。男から見て申し分ない存在です。
そこに
今回は手塚治虫の鬱展開が混入されてとんでもない事になっております。
本作執筆時は俗に言う「スランプ期」であり
ダークサイドの手塚節がてんこ盛り盛り。
本作は短編連作になっており
そのどれもが後に引きずる後味を残す仕上がりになっています(笑)
立ち位置としては
「ザ・クレーター」「空気の底」「時計仕掛けのりんご」のような感じの
陰惨なダーク展開に素っ裸の魔性の女性が活躍する要素を付け足したようなイメージでしょうか。
先生が暗くやりきれない時代に描いた作品なので
子供に殺されたり、自殺したり、後半は戦争に政治汚職など
手塚治虫の狂気的なダーク&エロチカが炸裂した内容が続きます。
悩みを抱える依頼者の望む結末とならないのは「笑ゥせぇるすまん」っぽいところもあるので「笑ゥせぇるすまん」をエロサイコにしたイメージだと思えば今の方には分かりやすいかも知れませんね(笑)
全体的には暗く陰惨なところもありますが非常に創作の活力に満ちた
ヒネリの効いた艶やかな作品が揃っており良作揃いの連作短編群なので
本当は全作ご紹介したいところですが
ここではおすすめ作をさらりとだけご紹介しておきます。
第二話「蛾」
昆虫と合体した美女とのベッドシーンは強烈!
第六話「身代金」
ラストのオチで子供がつぶやく「フランス語」を翻訳してみてください。
ぞっとします。
第十一話「南から来た男」
実際にあったベトナム戦争中のソンミ村虐殺事件を下敷きとして描かれた作品。
第十二話「ラスプーチン」
とにかく素っ裸の女性が大勢出てくる、自殺の原因は一体?
第十四話「ハイエナたち」
後味が良くも悪くもどちらともとれる最終話。ボクは良い風に捉えました。
全編手塚治虫らしい秀逸な短編が並んでおりますが特にこの辺りはぜひ読んでおいて欲しい作品です。
「ザ・クレーター」とかのダーク短編が好きな方なら
きっとお口に合うと思うので未読の方はご覧になってみてください
というわけで…
本作はちょうど手塚先生自身の作画の変換期でもあり
キャリアの中でも重要な分岐点を迎えていた時期であります。
その時代背景を少し振り返ってみましょう。
1960後半これまでのようなキラキラしたものではなく
「グランドール」「上を下へのジレッタ」「地球を呑む」といった
自身の方向性を模索するような作品群を描いており
「ヌーディアン列島」など大人マンガも積極的にチャレンジしています。
1969年には「IL」に加えて
「ザ・クレーター」「ペックスばんざい」「空気の底シリーズ」
「月に吠える女たち」などアダルト路線且つエロティックで
様々な社会問題を風刺したジャンルにも足を突っ込んだ一方で1970年には少年の性への目覚めを描く「やけっぱちのマリア」「アポロの歌」などの
性教育マンガを描いているここら辺は少年漫画家としてのプライドが見えます。
あらゆるジャンルに挑戦しながらも
ライフワークである「火の鳥」では 宇宙編、鳳凰編、復活編と傑作を連発
そして同年に
社会派の切り口を見せた「きりひと讃歌」がついに登場します。
一般的にこの「きりひと讃歌」が手塚治虫の青年劇画タッチの完成と言われておりペンタッチのフォーム改造の分岐点とこれまで開拓してきたSFとは違う現代ドラマへの移行を決定づけた作品となっております。
以後「人間昆虫記」「奇子」「ばるぼら」「シュマリ」など
現代型青年マンガの傑作に繋がっていきますから
「きりひと讃歌」の登場と「ビッグコミック」の存在は
手塚治虫のキャリアにとっても非常に大きな役割を示しているんです。
…それと同時に「鳥人大系」では鳥に支配された得意の爆裂したSF世界を描いたりもしていてヒット作に恵まれなかったとはいえ
人間の狂気、欲望、願望、を鋭くエグる手塚治虫節は健在でありました。
そしてついにこの後、
皆さんご存じ「ブラックジャック」で完全復活するわけでありまして
その前のもがき苦しんだ時期
そして「きりひと讃歌」へと繋がる分岐点、
その前哨戦となるのが今回ご紹介した「アイエル」なのであります。
この分岐点は手塚先生のキャリアの中においても
非常に重要かつ面白いポイントですので改めてこの辺を
ご紹介する機会があればじっくりとご紹介したいと思いますが今回はこの辺で…。
時代の節目と自身のフォーム改造
そしてスランプの中で生み出した狂気のアダルトファンタジーが交錯した
変態ホラー作品「アイエル」ぜひ一度お手に取ってみて欲しいと思います。
そして本作は2019年にオリジナル版が発行されております。
カラー扉やカラー本文など、雑誌初出時を忠実に再現。幻の未収録ページ、カラーページ、全扉絵はもちろん、貴重な予告なども50年ぶりに初収録
巻末ギャラリー&図説も充実しており
そしてオリジナル原稿〈コラージュ方式〉による最高画質での単行本化となっており完全生産限定ファンアイテムとなっております。
興味がある方は覗いてみてください。
最後までご覧くださりありがとうございました。
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