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もうひとつの「ブラックジャック」医療の闇を切り裂く手塚治虫衝撃の問題作!

今回は手塚医療マンガの傑作「きりひと讃歌」をお届けします。

手塚治虫の医療マンガといえば多くの人が「ブラックジャック」を連想されると思いますが実は手塚先生は医療マンガの傑作を3本描いています。

ひとつは「ブラックジャック」
そして晩年の傑作「陽だまりの樹」
そしてもうひとつがこの「きりひと讃歌」です。

「ブラックジャック」の前に描かれた作品で
「ブラックジャック」の原型ともいえる本作
いろんな意味で衝撃を与えた本作を今回はじっくり解説していきますので
ぜひ最後までお付き合いください。

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「きりひと讃歌」とはどのような作品なのか見ていきましょう。
まずはこの作品について手塚先生のコメントから見ていきます。

「医学界という社会を舞台にしたとき、
権威とかキャリアという要素をぬきにしてドラマが作れないのです。
それほど封建的な対人関係にしばられています。」

というように本作では
医師としての名誉のためなら、患者の人権など二の次にしてしまう
そのような現実を皮肉った社会背景が描かれています。

地位、名声、名誉を守るためだけに力を注ぐ医者の姿
明らかな医療ミスも闇に葬り去ってしまう組織体制
人権を無視して、自分たちのプライドだけを守ろうとする医者たち
そして
医学会の権威主義に対する厳しい批判が本作のテーマのひとつにあります。

これは実際に医者でもあった手塚先生が経験したこと、
そして当時の社会情勢が大きく影響しています。
あの名作「白い巨塔」にも意識して描かれており手塚版「白い巨塔」といっても過言ではないくらいテーマが似ていることも特徴です。
(本質のところでは異なります)


なぜ似てしまうのかということについては
こちらのコメントが物語っております。

「医療現場の本質を描くのあればどうしたってこうなってしまう」
「このドラマを描かずして医療現場を語れない」

このように「白い巨塔」が好きな人は絶対に読んだ方がいいです。
めちゃくちゃ面白いので間違いありません。
ネタバレする前にアマゾンでポチって読んでください。(以下ネタバレ)
少しでも気になったのならぜひ覗いてみてください。損はしません!




さて…本編のあらすじですが

謎の奇病「モンモウ病」の調査のために四国に向かった
若き医師 小山内桐人(おさない きりひと)
この奇病にかかってしまうと「犬」のような姿になり
死亡してしまうという病なのですが
あることから小山内医師がこの奇病に感染してしまいます。

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徐々に「犬」の姿になり果て医局からも抹殺されていきます
自らも病に冒されながらも奇病の正体が「風土病」であることを
突き止めるのですが大学病院の会長選を控えた竜ヶ浦教授(たつがうら)の「伝染病」であるという見解の違いによりその主張は封殺されていきます

しかもあろうことか自身の感染が大病院の陰謀であるということを知り
人間の尊厳すらも踏みにじられ、人生の絶望に立たされます

生きる気力を失った彼が
このあと一体どういう運命を辿るのか?
そして権力の波に飲み込まれどのように復活を遂げるのか?

というのが本編のあらすじとなっています。


医療業界の闇、権力闘争、当時の社会問題を絡ませ
非常に重厚なミステリー要素を含んだストーリー展開
さらに
人間ではない姿となった小山内医師が見世物として扱われたり
犬のメスと交尾させられそうになったり
縄や鎖で縛られ引きずり回されるシーンなど
人種差別的な描写がドストレートで描かれています。
すごいですこれは本当。
この辺りの描写は賛否両論の議論を引き起こす問題作と言えます

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これまで手塚治虫が描いてきた「命とは」というテーマを
もっとストレートに
「人間とはなんだ?」を考えさせられる展開。

外見が人間じゃなくなったというだけで
人間扱いされない主人公と、人間扱いしない廻りの人間たちを描く
心理描写はまさに圧巻!

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異形の姿である悩み、苦しみを訴える姿はちょっと震えます。

変身、メタモルフォーゼは手塚マンガの十八番ですが
本作はよりリアルにしてグロテスク。
実際、連載当初は「人間が獣に変化する」というコンセプトには
批評もあって編集部からも
小山内を早く人間に戻すよう要望があったそうですが、
手塚先生は
「それでは作品のコンセプトがボヤける」として却下しています。

確かに人間に戻った主人公では意味がありません。
主人公が人間ならざる者になったことによる葛藤そして差別。
それらを背負い生きていくことに本作の本質があるのですから手塚先生が却下するのも当然でしょう。
キマイラ的描写であったり獣姦描写はイタズラに性的刺激を助長させるものではなく物語の一部として描かれているわけですから
全体としてその描写が必要かどうかという判断が当時の社会の在り方では過激描写として捉えられていたのだと思います。

確かに見方によってはグロいところもあります。
表現として目を覆いたくところもあります。

しかし「きりひと讃歌」は単なるグロものじゃなく
「運命」とは?という
壮大なテーマにも紐づけされた作品となっています。

この小山内桐人という名前は「幼いキリスト」という意味をモジってあり
文字通りキリストの背負った十字架をなぞった描写が出てきます。

この表紙なんかまさにソレ

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ゴルゴダの丘へ向かうキリストになぞらえて
様々な困難に立ち向かう主人公、小山内桐人の受難

もうほんとね、絶望的とも思える壮絶な展開が待ち受けているわけですが
それでもその困難に立ち向かっていく姿は
まさにキリストを彷彿させてくれます

まだ何者でもない「幼いキリスト」が何者かになっていくストーリー
タイトルの「讃歌」もキリスト教の讃美歌のことですしね
超大作なのに全集版ではわずか4巻
もう圧倒的に凝縮された4巻なのであっという間に完結してしまいます。
他にも本当に見どころ満載の作品で見どころはたくさんあるんですけど
あえて言うと「ヒョウタンツギ」が出てこないところですかね(笑)

冗談です。といいたいところですが…

シリアスなアクセントとして
手塚マンガには「ヒョウタンツギ」がよく出てきますが「きりひと讃歌」には一切出てきません。
出てこないということは手塚先生も相当シリアスだったんじゃないですかね
(これは実は非常に珍しい)

実はこの作品、劇画ブームの中で手塚先生が悩みついに手塚流劇画タッチを完成させた作品ともいわれております。
コマによってはとんでもない劇画が出てきたり、まだペンタッチが馴染んでいない定まっていないと思わせるコマも見受けられます。
いきなり凄まじい劇画のコマがあったりほんとビビります。

時期的にも手塚治虫の「最大のスランプ期」と呼ばれている時期で
作風も暗いです。生々しい残酷シーンも多いし
こんなん良く書いたなぁって思えるくらいダークなものもあります、

ただ、世間の評価としてはそこまで高くない作品でしたが
ここから名作「ブラックジャック」誕生の足掛かりともなってくるので
手塚作品の中においては非常に重要なターニングポイントとなってくる時期の重要な作品でもあります。
事実、この時期『ばるぼら』『奇子』…とか
ヤバめのやつも多数輩出している時期でもありますしね(笑)。


そして手塚医療マンガの先駆けにもなった本作は
医者でもあった手塚先生の医学会への
ある種の内部告発的ともいえるドス黒い一面が続々と飛び出してきます。

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権力争い、差別、裏切り
医学界の派閥争い、権力闘争、陰謀と人間の尊厳を絡め
「医者とはどうあるべきか」を問うた医者手塚治虫のまさにアンチテーゼ。

これはある意味で病気云々よりも
「人間のほうが怖い」と思わせる心理描写がたまりません。

ドロドロとした人間関係、魑魅魍魎の世界
正義なんてものも都合よく完全に吹っ飛びます。

マジでグログロの暗黒世界。
抗えない社会構造…

なにより登場人物のほぼすべてが
やるせない不幸を背負っているダークさ。

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犬の姿をたくさんの人の前で披露するヘレン
小山内の同僚にレイプされた婚約者
発狂自殺する占部
そして伝説の人間テンプラ
非常にショキングな描写が連発します。


このフィクションとノンフィクションのバランスが
見事としかいいようがありません。

同じ医学を素材にした「ブラックジャック」とはひと味もふた味も違った傑作「きりひと讃歌」
ほんとにヤバイ手塚治虫が拝める傑作ですのでめちゃくちゃオススメできます。そして衝撃のラストをぜひその目でご覧になってください。

非常に危ういバランスを保った作品であります
もうひとつの『ブラック・ジャック』とも呼ばれる「きりひと賛歌」ご紹介いたしました。ではまた次回!


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