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金と女とお酒に溺れる男の性「地球を呑む」手塚治虫が描いた資本主義と欲望の末路

今回は手塚治虫の隠れた傑作「地球を呑む」をお届けいたします。
本作は色んな意味ですごいですよ。
この作品はあらゆる要素がぶち込まれた作品であり
一言で、どんな作品かを表現できない作品であります。

文明社会の崩壊、金融経済、社会風刺、そして戦争あり
女の復讐劇あり
ラブストーリーもあり大人のエロスもあるという
スケール感の風呂敷の広げ方はハンパじゃありません(笑)

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それでもあえて一言で語るとすると、あの
「立川談志が最も好きな手塚作品」と言われているが本作であるということ
…ですかね。
余計どんな作品なのか訳わかんなくなったかもしれませんが(笑)

そんな作品を今回掘り下げますのでぜひ最後までお付き合いください。

それでは本編行ってみましょう。

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さぁ本作は
『ビッグコミック』の創刊号である1968年4月号から連載された
いわゆる大人向けの作品となっております。

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これまで少年漫画を主戦場としてきた手塚治虫が
大人向け漫画に本格参入した作品でもあります。
この後『ビッグコミック』では「地球を呑む」を皮切りに
「IL」「きりひと讃歌」「奇子」「ばるぼら」
「シュマリ」「MW」「陽だまりの樹」

そして絶筆の「グリンゴ」まで
大人漫画の傑作を描き続けた媒体でもあります。
さらに同時期には「プレイコミック」で「人間昆虫記」も描いていますから
もうこの時期の作品はたまりませんね…ほんと超傑作揃いであります。

しかも「地球を呑む」執筆時は青年漫画だけでなく
「どろろ」「アトム今昔物語」「火の鳥」「ノーマン」「グランドール」と連載しており
「ガムガムパンチ」なる幼年向けマンガも連載しながら
「人間ども集まれ」という大人マンガも同時連載しているという
とんでもなく驚異的な守備範囲とバイタリティと言えます。

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あまり語られないですけど
あらゆるジャンルを網羅するこの振り幅の大きさこそが
手塚治虫の真の恐ろしさだとボクは思います。
全年齢対象にそれぞれ連載を持っていたって
尋常じゃないスキルですよほんと。

しかもこれでこの時期は手塚治虫のスランプと言われていた時期ですから
もはや意味不明です(笑)
何がどうスランプなのかはこちらの記事をご覧くださいね。


ここら辺の話をしだすと止まらなくなるので
早速「地球を呑む」
あらすじをご紹介したいのですが
冒頭にも申し上げたように色んな要素が絡み合ってとんでもないことになっているのでとても簡潔には申し上げられませんし、紹介するにはネタバレも含んでしまいます。

なのでネタバレNGの方はここまでで止めておいてください。



さて…そんなトンデモ作品を
あえて簡潔にご紹介しますと…


写真を一目見ただけでも虜になってしまう「ゼフィルス」という絶世の美女がいました

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あらゆる男どもが彼女の虜になってしまう中、
ゼフィルスの美しさ、性欲に反応しない男がたった一人現れるんです。

それが日本人の関五本松という男。

彼は、女よりもなによりも酒を愛し絶世の美女「ゼフィルス」でさえも落とせないある種の変人なんですね。
そんな女や金といった欲望に惑わされない五本松に対して
あらゆる男を虜にしてきたゼフィルスが
徐々に関に惹かれてしまうという展開であります。

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しかもさらにゼフィルスには男に惚れてはならない鉄の掟があるんです。
さて、、その理由とは一体なんなのか?

そしてここから物語が加速度的に急展開し
世界規模の大復讐劇にまで発展、そして金融システムの崩壊など
ありえないくらいのスケール感が広がり
もはや何が何だか分かんなくなるというのが本作の大まかなあらすじであります(笑)


如何でしょうか。
序盤の展開は非常に興味深いですし設定も秀逸な設定だと思います。
おそらくアメリカのSF作家ラファティの短編の一部の影響を
受けていると思われますけど
序盤の物語への没入感はさすが手塚治虫、ぐいぐい引き込まれます。

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だけれども最後にはだんだん広げた風呂敷が畳めなくなって
しっちゃかめっちゃかになって終了したという
曰くの作品でもあるんですね(笑)


これらの件に対し手塚先生はあとがきでこう述べております。

「青年コミックという新しいジャンルをはじめるにあたり、
他の作家は読切短編を依頼されたのに自分だけ長編という注文に戸惑い、不満だった、
そして危惧したとおり物語がひろがりすぎてしまい、
中だるみに陥ったので、一時、読切形式に変えた」

とコメントしております。


このように先生自身もこうなるヤバさは最初から感じていたようで(笑)
それでも見切り発車的に連載をスタートさせ
最後にはやっぱり心配していた展開になってしまったというわけですね


しかしですね…
ある人は本作のこの中だるみが最大の見どころと語っているように
中盤の迷走加減は本当に注目です(笑)
いきなり短編形式になったり主人公が突然変わったり
手塚先生の実験と試行錯誤が入り乱れた苦悩、
ある種の貴重な展開を拝めることができます。

本作のテーマが
男に復讐をするために金の価値を暴落させるという壮大なテーマが
内にあるため、その中だるみを防ぐために
手塚先生は短編形式に変えたり試行錯誤しているんですけど
そもそも設定がデカすぎるんですよね(笑)

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男に復讐をするために社会の金融システムを破壊するって
動機に比べて望むものが巨大すぎてちょっとついていけなくなります(笑)
おそらく男女の復讐劇の中では世界トップクラスにべらぼうな復讐劇なんじゃないですかね。
地球破滅ものの部類でもトップクラスの動機だと思いますよ(笑)。


ちなみにゼフィルス一家が母親から託された男性に復讐する遺言は
1.金の価値を暴落させなさい。
2.法律と道徳を破壊しなさい。
3.世の男性を殲滅させなさい。

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という内容ですがどっかの国王ですか?って内容です(笑)

凄まじい風呂敷の広げ方に、もはや回収不能で
手塚先生お得意の書きたい欲求だけが零れ落ちてしまったという
とんでも展開になってしまうんですね。

連載当時の1960年台後半の社会情勢といえば
戦後復興を遂げた日本がわずか数年で豊かさを手に入れるという
経済成長真っただ中にあったのですが
その反面
金融戦争というある種、戦争の時代よりも
醜い争いをしているのではないかという資本主義の批判もありました、

現に作中では
国家体制に反発した市民のデモと,
各国の機動隊が衝突する描写がちょくちょく見られますので
ほぼ間違いなくここら辺の問題も描きたかったのだと思われます。


「金が社会や人間を崩壊させる」
「お金を儲けることが幸せなのか?」

など
行き過ぎた資本主義の批判と、人間本来の幸せとはを問う
とてつもなく壮大なテーマを
「地球が呑まれてしまわないように…」
という先生の切なる想いを
含んだタイトル名なんじゃないかなと感じさせてくれます。


そもそも
金が人間社会を狂わす。金が幸福と自由を人々から奪っている。
だから金の価値を暴落させなさい…というこの発想がエグイですよね。

超大量の金塊をバラまいて金の価値を暴落させ
「貨幣経済の崩壊」を起こすって一見すると途方もない展開ですけど
まさにこれ2021年現在の金融緩和政策そのものですから驚きであります。
ちょっと背筋がゾクってさせられますよね。

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現在アメリカのFRBやら日銀が経済対策として
無尽蔵にお金を擦りまくっていますけど、それこそ
この「地球を呑む」の金をバラ巻くということと全く同じですからね。

ハリボテの経済対策でマネーゲーム化した現代社会
めちゃくちゃ怖いですよ。

テーパリング一撃で暴落しちゃう非常に危うい経済状態ですし
通貨発行上限を無視してお金を摺りまっくてるんですから
そりゃあ通貨価値も下がりますし、
このままではどこかでとんでもない「しっぺ返し」が来ちゃいますよ。

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そもそもお金とはただの価値の交換手段なだけで、
それ自体に価値があるわけではない、いわば幻想です
そのお金にあたかも価値があるようにみんな錯覚してそれを求めてる。

そういう価値のないものに群がってしまう資本主義経済が抱える金融社会のもろさ、これを1960年台後半に想像していた手塚治虫のすごさですよね。


実際、2021年現在
ビットコイン、ブロックチェーンに代表されるような信用経済が到来し
お金の在り方を根本から見つめ直す動きが世界で活発化しています。
手塚先生もさすがにブロックチェーンの出現は予言できては、いなかったでしょうけど「貨幣経済の崩壊」という着想は見事であります。

金をバラまいて経済を崩壊させるなんて子供の時分には全く理解不能でしたが大人になって読み返してみるとなんと凄まじい漫画だったんだなって思い知らされます。
ちょっとエロもあるし、さすがあの立川談志が唸るだけのことはあります。
非常に現代的なテーマ性も兼ね備えているので
ぜひこれを機会に多くの方に読んで頂きたい作品ですね。

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そしてこの「地球を呑む」というタイトル
作中の五本松が大の大酒飲みで「地球を呑みこんでやる」というセリフがありそういうタイトルなのね、と思ってしまうんですけど
先ほどもちらっと触れましたが
「地球が吞み込まれないように」
とも捉えることができる作品だと思います。

実際は手塚先生の真意はどちらなのか分かりませんが
これを読まれた皆さんはどう感じられたでしょうか。

両方の意味の他に第三のメッセージが込められているのかも知れませんが
もしよければ皆さんの解釈もコメントしてみてください。

本当はまだまだ読み込むポイントがあるんですけど
ここら辺で締めたいと思います。
読む人によって色んな解釈ができそうな本作
人類の文明の行く末を案じたともいえる
手塚治虫の大人漫画の傑作「地球を呑む」
ぜひご覧になってみてください。


最後までご覧くださりありがとうございました。

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