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手塚治虫屈指のエロティックサスペンス「人間昆虫記」

今回は手塚治虫屈指のエロティックサスペンス「人間昆虫記」
お届けいたします。
本作を一言で表すと「悪女」
手塚漫画史上、最も危険で美しいダークヒロインの物語
知性と美貌を兼ね備えた才女が
目的のためならどんな手段も選ばず、欲望渦巻く社会でのし上がって行く様と、そんな彼女に振り回される男たちを描いた傑作であります。

危ないと分かっていても抗えない美女の魅力
それに翻弄される男たちとドロドロとした人間関係
社会の闇をも痛烈に批判した手塚治虫の大人マンガです。

そして本作は手塚史上最もエロティックとも言える作品

そんな「悪女」を描いた手塚治虫の傑作を今回ご紹介して参りますので
ぜひ最後までお付き合いください。

それでは本編いってみましょう。

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さぁ本作は1970年から71年にかけて雑誌『プレイコミック』に連載された作品で手塚先生がスランプだったとされる時に描かれた作品です。

スランプが故に作者が迷走している
作者の心情がモロに反映されていると言われている作品でありますが
一体どんな作品なのかあらすじを追ってみましょう。

あらすじ

主人公は才色兼備の女性「十村十枝子」
若くして芥川賞受賞作家となった彼女は授賞式に出席中
時同じくして別の場所で臼場かげりという女性が自殺をしていました。
何を隠そうこの2人、かつて一緒に暮らしていたこともある仲であり、
十村十枝子が受賞した小説は、
臼場かげりが書こうとしていた作品の盗作だったのです。

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実は十村十枝子とは他人の才能を次々と奪い、
自らのものへ吸収する『模倣の天才』でした。
小説以外でも女優、演出家、デザイナー、カメラマンと
あらゆるジャンルで才能を発揮し
世間やマスコミは彼女を才能溢れた「才女」ともてはやすします。

しかしその裏では、彼女は群がる男たちを次々と虜にして
才能を喰い散らかしては捨てる「魔性の女」だったのです

目的のためなら誰とでも寝るまさに「悪女」

そんな彼女に
危ないと分かっていても近づいてしまう様は
まさに甘い蜜に群がる虫のよう。
そして自らは次々と殻を破るように華麗に変身してのし上がっていく

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そしてクライマックスではどんな結末になるのか
エロスとサスペンスが交錯した
手塚マンガ史上最も最強の「悪女」を描いた「黒手塚」の傑作
それが本編のあらすじとなっております。


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という訳で本編解説に入りますが
まずですね。


タイトルがダサイ…。


タイトルが人間昆虫記だから
でっきり虫の話かと思ったら全然違っててもうびっくり。
ボクこれ読むのが結構遅かったんですけど
その理由がこの表紙とタイトルだったからなんです。
はっきり言って全く読む気にならなかった(笑)
マジでファーブル昆虫記の手塚版だと思ってましたから

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絶対そういう方々も一定数おられると思うので
タイトル変えたらもっと売れたと思います。
これはもう手塚先生の昆虫愛が前面に出ちゃった失敗例でしょうね。

…でなんで昆虫記というタイトルになっているかと言いますと
人間の生態を昆虫になぞらえて描いているからなんですね。

幼虫が殻を破って成長していく様や
他の虫に寄生して宿主を食い散らかして変態していく昆虫の生態を
人間社会そのものになぞらえて皮肉たっぷりに描いているからなんです。


ですから…非常に分かりにくい(笑)


そこまでタイトルに昆虫をぶち込んでこなくてもいんですけど
でも手塚先生は昆虫や形が変わる変態にどうしようもなく興奮するんで
この作品は手塚先生にとっては猛烈なエロス作品なんですね。

登場人物の名前も、昆虫をもじったものになっているというオシャレぶり
ですがかなりマニアックなんで普通にしてたら気づけません(笑)

とまぁ手塚先生の偏った性癖が炸裂した本作でありますが
ストーリーは抜群に面白い!

手塚治虫の「虫」と「変身」と「エロ」と「狂気」が
入り混じった傑作です。

主人公の十村十枝子は「模倣の天才」、
狙った人の能力を次々に吸収して変態していいきます。

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女性の武器をフル活用して男を虜にしてして
富や名声を築きあげていきます。
無理やり犯されたと思いきや…それもまた作戦のひとつだったり
とにかく誰とでも寝ます。

そして
カメラマンの口封じに自分のセルフヌードを撮らせるという条件もまた
巧妙に利用するというまさに、目的のためならば
手段を選ばない恐ろしいほどのヒロインです。

しかし心の内面では満たされず
本当の自分に戻れるのは、田舎の実家の母の前でのみ
しかもその母が人形という恐ろしさに加えて
その母の前ではおしゃぶりを咥える赤ちゃんにまで戻ってしまう変貌ぶり
この圧倒的な孤独感描写は恐怖です。

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華やかな表舞台とは裏腹の空虚な精神構造
どこまでが演技で、どこまでが素の自分なのかが分からなくなるくらい
複雑な精神描写は魔性性幼児性が同居した異質な存在感を放っています。

手塚先生はあとがきにこう残しています。

「日本はまっしぐらにGNP世界第一位を目ざしてつっ走っていた時代です。
 その陰と陽の不条理な時代に、マキャベリアンとしてたくましく生きていく一人の女をえがいてみたいと思ったのです」

マキャベリアンとは
目的の為なら他人を躊躇なく利用する人という意味で
本作ではまさに交わるものすべてを喰らい尽くす女性の恐ろしさが描かれております。

しかしこれは当時の社会情勢、当時の日本の縮図を描いており
ひとりの特有な女性像の姿だけではないんですね。

自分の幸福を追求するために、自然と他者を不幸にしてしまう天然の悪という誰しもが持っている欲求をクローズアップした作品なんです。

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この作品が発表された1970年ごろの日本はまさに高度経済成長時代
目的達成のためなら、非道徳的であろうと手段を選ばないという
残酷さこそが秩序であるかのような屈折した社会構造に一石を投じています。


ひたすらに自己の欲求のために突き進むも
一向に幸せになれない、吸い尽くしても吸い尽くしても満足できない
底知れない欲求に憑りつかれた日本経済

そしてオリジナルを探す方が難しい模倣の時代
その模倣は他者を攻撃する目的ではなく生き残るために生存戦略
本能に身を任せて生きる自然悪
まさに「似せることで身を守る」という昆虫の生態を連想させてくれます。

ごく自然で本能的な人間の本性を
昆虫の生態と当時の社会情勢も織り込み
狂気とエロスを交錯させて描いた手塚流マキャベリストの傑作
それがこの「人間昆虫記」なのであります。
ぜひとも読んで欲しい一作です。



加えて本作は手塚治虫の芸術論というのも感じさせてくれます。

才能とは何だを表現した「ばるぼら」と対になる作品で
どちらも才能というものを追いかけてはいるテーマですが
本作ではそのアプローチが違っています。

才能の女神を追い求める「ばるぼら」
他者の才能を喰い散らかす「人間昆虫記」

例えるなら
「ばるぼら」が手塚先生が求めた才能のあり方であり
そして
「人間昆虫記」が世間一般が求める才能のあり方を表しているのでは
ないでしょうか。

「黒手塚」の傑作と呼ばれる2作品併せてご覧になることで
当時の時代背景そして激動に揺れる日本経済と当時の手塚先生の心情が読み解けると思います。

そして最後の十村十枝子のセリフ
このセリフに込めた手塚先生の思いこそ

「ありのままの姿が一番美しい」と言っている気がします。

ぜひご覧になってみてください。

続きはこちら

今回ご紹介した作品は「人間昆虫記」はオリジナル版です

“幻”の未収録ページに加えて、カラー扉やカラー本文など、
雑誌初出時を忠実に初再現。
予告や毎回の「あらすじ」、キャラクター相関図なども、48年ぶりに初収録されている豪華版、このサイズで読む手塚作品は圧巻です。おすすめです


というわけで今回は「人間昆虫記」お届けいたしました。
いかがでしたでしょうか。

この作品もまた色んな解釈が生まれる作品であり
本当の手塚先生の真意というものは分かりませんけれども「黒手塚」と呼ばれる作品における本質を探ってみるのも面白いかと思います。

次回は本編でご紹介できなかった
手塚先生が人間昆虫記に込めた真意を某的に深堀りしてみたいと思います。

最後までご視聴くださりありがとうございます。


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