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バックパッカーズ・ゲストハウス(58)「猛るゴリラ」

前回のあらすじ:「錦糸町にはダイソーがある」そんな情報だけを頼りに街を探索してみた。暇人を極めつつあった。【これまでのお話https://note.com/zariganisyobou/m/mf252844bf4f2

 私はイタリアンのバイトを辞めてから、ブラブラする範囲を秋葉原、上野から広げてさらにアッチコッチ歩いた。
 神保町は本の街だと聞いて行ってみたが、置いている物が渋すぎて私には価値がわからないものばかりだった。ブックオフの方が良かった。

 本屋よりも、神保町に行くまでの間に、ロバが後ろ足を跳ね上げている看板に、「kick Ass」という名の店名を書いたカフェを見つけたり、ちょうど週末でイベントが開催されている日で、お爺ちゃんたちで編成されたディキシージャズのバンドがストリートで演奏するのを見たりしたのが楽しかった。お爺ちゃんが歌う英語の曲は、ネイティブが聞くとおかしなところがあるらしく、外国人の観客が同じ歌詞が出てくるところで毎回笑っていた。

 フリーマーケットをやっている一角で、お遍路の格好をしながら、四国八十八ヶ所を回ったときの体験記を自主制作し売る人間を見て、地元を思い出した。

 
 ゲストハウスでゴロゴロし、その辺をウロウロしているだけでは大して金も減らないが、増えることもないので、新しく仕事を探そうと試みた。上野動物園で短期のバイトを募集していて、私にしては珍しく、かなり雇われたいという思いを強く持って応募した。上野動物園で働くというのは、地方人としてはかなりそそられるものがあった。

 事前に電話で言われていた通り、入場口で、「面接に来た」と伝えるとタダで中へ通してくれた。そのまま園内を進み、プレハブ小屋レベルに簡素な印象を受ける建物で、日本のサラリーマンを絵に描いたような真面目そうな男に面接してもらった。

 特に変わったもののない、建物や男の見た目同様簡素な面接だった。
 入ったときと同じように、一般客と一緒の出口から帰るように言われて事務所を出たが、すぐには帰らず、二時間ぐらい園内を見て回った。

 ゴリラがかなり広い環境の中、群れで飼育されていた。オスのゴリラが体の小さなゴリラを追っかけ回していて、それを見た、たぶん歳を食ったメスゴリラに怒られていた。

 オスは地面を叩きメスゴリラを威嚇した。デカい音がして、地面が揺れたような気がした。見ていた観客からは驚きの声が上がったが、メスゴリラは怯むことなく、オスを小突いて、オスゴリラはコミカルな動きで退散した。人でもゴリラでも、ババアが一番強いのに変わりはないようだった。

 この時、二〇〇九年の上野動物園にはパンダはいなかった。

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