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エッセイ:五月病と葉桜の狭間で

私の高校1年目は、淡くて脆い桜のようだった。

桜は必ず、満開になったら散ってしまい、ずっと咲き続けることはできない。
皆それを分かっているから、桜のシーズンにこぞってお花見に行き、散りゆく桜を見て楽しむのだ。
あくまで、桜が「咲いている」時だけ。
桜が全て葉になった途端、大体人々はそれを見ようとわざわざ足を運ばない。
桜は、前年の夏から約1年かけてやっと花を咲かせるのに、人々が関心を持つのは1ヶ月にも満たない。


そんな儚い桜と共に。
私は、憧れの皐月ヶ丘高校に入学した。


新しい生活が始まった。
ずっとずっと憧れていた高校生活。
長い長い受験生での役割をようやく終えて、今年こそは沢山遊んで、青春したいと思っていた。

今日は入学式から1日目。
高校から家に帰ってきた途端、どっと疲れが押し寄せて来て、私は自室のベッドに制服のままダイブした。
行儀が悪いとか、そんなことは頭から抜けていた。

思っていたのと、違っていた。
今日実施された宿題考査なんて、中学にはなかったから、そこまで深く考慮していなかった。
数学は、中学の範囲はほとんどなくって。
元々数学が苦手な私は、高校範囲の数学の難しさに驚きと焦りを覚えた。
皮肉にも、数学の公式は覚えられなかったというのに。
まぁでも、中学ではトップ層に入ってたし。
大丈夫。なんとかなるでしょ。多分。

そう思ったら急に眠気が来て、私は母が「晩御飯出来たわよ〜」と声をかけられるまで眠っていた。

翌朝。
私はこれから3年間、中学の時よりも1時間早く起きなければならないことに嫌だなぁと思った。
重い瞼を擦りながら、駅まで走る。
そこで驚いたのが、通学通勤ラッシュの電車がいかに混んでいるかだった。
こんなに人、入るわけないでしょと思いつつ、
乗らないと遅れるという気合いでなんとか車両に体を滑り込ませた。
次の駅でも、さらに大量の人が押し込まれてくる。
これ、軽く拷問なんじゃないの...?
吐きそうになりながら、何とか学校の最寄り駅に着いた。

これが毎朝続くことを理解した途端、私は大きなため息をついた。
学校に着いて、まだ慣れない教室へ。
みんな友達が一定グループ出来ていて、私はもう既に出遅れたみたいだった。
誰に話しかけたらいいんだろ、でもみんなもうグループ出来てるし…。

あれやこれやと考えているうちに、始業のチャイムが鳴った。

1時間目は数学で、昨日やった宿題考査が返ってきた。
「平均点は、80点だぞ〜!出来なかったところは復習しておくように〜」
テストを受け取って席に戻った私は、そんな先生の声が聞こえた瞬間に即座に耳が痛くなった。
同時に、素早く手にした解答用紙の点数の部分を折り曲げた。
昔は、点数が良くて、折り曲げることなんてなかったのに。
席に着いた私は、朝からさらに気分が悪くなった。
周りの人はどうなんだろうと、ちらりと視線を隣の子の机の上の解答用紙に移した。

見なければよかった。
周りはみんな堂々としていて、こんな点数を取った私だけ、どっかへ取り残されたみたいで。
結局その後の数学の授業は、全くと言っていいほど頭に入ってこなかった。

お昼は1人で食べるしか無かった。
誰に声をかけたらいいか分かんないし。
ただ、虚しかった。

そしてやっと、5時間目になった。
生活指導の先生から話があるため、体育館へ集まらなければいけないらしいので、私は携帯を持って立ち上がったが、そこであることに気づいた。

一緒に行く人がいない…。

学校って、こんなにつらいものだったっけ?
今すぐ帰りたいなぁ。
そう思った。
ここで私は、これまでのことが色々と積み重なって本能的に涙が出てきそうになった。
潤む視界の中で、私と同じような1人教室に残った女の子を見つける。
よし、今しかない!!
私は当たって砕けろという気持ちで、声を掛けた。

先生の長い長い話が終わって、またその子と一緒に教室へ戻った。
ようやく放課後である。
一緒に帰ろうと約束したその子と、校門を出た。
短時間だけど、色々話してみて、帰りの方向が同じだということに気づき、最寄りの駅まで共に帰ることになった。


その子は突然、言った。

「あんまり、得意なことも、できることもそんなになくって。
だから、私には皐月高(さつきこう、皐月ヶ丘高校の略称)は、実はちょっと合わないんじゃないかって、ここ数日思ってて」

共に電車を待ちながら、少し日が傾いてきた頃。
そう言った彼女の顔は、ちょっぴり自虐的に笑った。

そのどこか陰があるような感じは、私の今の心情とそっくりだった。
不思議な気分だった。
彼女といると、今までずっとのどの奥につかえていた思いが、溢れ出す。
気づけば、声に出していた。

「私にとっての皐月高はね、高嶺の花だったんだ」

誰にも言えなかったこの気持ちを、今日知り合ったばかりの子に打ち明ける。

「去年行った学校説明会で、生徒も先生もキラキラ輝いていて、凄く楽しそうな学校だなと思ったんだ。
でもね、逆に言えば、私には眩し過ぎるくらいだった」

そう、それが私の皐月高への第1印象。
具体的に説明するならこうだ。

同じクラスで、なんでもできて、容姿も整っている異性に、恋をするどころか話しかけることすら出来ないみたいな。
部活終わりに、どこか遊びに行こうと終礼終わりに話している女子のグループに、「私も入れて!」と一言声をかけるのを躊躇うみたいに。
帰り道に偶然クラスが同じ子を見かけて、お互い1人だけど、クラスではそんなに話さないし仲良くないから、声をかけるか迷うみたいに。

自信がない私。
変な劣等感を持って生きてる私。
いや、怖いんだと思う。
きっと、自分から行動を起こした後の、結果が怖いんだ。

その完璧な異性に話しかけたとして、顔も頭も全て平凡な私のことを認知しておらず、「誰?」と言われてしまったら?
「私も入れて!」って言った後、「えー、どうするー?」ってなって気まずい雰囲気になり、結局無視されてしまったら?
私が声をかけて、その女の子が1人で帰りたいと思っていて、お互い話すことの無いままギスギスした関係になってしまったら?

きっとこう思うだろう。
話しかけなければよかった、と。
何もしなければよかった、と。
いちいちそんなことを考えている私と、皐月高の生徒は正反対だ。

勉強も、部活も、青春も、全て充実していて、人間なら必ずあるような欠点が、一切見えない。
一言で表すなら、「完璧な陽キャ集団」。
完璧すぎるんだ、私には。
当時中学生だった私は、皐月高がそんな風に見えていた。
でも、結局この高校を受験しようと決意したのは、その自由さと輝きに、どうしようもなく惹かれたからだ。
この学校なら、私の高校デビューを叶えてくれるかもしれない。
高校デビュー、という言葉はもう既に古いかもしれないけど。

高校からの自分は変われるかもしれない、と。

その一縷の希望にかけて、入学した。
私だけだと思っていたこの気持ち。
でも、それは違っていた。
今、一緒に帰っているその子だって、弱さがあった。
みんな見せてないだけで、本当はどこか怯えてる自分がいるんだ。
もちろん、私みたいな考えすぎる人は、マイノリティかもしれない。

でも、少なくとも存在するんだ。
ずっと完璧でなくちゃいけないと、どこかでそう思っていた。

でも、この子と今日、話してみたことで。
やっと、私は高校生になって初めて、息がしやすくなった気がした。
この感情を表すのにぴったりな言葉は、「安心」だ。
それ以外に思いつかない。

そうだった。
完璧じゃなくたって、何も悪くない。
それが、私の個性じゃないか。
私は、皐月高のことを一面からしか、見てなかった。
そんな醜い私のことだって、こうして受け入れてくれるのが皐月高なんだ。

考え方が、そもそも違っていたんだろうな。


「今日、一緒に帰ってくれてありがとね」


そう言いながらほろりと視界が滲み俯く私を見て、彼女は動揺していたが、やがて黙ってティッシュを渡してくれた。

皐月高に入ってから、初めて流した涙は、こんなにもあたたかいものだった。
この出会いはきっと、忘れることはないだろうな。

私たち2人は、そうして友達になった。










1年後。
新しく進級した私は、今年から先輩になる。

ふと、去年のことを振り返った。
たくさんの、行事があった。
そんな中で、どんな私の姿でも、クラスのみんなや先生方は、そのまま認めてくれた。
朝の1日は、おはようから始まって。
穏やかなさようならの挨拶で、それぞれの部活へ行く。

もし、あの頃の中学生の自分に一言伝えられるなら、言いたい。

確かに、皐月高は完璧だ。
でもそれは、なんでも出来て完璧な人間が集まっているという意味じゃない。
どんな人でも、咎めることも責めることもなく、ただただ受け入れてくれる体制や雰囲気が完璧なんだ、と。
勘違いしてるなら、入学してからその目で確かめてみればいい、と。







美しく咲き誇る桜は、毎年の春、人々の目を華やかにさせて、楽しませる。
それがすぐ散ってしまうなんて、もったいないと思うかもしれない。
私は1年前、そう思っていた。


でも、お花見をしたり、ただ町並みを歩く人の目に映った桜は、人々に清らかな気持ちを与えてくれる。
感動や思い出は、ずっと人の心に残り続けるように。
あの一瞬の桜の存在は、誰も忘れずに心に残り続けるのだ。
綺麗だなぁ、という思いとともに。

しかも桜は、必ず人々の顔を、上へ向けさせてくれる。
人々は意識せず桜の美しさに惹かれて、上を見上げる。
そんな、希望の権化のような花だ。

人々にその一瞬間の希望を与えるためだけに、桜はまた来年に咲かせるための蕾を、1年間かけて少しずつ準備する。

そんな桜と、たった3年間の皐月高校の生活は、そっくりに思えた。
儚くて脆い、ぼうっとすればすぐに終わってしまう。
けれど、前を向かせてくれる。
誰でも桜を、見ることができるように。
入学してくれた全ての人を許容する、それが皐月ヶ丘高校なんだ。





美しく舞い散る桜と共に、校門の通った私は、宣言する。




皐月高にいる私は幸せです、と。


あとがき

皆さんこんにちは。
数あるエッセイの中からら私の初エッセイを読んで下さり、ありがとうございます。

今回のテーマは、高校と桜、そして現役高校生である私の経験に基づく、The「リアル」な学校生活です。

正直に言えば、このエッセイを本当に載せるべきなのか、迷いました。
キラキラした明るく、楽しい高校生活のエッセイを書いた方が、きっと万人受けするのではないかと思ったのです。

もちろん、そうやって書くこともできます。
ただそれでは、私の今まで経験した本当の思いや葛藤、悲しみや辛さを伝えることは決してできないと同時に思いました。

突然ですが、皆さんにお尋ねしたいことがあります。

学校とは、本当にずっと楽しいものでしょうか。
なぜ、不登校やいじめ、五月病といった言葉があるのでしょうか。

それを考えた時に、ふと頭に過ぎったのは、筆者自身が高校1年生になりたての頃のことでした。
実を言うと私は、遠くてしんどい登校や、教科によっては早すぎる授業、そしてまわりは何も気にせずにとても楽しそうにしているクラスの環境に、初めはあまり馴染めませんでした。
進学校だったこともあって、プレッシャーで押し潰されそうでした。
高校生を楽しむ余裕すらなくて、ただただ学校に行くだけで精一杯で、正直辛かった部分がありました。
土日が待ち遠しくて、日曜日の夕方になればサザエさん症候群を引き起こし、明日学校嫌だなぁと思うこともありました。

今となっては、そんな高校生活にも慣れて、クラスのみんなもとても親切にしてくれて、行事も全力で楽しめましたし、勉強もみんなと協力しながら自分のペースでコツコツ頑張ることも出来て、進路で困った時は先生も相談してもらって助けて下さったりなど、本当に、充実した1年間だったと振り返って思いました。
でもそれは、その慣れなくて辛い時期を乗り越えた後にようやくそう思えただけです。

私のような苦しい時期がない人もいるのかもしれません。
例えば、そのまま思った通りの第1志望校に入っている人だったり、そうじゃなくてもポジティブ思考の人だったり。

でも、少なくとも私は初め、苦しかった時期を過ごしました。
私の同じ高校の友達に聞いてみると、ある友人は学校生活の悩みがあったみたいで、でもそんなみっともなくてしょうもないことを人に言えるはずないから、それを見せずに振る舞っていたみたいでした。

皆さんは、学校が嫌だなぁと思ったことはないですか?
きっと、1度はあるはずですよね。
それが勉強のこと、部活のこと、人間関係のこと、家族のこと、それは人それぞれですが。

私がこのエッセイで伝えたかったことは、みんな悩みがあるんだよ、ということです。
だから、学校が辛いと思っている人に、どこか寄り添えるようなエッセイにしたいと、思いました。

誰でも、好きで学校に行っている訳じゃないけれど、どうせならたった1回の高校生活を、できるだけ楽しくしようよ、と。
ただ表面的な、楽しく明るく輝かしい高校生活だけじゃない、ザ 「リアル」な高校生活を、皆さんに知ってほしいという思いからこのエッセイは生まれました。
この物語自体は学校名のフィクション部分と、私の実際の経験に基づいたノンフィクションの部分、両方あります。
ですが、学校名以外は全て事実であり、私のエッセイとして忠実に本来の高校生活を描いたつもりです。

ここまでの流れで行くと、皆さんはこう思うかもしれません。

学校が辛いってことを言いたいの?と。

私は、高校生活しんどいよね、という結論にしたいから、このエッセイを書いたのではありません。
最後の締めくくりが、希望の桜と主人公の幸せで終わるように。
辛いことを乗り越えた先に、幸せがあるのだと言いたいのです。

人生、生きてるだけで丸もうけ。
私は、そう思います。


最後まで私にお付き合い下さった、全ての皆様に。
このエッセイを通して、ささやかなエールを送ることが出来たら、私としてはこれほど嬉しいことはないです。
皆様が人生を、少しでも前向きに歩んでいけますように、そして幸福が舞い降りてきますようにと、切に願っています。

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

それでは、またどこかで。


ゆゆりん

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