最近の記事

vol,8 酢取り茗荷

 修業時代1年目の8月のことです。  この頃になると、私の持ち場である「はこ場」でも茗荷を触らせてもらえました。担当である漬物に夏らしい色味を添えるために、半割りにした茗荷をさっと茹で、軽く振り塩をして、冷めた後に甘酢に漬けたものを添えるのです。  この頃は茗荷を知ってはいましたが、意識したことはありませんでした。せいぜい、素麺の薬味としてテーブルに置かれていた記憶があるくらいで、味の記憶としては、素麺を食べた際に「なんか苦いぞ」と、嬉しくない味がしたことを覚えている程度で

    • vol.7 玉子豆腐

      初夏になると、卵料理の献立が茶碗蒸しから玉子豆腐に変わりました。後々知るのですが、私の修業先では、基本的な卵料理は全て一年目に習得できるようになっていました。  日本料理でいう基本的な卵料理は茶碗蒸し、玉子豆腐、ゆで玉子(半熟玉子)、温泉玉子、出汁巻き玉子でしょう。これらの料理の違いは、重要度の順に道具、温度と時間(調理時と提供時)、形、出汁の分量、といった4つの要素によって生まれます。そしてこれらの要素が卵料理の構造的なレシピになります。  この意味で茶碗蒸しと玉子豆

      • vol.6 新生姜ごはん

         修業時代1年目の6月の炊き込みご飯は新生姜ご飯でした。ファイルに保管してある献立を見返すと、当時の記憶が甦ってきます。それは新生姜を全体的に見た際の羽毛のように軽やかな象牙色、それとは対象的な、茎部分の明るく澄んだ躑躅色(つつじいろ)に、またはそれらの色彩とは対照的なごつごつとした形と手触りに、はたまた刻んだ際の爽やかな芳香、湯がいた際の芳香の拡散的な動きを味わうたびに自然と連想されて思い出されてきます。  今回は爽やかであり、そして辛い。この余韻とキレの合わさった味を若

        • vol.5 剥きもの

          6月になり、2回目の給料を貰うと、初めて包丁を買いました。薄刃、柳葉、出刃の3本です。この内、薄刃包丁は私にとって修業時代の初期から今に至るまで最も使用頻度の高い包丁です。  包丁を買ったばかりの頃は使いたくて仕方がなかったのですが、駆け出しの頃にはこれらの和包丁を使う仕事はあまりありませんでした。薄刃は赤出汁の具に使う葱を小口に切るなどのピンポイント使用のみで、出刃は魚を触りませんので出番はありません。柳葉に至っては向板(造りを引く持ち場)に就いた3年後に漸く使ったくら

        vol,8 酢取り茗荷

          vol.4 青掻敷

           初めて務めた修業先で2か月近く経った頃、自分の持ち場であるはこ場(雑用とご飯、漬物などを担当する新人の持ち場)の仕事は昼の休憩前には終わらせられるようになっていました。その為、私は空いた時間に八寸場(様々な旬の料理を一皿に盛り付ける持ち場)の盛付けの手伝いをさせて貰えるようになりました。板場ではこれを「脇八寸」と呼びます。ですので、私の持ち場は「はこ場」兼「脇八寸」となったのです。  この「脇」が付くポジションは他にもあり、後に勤めた京都にある本店では向板(造りを担当)や

          vol.4 青掻敷

          vol.3 筍ご飯

           修業が始まり、数週間もすると随分と仕事に慣れてきます。その日、私は営業開始までに朝の準備を終えたので、残り時間に筍ご飯の筍を刻む仕込みを始めました。    一斗缶に入った水煮の筍を半分に割り、白い粒々を竹串で擦り洗いします。この白い粒々はアミノ酸の一種でチロシンが結晶化したものです。生の筍を湯がく場合ですと滅多に見ませんが、水煮で市販されているものには大抵入っています。  仕込みの単位が一斗缶ずつでしたので、この白い粒々を除くだけでも結構な時間を使います。私はこの仕事を営

          vol.3 筍ご飯

          vol.2 茶碗蒸し

           今記事では茶碗蒸しの料理に纏わる私の経験を通して、茶碗蒸しの味や見た目、料理工程が人の自律神経系に及ぼす影響を見るとともに、予兆を感じた際の反射的な心理と余韻を感じている際の心理を見ていきます。  これにより、五感的な美味しさの前後にある予兆と余韻を意識でなぞることで自律神経系のバランスが整い、また皆様方それぞれの物語を通して食事の新しい楽しみ方を得られたならば幸いです。  駆け出しの持ち場である「はこ場」には茶碗蒸しの下準備をして煮方に回す仕事がありました。一日分の米

          vol.2 茶碗蒸し

          vol.1 桜餅

           私が職人見習いとして初めて覚えた料理の一つに桜餅があります。当時は見習いですので持ち場は追廻しでした。自分の仕事をこなしながら同時に先輩たちの雑用をする持ち場です。この追廻しの持ち場のことをその職場では「はこ場」と呼んでいました。  はこ場で受け持つ料理は、 一つには包丁に慣れるための簡単な刻みもの。例えば、 ・漬物を切る。 ・炊き込みご飯の種を刻む。 などです。  それと調理場全体の仕組みを把握するために、各持ち場で作る料理の下処理をすることです。こちらは例えば、 ・

          食事は時空間をデザインする

          1、味、食材、料理の構造  これまでに記事にしてきた四大味覚それぞれによる舌筋と舌周辺の筋肉の動きを簡単にまとめて、それらを次元的に捉えていきます。 ・塩味は比較的素早く感じられ、比較的余韻は短い。つまり点なる味であり0次元で、自意識の存在の拡大を促し一次元へと導く前進機能を持つ。そして前後の二方向の動きを内包し、それらはそれぞれに開閉の弁を持つ。 ・ + 時間 = ー 正確には‥‥であり点の連なりです。 ・甘味はゆっくりと感じられ長く後を引き、狭く深い味わいがある

          食事は時空間をデザインする

          食事と心理

          1、社会の流れと味の変化  人類が社会を形成し始めた頃、その単純な社会で受けられる利便性と受けなければならない制約も単純なものだったことは容易に推察されます。  利便性に着目すると、道具が開発され、制度が整うにつれ利便性は高まります。このことによって人の自律的な緊張感が和らいでいくことは多くの人が実感することではないでしょうか。それは甘いものを食べている時のような幸福な心理状態かもしれません。そして現代人の一定の人が「甘いものは別腹」と欲求を抑止できないように、徐々に利便

          食事と心理

          苦味による舌筋と舌周辺の筋肉の動きと心理作用

          1、はじめに  近年、うま味の受容体が発見されたことにより、味覚は今では五大要素として語られることが多くなっております。塩味、甘味、酸味、苦味、うま味ですね。この内、うま味を省いた四大要素についてそれらを口にした際の筋肉の反射と味わった際に感じる心理について順に紹介していきます。馴染みのない筋肉の名称が幾つか出てきますが、重要視しているのは動きの方向、早さ、強さといったそれぞれの特徴です。  動きを見せる筋肉の特定とその名称については勉強し注意深く特定したつもりですが、

          苦味による舌筋と舌周辺の筋肉の動きと心理作用

          酸味による舌筋と舌周辺の筋肉の動きと心理作用

          1、はじめに  近年、うま味の受容体が発見されたことにより、味覚は今では五大要素として語られることが多くなっております。塩味、甘味、酸味、苦味、うま味ですね。この内、うま味を省いた四大要素についてそれらを口にした際の筋肉の反射と味わった際に感じる心理について順に紹介していきます。馴染みのない筋肉の名称が幾つか出てきますが、重要視しているのは動きの方向、早さ、強さといったそれぞれの特徴です。  動きを見せる筋肉の特定とその名称については勉強し注意深く特定したつもりですが、

          酸味による舌筋と舌周辺の筋肉の動きと心理作用

          甘味による舌筋と舌周辺の筋肉の動きと心理作用

          1、はじめに  近年、うま味の受容体が発見されたことにより、味覚は今では五大要素として語られることが多くなっております。塩味、甘味、酸味、苦味、うま味ですね。この内、うま味を省いた四大要素についてそれらを口にした際の筋肉の反射と味わった際に感じる心理について順に紹介していきます。馴染みのない筋肉の名称が幾つか出てきますが、重要視しているのは動きの方向、早さ、強さといったそれぞれの特徴です。  動きを見せる筋肉の特定とその名称については勉強し注意深く特定したつもりですが、

          甘味による舌筋と舌周辺の筋肉の動きと心理作用

          塩味による舌筋と舌周辺の筋肉の動きと心理作用

          1、はじめに  近年、うま味の受容体が発見されたことにより、味覚は今では五大要素として語られることが多くなっております。塩味、甘味、酸味、苦味、うま味ですね。この内、うま味を省いた四大要素についてそれらを口にした際の筋肉の反射と味わった際に感じる心理について順に紹介していきます。馴染みのない筋肉の名称が幾つか出てきますが、重要視しているのは動きの方向、早さ、強さといったそれぞれの特徴です。  動きを見せる筋肉の特定とその名称については勉強し注意深く特定したつもりですが、

          塩味による舌筋と舌周辺の筋肉の動きと心理作用

          こんぶ思考

          1,昆布とは?  「昆布出汁ってどんな味? 」と聞かれて皆さんは上手く答えられますか?  皆さんは昆布の味や香りを他人にどのように説明できますか。恐らく、上手い言葉を見付けられないのではないでしょうか。或いはそれほど意識してこなかったという人もおられるでしょう。実は私も二十年の間、納得のいく答えを見付けられないでいました。その間、料理をしながら思い出しては何度も考え続けてきました。  この記事では、 ・何故、日本料理には昆布出汁が使われるのか? ・昆布に含まれるグルタミ

          こんぶ思考

          かつお思考                     

          ①、「鰹出汁ってどんな味? 」と聞かれて皆さんは上手く答えられますか?  私が京料理の業界で修業し始めた季節は春でした。その頃の話をしながら鰹出汁について考えてみたいと思います。ここでは鰹節の味ではなく、香りについて見ていきますが、味にも香りと同様の感覚作用があると思っています。  自分の持ち場で一生懸命に仕事をしていると、決まって営業開始の直前に鰹節のいい香りが漂ってきました。その時間帯は煮方で料理された筍の炊き物がバッカンに入れ替えられて、八寸場のホットプレート

          かつお思考