見出し画像

書評 #19|一人称単数

 村上春樹の『一人称単数』は話者によって紡がれた短編集。思考のあくのようなものをすくい取り、煮詰めるとこういう文章になるだろう。

 著者の作品には「表裏」が存在する。文体は軽やかでありながら、感情表現は起伏に富む。人間の言葉を話す猿など、極端な展開を設定しながら、日常の趣がそこにある。起承転結をそのまま受け止めても、物語として充分に成立する。

 しかし、自分自身の過去や現在、果ては未来につながり、感情を呼び起こす力も持つ。ノスタルジー。後悔。感動。期待。それはまるで、読者の感情を引き出す即興演奏のようだ。

 本作は著者と世界との「つながり」を示す作品でもある。本作の話者と世界との間には女性、音楽、ヤクルト・スワローズが介在している。内省と自己表現。世界と接続する上でのシフトチェンジ。言葉の奥に、その様子が浮かぶ。

 シフトチェンジした先に広がる世界。話者の目線で見る世界は苛烈だ。その中で描かれる生の脆弱さ。死。喪失。その世界にはうっすらと暗闇が漂う。悲観と諦観を内に抱えた生の行進。村上春樹の言葉を通じ、読者もまた、内外の世界とつながる。


この記事が参加している募集

推薦図書

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?