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自宅で看取ることにしました
デスク前では眠くなるのに、布団に入ると眠れず、また朝を迎える。
「何かあったら電話するので、いつでも電話に出られるようにしててください」と言われれば、こうなるだろう。
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昨日は、入院後初めての面会&医師からの説明に行った。
説明を受ける部屋まで、母をベッドごと運んでくれたいた。
顔をみて感じた。
「今月持つかな」
腹痛は落ち着いたようではあるが、飲食がほぼできず、拒薬があり内服
結局依存してたのは自分
ほぼ一晩眠れずに朝を迎えた。
この感覚、何年ぶりだろう。
昨日母が入院。夜間、病院から電話が来るのではないかという心配で眠れず。
今回は気持ちの整理として書いた。
<母のこれまでの経過紹介>
2015年10月
おそらく先に脳梗塞発症。そのせいで踏み台から転倒し、左大腿頸部骨折。
左人工骨頭挿入、脳梗塞(ラクナ梗塞)治療。
リハビリ病院に転院。
2016年3月
シルバーカー歩行可能となり、退
大腸ポリープ切除入院記
※患者としての体験談です。看護師の立場でもお伝えできることがあると思い書きました。
2泊3日の入院から生還しました。
もはや恒例となりつつある大腸ポリープの切除。
今回は2個。
便潜血検査では引っかからなかった大腸ポリープ事の発端は2016年、母が倒れる数ヶ月前のこと。この年は公私ともに悪いことばかりが起きて、周囲の人達からは「お祓いした方がいいよ」といわれたくらい。
まだ病棟看護師として
WE’RE BROS.
(※BROS.とは推しさんのファンクラブの名称です)
出会いは突然「うわ、この人すごいカッコいい!!」
それが偏愛生活のはじまり。
時は1991年10月。
1991年といえば私は20歳。
看護学生で、勉強や実習で大変なころだった。
あの頃はTBSの夜ドラマが面白くてよく見ていた。
彼と初めて出会ったのもドラマ。
今井美樹さん主演の『あしたがあるから』である。
それからというもの、毎週ドラマ
開業届提出&インボイス申請いたしました
令和5年10月27日、一粒万倍日。
開業届提出、適格請求書発行事業者登録申請いたしました。
(今さら開業?と思われた方もいるでしょう)
これまでお取引いただいておりますクライアント様には、さらなる価値提供をさせていただく所存でございます。
また、新たなクライアント様におかれましても、安心してお取引いただけますことお約束いたします。
みなさま、今後ともよろしくお願いいたします!
※なおこちら
【VIVA LA ROCK 2023】5月4日レポ
私の生きがいは音楽である。
とくにライブ・フェスはまさに「生きている」という実感がもてる大切な場所。コロナ禍以前は、数ヶ月に一度はあちらこちらに行っていた。母が倒れる前までは、ライブのために北は北海道、南は沖縄まで行ってたくらい。
(夜勤明けを利用すれば数日は休めた)
しかしコロナ禍以降は封印せざるを得ない状況だった。
自分が医療従事者であること、要介護者の家族であることで、
自分が罹患すれば
2011年3月11日のこと
2011年3月11日。
東北人として忘れられない日、忘れてはいけない日。
そう思い筆を執っている。
看護師をしていた私はあの日は夜勤明け。
前日21時から翌日9時(実質10時)まで働き、食事をとって
寝ていた。
14時46分、揺れで目覚める。地震だ。
わりと大きそうと感じ急いで1階に降りる。
揺れがおさまる様子はないため、
玄関の扉を開け、まだ雪の残る屋外へ、まだ元気だった母とともにでた。
スガシカオさん、デビュー記念日おめでとうございます
はじめましての方もいらっしゃると思うので
改めまして、ライターのゆみきたです。
ふだんは美容医療記事、健康系コラムなど書いています。
今までは「noteに書くならちゃんとした記事で、人の役に立つことを書こう」と思いなかなか書けずにいましたが、「スガさんのデビュー記念日だから何か書きたい。書くしかない」と思い筆をとった次第です。
noteさんはクリエイティブを応援してくれるところ。
これからは好