「アメリアの花」第9話

第八章 紗雪現る

僕はすぐさま一階に降りると、テラスを確認した。
僕が作った椅子は?
……あった。
アメリアの僕も、こっちの世界で僕と同じように椅子を作っていたんだ。目の前には、いびつな形の椅子が一つ、置かれていた。僕が作ったものではないけれど、アメリアの僕が作ったもの。
ふっと笑みがこぼれる。
あっちの僕も、椅子づくりに関してはあまり僕とは違いがなかったようだ。
試しに座ってみると、僕が作ったものと同じようにカタカタ揺れる。もちろん厳密には僕が作ったものではないけれど、ほぼ同じと言っていい。
アメリアの僕も同じ時間を過ごしていたことを知り、少し安心した。そして僕はまた自分の部屋へ駆け戻り、ノートを取り出した。

『タンポポの世界の僕へ』

 ノートを見ると、表紙に描いていたはずのタンポポの絵がないではないか。慌ててノートをめくる。違うページに絵を描いた可能性もあるからだ。しかし結局、一つも絵を見つけることはできなかった。
アメリアの僕は絵を描いてはいなかったのだ。僕が絵を見つけた代わりに、彼は他の何かを見つけたのだろうか……。
僕はもう一度、ゆっくりページをめくっていく。すると、僕が書いたのとは違うメモが見つかった。

(好きなこと、楽しめること)
お笑い
絵を描くこと

今日は、昔見ていたお笑いのDVDを引っ張り出してきて見た。
やっぱりお笑いは面白い。昔の夢を思い出したよ。小学校のころ描いたネタ帳も見つけた。小学生の割には面白いネタを作っていたと思う。

 お笑い?
僕はアメリアの世界で絵を描いていた。
あっちの僕は、お笑い?
僕と一緒の考え、言一緒の行動を取っていたのに、まったく違う選択をしているではないか。
ふと、さっき見た夢を思い出す。
アメリアの僕はこう言っていた。
「違う道を選んでいかなきゃならない」
 あの夢の通り、僕らはこれから違う道を選んでいくということなのだろうか。
 そうだ、僕が描きためた絵は……。ノート以外に僕が描き貯めた絵を探してみる。描いた絵をしまったはずの引き出しを覗いてみると、そこには紙に描いた絵ではなく、ノートが一冊入っていた。
ノートを取り出して中をパラパラめくってみる。すると、なんとそこにはお笑いのネタが書き出してあるではないか。他にも、小さいころ熱心に作っていたネタ帳も一緒に見つかった。こんなものも取ってあったのか……。
 確かに小さいころはお笑いが好きで、みんなに文句を言われながらもテレビを独占してお笑い番組を見ていた。ネタを作って披露したり、弟を巻き込んだり……。その当時のノートがあったということも驚きだが、もう一人の僕がお笑いのネタを考えていたことに一番驚かされた。
……あぁそうか、みっちゃんだ。みっちゃんという存在が、進む道に違いを出したのかもしれない。
僕の世界にはみっちゃんがいない。僕にはみっちゃんにお笑いを見てもらっていた過去がないからこそ、現在の選択に違いが生まれたのかもしれない。一人の人間との関りが、それだけその後の人生を変えていくキーになるのかもしれない。
 そうこうしているうちに、母さんとの約束の時間になった。母さんが僕を呼ぶ声が一階から聞こえてくる。そのことに僕はほっとした。こっちの世界でも同じ約束をしていたのだろう。
 僕は読みかけのノートを机にしまい、急いで下へと降りていった。
テラスに着くと母さんはもうすでに、庭に出て草むしりをしていた。僕は母さんに言われるまま、雑草が生えている場所で草むしりを始めた。作業をしながら母さんに質問をする。
「母さん、俺が小さい頃ってさ、どんな子供だったの」
「あらまた?」母さんは不思議そうな顔を僕に向ける。しかしすぐに目の前の草に向き直った。「うーん、そうねぇ……、達也はものすごくひょうきんで、父さんとかおじいちゃん、おばあちゃんたちをよく笑わせていたのよ。泣いてる子がいると、知らない子でも駆け寄っていって、面白いことを言ってなんとか笑わせようとしたりねぇ。とにかく人を笑わせることに一生懸命だったわね」母さんは手を止め、空を見つめて言った。
「へぇ、そうなんだ。他には? 俺さ、小さいころ、絵とかよく描いてたよね?」
「あぁ、そうねぇ、絵はよく描いてたわねぇ。……母さんと一緒に描いてたかな。浩太なんか全然だったけど、達也は母さんが絵を描いてたら横に座って、一緒に描いてたわね。浩太はもう、運動とか身体を動かす方だったから」
「ふぅん。そうなんだ……」僕はごくりと生唾を飲みこむ。「……あのさ、例えばさ、俺が絵を描きたいって言ったらどう思う? 学校とかでさ、絵を学んで……」
「絵を?」母さんは驚いた表情を僕に向けた。「……そんなこと考えてたの? もうてっきり、大学で勉強して……って言うのかと思ってたわ……絵、やりたいの?」
「いや、まだそんな決まったわけじゃないんだけどさ」僕は目の前で両手を振った。「俺の学校、進学校だから、周りはみんな進学するからさ。美術とか音楽とか、そういうので大学選ぶやつほとんどいないと思うんだ。……だから母さんは、俺が美術を選ぶとして、どう思うのかなと思って」
僕は再び生唾を飲みこむ。しかし、僕の心配をよそに母さんは真剣な表情になり、こう言ったのだ。
「周りがどうだとか、そんなのは関係ないから、自分がやりたいことをやりなさい。絵でも漫才でも、何でもいいのよ。何もやりたいことが見つからないで進学するよりは、何かあって、それを目指す方が断然いいわ」
 その言葉を聞いて、今度は僕が驚いた。てっきり、進学しなさいと言うかと思っていたからだ。
それにしても、母さんの言い方が、自分に言い聞かせるようにしていたのが気になった。
「……え、母さんは進路とかさ、どうだったの」僕はドキドキしながらも母さんに尋ねてみた。
「母さんはね、とってもいい子だったから」母さんはとってもいい子、を強調して言った。「……だから周りの意見をいっぱい聞いて、その人たちの言うとおりに生きてきたのよ。大学に行って、就職して。……でもね、本当は好きな絵を続けたかったのよ。最近になって思うもの……。だから最近、あんたたちが学校行ってるときに、絵を描いたりしてるの」母さんはそう言うと、照れくさそうに笑った。「……なんだか恥ずかしくて言わなかったけど。だからもし、達也が絵の道に進みたいっていうなら、母さんは達也の選んだ道を応援するよ」
 この言葉に、僕は考えてしまった。母さんも、僕と同じような過去を生きてきたと知ったからだ。
 もしかしたら、世界の大半の人は母さんのようにレールに乗って生きる道を選んでいるのかもしれない。そのことを知っている人もいるかもしれないが、知らない間にそのレールを歩いている人も多いんだろう。だって学校に行くと、必ず就職するというルートが当たり前に目の前に現れるからだ。
「母さん、ありがとう」僕は照れくささもありながらも、お礼を伝えた。「……母さんの絵、今度、見せて」
「……絵? そうねぇ。ちょっと、恥ずかしいけどね」そう言ってふふ、と笑うと、母さんは僕に植え替えの花を手渡した。
植え替えの作業が始まると、さっきとは一転、二人とも無言で作業し続けた。いつの間にか額には汗が滲んできている。椅子づくりも大変だったが、庭作業も思っている以上に大変な作業であった。
三十分くらいたっただろうか。用意していた花の植え替え作業がすべて終わった。母さんが立ち上がり、大きく伸びをする。
「ありがとね。達也のおかげでいつもより早く終わったわ。ほら、こんなにきれいになってきた。あんたたちがもっと小さいころは、庭いじりなんてやってる時間、ほとんどなかったからねぇ。母さんも余裕なかったし。……ずっと前からの夢だったのよ。きれいな庭にするのがね」
 母さんはそう言うと、満足そうに庭を見つめた。
「そうだったんだ。またいつでも手伝うよ。楽しかったしね」
僕が言うと、母さんは嬉しそうにほほ笑んだ。

 
片付けまで手伝って、僕は再び自分の部屋に戻ってきた。
ベッドに横になる。
母さんの話、今日初めて聞いた。母さんが絵を続けたかったということ。でもそれを選ばず、大学、そして就職をしたということ……。
こんなことがなかったら、僕もきっと同じ道を歩いて行くところだったんだろう。もちろん、その道がいけないというわけではない。でもきっと、自分が選びたいと思ったものを選んだ人生の方が、これからも納得して生きていける気がする。
 僕は何を選びたい? 自分に問いかける。
まだよくわからない。だが今は絵を描きたい。絵を描くのが楽しくて仕方ない。絵がうまくなりたい。それだけだ。
 ……また、うとうとし始める。こんなに眠くなるなんて……。横を向くと、ベッドの横に女がいるのが目の端に見えた気がした。
「紗雪!」僕は飛び起きた。
 その声に、紗雪は僕以上に驚いたようだ。彼女は一瞬固まった。そして、ふぅ、とため息をついた。
「あぁ……起きちゃったなぁ。……どうしよう」紗雪は戸惑いながらも笑っている。
「あははじゃねーよ。人の家に勝手に……」僕はそう文句を言ったが、僕が言いたかったのはそんなことじゃない。「違う! 俺にどうなってるのかちゃんと説明しろ! ……元の生活に戻りたいんだよ」
 最後は懇願になっていた。初めは紗雪をとっ捕まえてやるという勢いだったが、こちらから手を出せないのが分かった今、力でねじ伏せても無理だというのが何となく分かってしまったからだ。
紗雪もいつもと違って逃げ出すこともなく僕の前に突っ立っている。
「いいじゃない、まぁ遠回しに言えばここも私の家って言ってもいいくらいなんだから……」紗雪が両手を肩まで上げる。
「どういう意味だ。お前は一体何者なんだよ。……いつもいつも必要な時に勝手に消えやがって……。今度こそ逃がさないぞ」
僕は油断している彼女の腕を捕まえようと手を伸ばした。すると、彼女は後ろに身を引き、こう言った。
「大丈夫。もう逃げないから。今日はちゃんと話をしようと思ってここに来たの。だから安心してよね。あとさ、お前っていうのやめてくれる? 私にはちゃんと『紗雪』っていう名前があるんだから。達也くん」
「……ご、ごめん」とっさに謝ってしまう。
そう言ってしまってから、なんで僕が謝らなきゃいけないんだと腹が立つ。
「さぁ、どこから話そうかなぁ」紗雪は首を傾げる。「うーん、どこからがいい? 達也君がなんでこんなことになったのかってこと? それとも私は何者ってこと? うーん……」紗雪は首を傾げる。「……やっぱりそれは集まってからにしよう。どうせ話すんだし。……うん、二度手間になっちゃうし」紗雪は一人でぶつぶつと話している。
「全部、ちゃんと話してくれるんだろうな」僕は念を押した。
「もちろん、全部、包み隠さずまるっと教えますよ。そこは安心して。私のところに、もう一人の達也君も呼んできてるからさ」紗雪はニコッと笑う。「だからまたなんだけど……ちょっと私と一緒に来てくれない?」
「え? ど、どこへ……」
 最後まで言い終わらないうちに、紗雪は僕の手を引っ張った。
再び、僕の部屋の壁に大きな穴が現れる。
この間のように紗雪は何も言わず、僕の手を引っ張ってその穴の中に入っていく。
「ちゃんと説明してくれよ……」
 僕の質問に、紗雪は答えない。薄暗いトンネルの中を、紗雪に連れられて歩いて行く。初めに紗雪に会った時と同じだ。僕には何も見えないが、紗雪には見えているのか、それとも道を完全に覚えているのか、右に、左に歩いて行く。
「どこに連れてくのさ。また落ちたりしないよな? ちゃんと元の世界に戻してくれるんだろうな」
 不安になった僕は疑問を投げかけるが、紗雪はやっぱり返事をしてくれない。無言で前へ前へと進んでいくだけだった。
 紗雪に連れられて真っ暗な中を数分歩いて行くと、何もない場所で紗雪は立ち止まり、深呼吸をした。
僕は目を凝らして紗雪の目の前にあるものを見ようとした。すると初めは見えなかったが、だんだんとそこに、ドアがあるのが見えてきた。
紗雪はそのドアに手をかけ、ゆっくりと開ける。僕の手は握られたまま。
まぶしいほどの光が僕を包んだ。わず目を閉じる。
……数秒経ったが、まだ目が開けられない。
目を閉じたまま待っていると、紗雪の声が聞こえてきた。

第1話:https://note.com/yumi24/n/n93607059037a
第2話:https://note.com/yumi24/n/n3bd071b346dc
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