「アメリアの花」第11話

第十章 僕の世界へ ~新たな始まり~

扉を通り、見慣れた部屋へと帰ってきた。僕はすぐに振り返ったが、紗雪の笑顔を見たのを最後に、扉はスッと消えてしまった。
 僕は放心状態で、今まで起きていたことを頭の中で反芻していた。
……本当に現実に起こったことだったんだよな……?
ぐるりと部屋を見渡すと、間違いなく僕は、僕の部屋にいる。
……ハッとして、バッグから定期入れを出し、写真を確認する。
みっちゃんは写ってない。ここはタンポポの世界だ。間違ってはいない。
 僕は机に近づくと、引き出しにしまったノートを引っ張り出す。ノートにも、『タンポポの世界の僕へ』というタイトルが書かれている。
そうだ。忘れないうちに……。
アメリアの世界で僕はアメリアの花を描いた。アメリアの僕はお笑いに興味を持っていたから、僕の世界に来たアメリアの僕は、このノートにお笑いのネタを書いたのだ。今度はそのタンポポのノートに、僕がアメリアの世界で見てきたアメリアの絵を描こうと思った。忘れないうちに、色もちゃんと付けて。
 僕は机に座り、『タンポポの世界の僕へ』と書かれた文字の下に、アメリアの花を描き始めた。もう一度描いている絵だからすらすらと描ける。もちろん、本物があれば一番だけど、もうアメリアの世界に行くことはないのだから……。
 スラスラと描き進める。鉛筆で下書きを終え、前と同じように、押し入れから絵の具を引っ張り出して色を加えていった。
前回は一時間くらいかかって描いた絵が、三十分くらいで仕上がった。今週はあっちの世界でずっと絵を描き続けていたため、一番初めに描いたアメリアよりも、少しだけど上達している気がする。
アメリアの絵を描き終えた僕は、一気に集中が途切れてベッドに倒れこんだ。
「はぁ~疲れた。今日は身体も頭も使ったし、訳が分からないところに連れて行かれたからなぁ……」
 ん? 
僕は思わず起き上がった。お尻のあたりに違和感を感じたのだ。
そうだ。紗雪の世界で拾ったビー玉をポケットに入れておいたのだ。僕はそれをすっかり忘れていた。ドキドキしながら、お尻のポケットの中に手を突っ込んだ。
すると、小さなあのビー玉が出てきた。ピンク色をした、小さな玉。紗雪の世界ではピンク色に見えていたビー玉だったが、よく見てみると、ビー玉はピンク色をしてはいなかった。
確か、ピンクだったはずだけど……。
ビー玉をよくのぞき込んでみると、その玉はピンクだけじゃなく、実にいろんな色が現れた。ビー玉はピンクになったり、水色に光ってみたり、オレンジ、緑とさまざまな色に変化していくのだ。
一体、これは何なんだろう。
ただのビー玉ではない。ビー玉の中で色が変化している。とてもきれいだ。ずっと見ていても飽きない。きっと、進歩した世界の技術なのだろう。
僕の手の上で、その小さなビー玉はさまざまな色に変化していた。
 黙って持ってきてしまったのは悪かったとは思いつつも、でも、持ってきてよかったと思った。
これは僕があの世界に行ったという証拠。大切な思い出として取っておくんだ。僕はベッドから起き上がり、ビー玉を机の引き出しに大切にしまった。
 すると、下からガチャガチャと食器を並べる音が聞こえてくる。時計を見ると、そろそろ夕飯の時間だ。僕はすぐに自分の部屋を飛び出して台所に向かった。母さんの手伝いをしようと思ったのだ。
「あらあら、どうしたの」母さんが振り返って僕を見る。「え? ……最近どうしちゃったの? なんか、いいことあったの?」母さんが不思議そうに僕に質問する。
「ん? まぁね」僕ははぐらかすしかない。
 僕はしゃもじを手に取ると、母さんの横でお茶碗にご飯をよそう。そして、それをテーブルに並べていった。
父さんがリビングから顔を出す。
「達也、今日は疲れただろう。……椅子作るの、楽しかったか?」
「うん、楽しかったよ。また手伝わせてね」僕は笑顔で言った。
「おぉ、もちろん」
 いつもは無表情の父さんが笑顔を見せた。嬉しそうだ。僕も嬉しい。こうやって、母さんや父さんと一緒に楽しい時間を過ごすことができたということが。
こんなに幸せで楽しい毎日が、いつも僕のすぐ近くにあったのだと、今さらながらに気づいたのだ。これも、紗雪のおかげかもしれない。
「母さん、明日さ、イラストの本とか画材、買おうと思ってるんだ」僕は考えていたことを内心ドキドキしながら伝えた。
 すると母さんはニコッとほほ笑んだ。
「あらぁ、いいわねぇ。絵、やってみるのね」
「うん、まだ分からないけど、絵を描くのが楽しいなって思ってさ」
「いいじゃない。達也がやりたいことをやりなさい。ほら、私は諦めちゃったから。自分の子供には絶対、やりたいことをやってほしいって思ってたから」
 それを聞いていた父さんが、驚いた表情をした。
そうだ、父さんには伝えていなかったのだ。ここでこんな話をするなんて、と少し後悔した。
 しかし、父さんは少し考えたあと、こう言った。
「なんだ、絵描きか。大学で勉強するんだとばかり思ってたよ」
「俺もずっとそう思ってたんだけどさ……」思わず声が小さくなってしまう。
 父さんはよく勉強や大学という言葉を口にしていたから、怒られるんじゃないかと不安になった。
「……んまぁ、やれるだけやってみるといいんじゃないか? 父さんもな、小さいころは野球選手になりたいだの、宇宙飛行士になりたいだの、他にもパイロットとかな……いろいろ憧れたものだ」
「そうだったんだ。そんなの、知らなかったよ」
「ん。まぁ、な。どんな人でも夢は持っているものだ。途中で諦めてしまう人が多いけどな。……まぁ、父さんも、夢は夢のままで終わってしまったからなぁ。まだ若い達也がうらやましいよ」
 父さんの口から意外な言葉が出てきた。僕はてっきり怒られるものだと思っていたからだ。なんか、拍子抜けしてしまった。
「父さんは大学行けっていうのかと思ってた」
「そんなことはないさ。もし、何にもないなら大学に行くしかないと思ってたけどな。でも何か見つかったなら、それを目指せばいい」
 父さんも母さんも、僕のことを応援してくれている。本当はずっと、僕のことを認めてくれてないと思っていた。やりたいことをやっている、弟だけが認められているんだと思っていた。……でも、認められていないと思っていたのは僕だけだったようだ。
今日の数分間の会話で、ずっと抱えてきた父さんと母さんへの不満が、一気に吹っ飛んでいった気がした。
「ただいま」
 浩太が帰ってきた。今日はいつもよりも早めに練習が終わったようだ。
「お帰り!」みんなの声が重なった。
その声に、浩太がとても驚いた顔をして食卓に顔を出した。
浩太の驚く顔を見て、これでいいんだ、と思った。
 みんながいて、一緒にいる時間を大切にして。
普通だけど、それが僕の幸せで。
 それぞれの選ぶ道、進む道を応援できればいいと思う。
 僕はこれから、絵を描いていく。
どうなるかはもちろん分からない。
でも、それがきっと、今やるべきことなんだろうと思う。
自分の心が、それを求めているから。

第1話:https://note.com/yumi24/n/n93607059037a
第2話:https://note.com/yumi24/n/n3bd071b346dc
第3話:https://note.com/yumi24/n/n8a0cdcc0c80b
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