「アメリアの花」第2話

第二章 僕の世界……?
 
しばらく経つと、徐々に目が慣れていった。少しずつ目を開けて周りを見渡してみる。するとそこは、僕らが初めに穴に入った場所だった。行き止まりで塀があって、その上には緑が茂っている……。
「えっ? 一体どうなって……」
「着いたから。じゃあ、またね」
彼女はそう言うと、そのまま走り去ってしまった。彼女を追いかけて問い詰めることもできたのだけど、身体に力が入らない。あれだけ走って疲れたのもあるが、それ以上に訳の分からなさが僕を動けなくしていた。
夢なのか?
そんな疑問が湧き、自分の頬を抓ってみる。じんわりとした痛みを感じる。やはり夢ではないのだ。
 では一体なんなんだ? でも、それを考えても、答えは分からない。
ふと、時間が気になった。学校に遅れそうになっていたじゃないか。僕は急に焦りだした。慌ててスマホを取り出して見ると、なんと学校が始まる少し前の時間に戻っていた。
確か僕は、電車に乗っている時点から遅れていたから、九時近くに駅に着いたはずだった。そこからあの女に連れられて三十分くらいは経っていたはず。しかし、八時を少し過ぎたくらい……。これなら十分学校に間に合うではないか。
もしや時刻が戻ったんじゃなくて、次の日になっているとか? そう思ってスマホの表示を見てみたが、日にちも変わっておらず、始業式の日にちを示しているだけだった。
いや、もしかしたらスマホを持って走ったから、僕と一緒にスマホの時間もずれている可能性だってあるかもしれない。僕はそう思うと、目の前に見えたコンビニで、日にちを確かめることにした。
コンビニに入るとすぐに食品コーナーへと向かう。日にちを確認するものは……あった。おにぎりの日付を見てみる。すると、日付は二〇一九年四月九日。
今日だ。
……とすると、やっぱり時間が少し巻き戻っただけなんだ……。彼女のおかげで(?)学校には遅れずに済んだということなのかもしれない……。何が起こっているのか全く理解できないが、とにかくこの時間なら余裕で間に合う。とにかく、学校へ行かなきゃ。
僕はすぐにコンビニを出た。そして、自分の勘を頼りに学校の方へと歩いていく。あの女にあちこち連れまわされたため、知らない道を歩いていたのだ。だが、数分歩くと見慣れた道が出てきた。もしかしたら、同じ場所をくるくると回っていただけだったのかもしれない。
それにしても一体、何だったのだろう。時間が少し戻っただけで他は何も変わっていない。歩く人々も普通の人間だし、歩く道も普段とは何も変わっていない。あんなに走りまわされて。どれくらい経ったのだろう。おそらく、一時間くらいは経っていたんじゃないか。
それとも、今まで起こったことはすべて幻だったとか……。
考えても考えても答えが出ない。あり得ないことが起こっているのだから、僕に理解できるはずがないのだ。これ以上考えてもしょうがない。だから考えるのはやめる。僕はそういうことにした。きっと誰に言っても信じてもらえないし、言ったところで変人扱いされるのがオチだ。
十分ほど歩いていると、学校の大きな桜の木が見えてきた。学生がまばらに学校へと入っていく。ふと足元を見ると、きれいなスカイブルーの花が咲いていた。チューリップのように一枚一枚の花弁が大きく、スズランのように、花は下に垂れている。……こんな花、咲いてたっけ? そうは思ったがきっと僕が気づかなかっただけだろう。僕はふわっと沸いた疑問を自分の中へしまい、学校の方へと足を向けた。
学校の校門へと入っていく。靴箱につくと、同じクラスの加藤が上履きに履き替えていた。
「おはよう」
「おお、上神~おはよう。今日からまた始まっちゃうなぁ、学校。俺のこと、よろしく頼むよ」
「何言ってんだよオマエは。それにしても、加藤ってこんな時間に学校来てんだな。いつも俺より早いからさぁ」
 僕がそう言うと、加藤は驚いた表情をした。
「え? 何言ってんだよ。いつも俺は上神より遅いじゃん。逆に上神、今日はどうしちゃったんだよ。俺と同じくらいの時間に来ちゃってさぁ。三年になった今日から、俺と同じ時間に登校することにしたのか?」
「え? 加藤より早い? いつも俺より……」
何を言っているんだ加藤は。いつも僕よりも早く来ているのに……。そう言いかけたが、「……いや。なんでもない」と言うと、上履きを履き替えた。
「なんだよ上神く~ん、変なの」
 変な奴なのは加藤の方だ。僕が加藤より早く来てるって? いつも僕はぎりぎりの時間に学校へ来ているのに。加藤は何を言っているんだろう。冗談にしては、まじめな顔をしていたし……。もしかして誰かと勘違いしているとか……。
分からない。どうも理解ができないが、聞くのも面倒だ。僕はそう思って、加藤のことも気にしないことにした。
 教室に入ると、すでに数人が席に座って本を読んだり、友達同士で話をしていた。しかし、ここでもおかしなことが点があることに気づいた。二年から三年に上がる場合は持ち上がりだからクラス替えはないはず。それなのに、隣のクラスだったはずの三島君が、クラス内にいるのだ。
たまたま遊びに来ているだけかもしれない。……しかし、遊びに来ているにしてはおかしい。バッグを置いて、椅子に座っているのである。
僕はしばらく三島君を観察することにした。しかし結局、隣のクラスだったはずの三島君は、椅子から立ち上がると、教室にあるロッカーに荷物を入れ、机に教科書を入れ始めた。それはつまり、この教室に彼のロッカーもあるし、机も用意されているということ……。なぜだろう? 僕の知らないうちにクラス替えがあったとか? 僕の頭の中に再び疑問が湧き上がる。
僕はやっとここで立ち上がり、思い切って三島君に質問してみることにした。
「三島君って三組になったの?」
「……え? 何言ってんの。上神と同じ三組じゃん。しかも三島君なんて気持ち悪い。上神はいつも呼び捨てだろ」
 三島君は、僕の方が変なことを言っているような顔をしている。そんな表情をされてしまったら、僕は肯定するしかない。
「……あ、あぁそうだっけ。……そうだったよな。ごめんごめん」
 僕は両手を挙げ、慌てて席へ戻った。
三島君も冗談を言っているような表情ではなかった。
今日はおかしなことが多い。一体何が起こっているというのだ。
もしかして、僕の記憶がおかしくなってしまったとか……。
それとも壮大なドッキリを仕掛けられているとか。
……僕だけに? いや、そんなことをしても何にも面白くない。では誰かほかの人がターゲットだとか……。
そこまで考えて、一つの考えに行き当たる。
もしかして、あの女のせいなんじゃないか。あの女が、現実世界を変えてしまったんじゃないか。
 いろんな考えも浮かんだが、それしか納得できる答えが見つからないのだ。とにかく、今日一日を過ごしてみよう。それで何かが分かるかもしれない。
 自分の名前が書いてある席に座り、教室内のようすを眺める。
少しずつクラスの人口が増えていく。するとまた、違うクラスだったはずの人間が他にも一人入ってきたのが分かった。そして今度は、見たことのない生徒が一人、クラスに入ってきた。髪の長い女の子で、二つに結んでいる。
転校生だろうか……そう思ったのだが、彼女は今までも同じクラスだったかのように、周りのクラスメイトにおはようと声をかけている。
 おかしいのは間違いないようだった。
やはりあの女の仕業なのかもしれない。だが、そんなことが現実に起こりえるのだろうか……。
 そのまま朝のミーティング、始業式は進んでいき、帰りの時間になった。結局僕が見つけたおかしなところは、学校の中ではクラスメイトや先生が若干変わっているところくらいだった。
今日はおかしなことばかりで、頭がパンクしそうだ。早く帰らなくては。僕は急いでノートをしまい、席を立った。するとクラスにいた指原に、一緒に帰ろうと声をかけられた。だが指原も、元々は隣のクラスだったはず。
僕は申し訳ないが指原の誘いは適当に断って、一人で帰ることにした。それに、ほとんど話したことのない指原とうまく話せるかも、自信がなかった。
 電車に乗り、席に座ると今日一日のことが思い出される。今日は不可解なことが多すぎた。クラスの件といい、見たことのない生徒、先生もちらほら混じっていた。違うクラスだったはずの人間に気さくに話しかけられ、周りの友人に合わせてその人間の名前を呼んだ。初めは疑っていたドッキリの可能性も、ここまで来てしまえばないだろう。
友人たちには何とかおかしいと思われずに話を合わせることができたと思う。いつもと大体同じだ。たまに変な顔をされることもあったが、気のせいだと思ってもらえたはず……。
きっと、大丈夫だ。僕は言い聞かせた。きっとまた、普通に戻れるだろう。それに、もしこの現実がずっと続いたとしても、この生活にもいずれ慣れる。数日あれば、僕もクラスに溶け込んでいるはずだ。
しかし、一体何が起こってしまったんだろう。
不思議なことが起こっているのは、本当にあの女のせいなのだろうか。
あの女には、もう会うことができないのだろうか。
なぜ僕なのか。
なぜ手を振りほどかなかったのか。
また元に戻れるのだろうか……。
色々な疑問が湧いては消えていく。またしても考えても答えの出ない迷路にはまってしまった。きっといずれ分かるときがくるはずだ。そう自分に言い聞かせていたら、電車の中でいつの間にか寝てしまっていたようだ。
電車を降りて、速攻で家に帰った。そして押し入れに直行する。押し入れの中に入っている写真を見たかったからだ。
確かここら辺にあったはず……段ボールの中を一つ一つ漁っていく。
あった。
茶色の古びたアルバムが数冊、段ボールの中から出てきた。恐る恐るアルバムを開く。
父さんがいて、母さんがいる。弟も……大丈夫。変わっていない。
一枚一枚、ページをめくる。つい最近のころから中学生、小学生と見ていくが、特別、家族にはおかしなところは見られないようだ。
……ん? 
ある写真に違和感を持った。家の前に昔からある、大きな石の前で撮った写真で、僕が小学校へ上がるくらいの時の写真。父さんと母さん、そして僕と弟、じいちゃんとばあちゃんのほかに、もう一人おばあさんがいる。家族で撮った写真に、七十代くらいの見知らぬおばあさんが写っているのだ。家族写真に写るほどのこの人物を、僕は知らない。さらにページをめくっていくと、やはり小学生くらいの写真におばあさんが写っていることに気づいた。この人物については、あとで母さんに聞いてみないといけないな、と思う。
幼稚園や小学校の卒業アルバムもめくってみる。すると、今日の学校で起こったのと同じように、知らない子が数人写っているのが確認できた。担任だった先生が、違う先生になっていたり、クラスメイトのはずの子が、隣のクラスの写真に写っている。
僕が生きてきた世界と少しだけ違う世界を、この写真の僕は生きてきているのかもしれない。少しだけ違う人生を生きてきた僕……。一体ここはどこなんだろう。僕が今までいた世界は一体……。
そう思ったら再び頭が混乱してきてしまった。アルバムを見たまま、固まってしまった。どうすりゃいいんだ……。
ふと、そこへ母さんの声が聞こえてくる。
「達也―、ご飯食べなさーい」
 昼ご飯の時間になったのだ。とにかく、さっきのおばあさんについて聞いてみることにしよう。僕は重いアルバムを持って一階のリビングに向かう。リビングについてみると、母さんがテレビを見ながら僕が来るのを待っていた。
「母さん、このおばあちゃんってさ、どうしちゃったんだっけ」僕はアルバムを机の上に置いて指を指した。
「え? あぁ、みっちゃんでしょ。みっちゃんは達也が小学校一年生の時に亡くなっちゃったじゃない」
 母さんの表情を観察する。しかしおかしなことを言っているような表情はしていない。加藤や三島君、指原と同じように、当たり前、な顔をしているのだ。
 僕はそ知らぬふりをして二つ目の質問をする。
「へぇ。みっちゃん。そのみっちゃんって人さ、……誰だったっけ?」
「え、忘れちゃったの? そんなわけないわよねぇ。おじいちゃんたちと住んでたときに、一緒に住んでたんじゃない。達也だって小さいころはみっちゃんみっちゃんって、呼んで遊んでたじゃないの」母さんは困った顔をしている。しかしはっとした表情をして言った。「……あぁ、達也とどんな関係かって、そういうこと? なら、このみっちゃんは、達也のじいちゃんのお姉さんね。小さいころだから、そういうのもあんまり意識しないと分からないわよね。ちょっと障害がある人だったから、一人じゃ住めないっていうんで、達也のひいおばあちゃんが亡くなってからは一緒に住んでいたのよ」
 母さんはあり得ないような顔をしていたけど、質問の仕方が絶妙だったらしい。ぎりぎり、おかしいとは思われないですんだようだ。
「……あぁ、うん。そうだよね。みっちゃん。覚えてる覚えてる。そうかぁ、じいちゃんのお姉さんね」僕は忘れていたような感じでオーバーなリアクションを披露した。
 みっちゃん。僕の記憶の中には、この人物は存在しない。じいちゃん、ばあちゃんと住んでいたことはある。だけど僕が中学に上がると同時に僕たち家族だけで新しい家に引っ越したのだ。
僕のいた世界には、そのみっちゃんというおばあさんは存在したのかも分からない。存在すらしていなかったのか、それとももうすでに亡くなっていたとか……。じいちゃんの兄弟のことなんか、意識したことすらなかった。少しでも知っておけばよかった。そんなことを今になって、後悔する。
他にも何か、僕がいた世界と違いがあるかもしれない。母さんに怪しまれない程度に、聞いてみることにする。しかし一体何をどういう風に聞けばいいのだろう。カレーを無駄に混ぜながら考える。
「母さんさ、母さんの兄弟ってさ、由佳さんと三津枝さんで、父さんの兄弟は和夫さんだよね」
「何? 母さんと父さんの兄弟がどうしたって? 由佳と、三津枝姉さん。父さんも和夫さんで合ってるわよ」
「そっか。うん、そうだったよね」僕は少しだけどほっとした。「……あ、それより母さんさ、例えばだよ、朝起きたら別の人生になってたらどうする? うーん、まったく別ってわけじゃないんだけど、例えばみっちゃんが存在してなかったとかさ、学校のクラスメイトが別人だったりしてさ。全員ってわけじゃなくて数人だけ違うクラスの奴が混じってたり、知らない人がいたりさ」
そこまで話すと、母さんが不思議そうな表情をしているのに気づいた。それはそうだろう。普段あまり自分から話しかけることもほとんどないし、訳の分からない話をしているからだ。僕は慌てて「……いや、そういう話、小説で読んでさ。ある日突然、人生が変わっちゃうっていう話……」と言うと、母さんは納得したような表情になった。
「……あぁ、そうねぇ、そんなことあったらねぇ……。んー、例えば達也とか父さんが違う人とかだったら困っちゃうけど、友達くらいだったらいいかな。……ん、でも一番仲のいい子が突然変わっちゃったら大変ねぇ。え? その話って結局どうなるの? ……結末は?」
「え、あ、あぁ。まだ読んでる途中でさ。今は母さんが言ったみたいに、混乱してるところ。結末、ねぇ。どうなるんだろ」
 本当に、どうなってしまうんだろう。ハッピーエンドがいいけど。
「その話、面白かったら母さんにも読ませてね」
「うん、分かった。面白かったらね」
 あれこれと考えながら、カレーを口に運ぶ。母さんと父さんの兄弟は変わらないようだ。家族とか兄弟とか、近い人にはみっちゃん以外には違いがないのかもしれない。
僕の世界のじいちゃんにもみっちゃんというお姉さんが存在していたのかもしれない。ただ、一緒に住んではいなかった。僕のいた世界ではもっと前に亡くなっていたか、それとも誰かと一緒に住んでいたのか……。今この世界では確認できないけれど、きっとそういうことなのだろう。僕からちょっと遠いところに存在する人たちが、少しずつ違っている。
ふと、また別の疑問が湧き上がる。その人物たちは違っているだけで、どこかには存在しているのかということだ。例えば今日、クラスに見知らぬ人がいたけれど、その代わりにいなくなってしまった人物が、違う学校にいるのかということ。頭で考えるが、僕に分かるわけもない。
それに、それを確認できたところで僕にできることは何もない。それよりなにより、僕は元の世界に戻りたい。……元いた僕の人生に、戻ることはできるのか。そのほうが大事なのだ。あの女は一体、どこへ行ってしまったのだろう……。
 テレビでは母さんが好きで見ているお昼の番組がやっている。隣で見ていたが、番組におかしなところは見当たらなさそうだ。知らない人物が出てはいるが、それは元の世界でも変わらない。僕はそれほどまでにテレビの人物に興味がないからだ。
CMが流れている。特に違和感はない。
視線が別のところに移る。何か他に、違いはあるのだろうか……。部屋の中を見渡してみるが、特に変わっているようには見えなかった。
 そうだ。自分の部屋に行ってみよう。違う世界の僕の部屋。何かヒントが見つかるかもしれない。残りのカレーを口にかきこむと、急いで二階の自分の部屋へと向かった。
 部屋に入り、自分の部屋を百八十度見渡してみる。……僕のいた部屋とほぼ変わりがないように見える。青いカバーの布団と、小学校のころから使っている低反発の枕。机も……変わりは感じられない。
 僕が使っている机。そして机の上に乱雑に置いてあるペン。どれもこれも、僕が持っているものと変わりがない。机の中を漁ってみる。自分机なのに、自分の机じゃないような……。どこか罪悪感を感じてしまう。
一番上の引き出しを開ける。学校でもらった、いらなくなったプリントが入っている。
二段目の引き出し。ここには今読んでいる漫画が入っていたはず……。同じだ。ここも、変わらない。
一番下の大きい引き出しを開けてみる。すると、もう使わなくなった教科書や漫画が入っているのも変わらなかった。
三段とも、僕の世界と同じ使い方をしているようだ。
最後に、机の上にある一番小さい引き出しを開けてみる。ここには小物あったはず。……小さいころ集めていたミニチュアの飛行機や車の模型が入っていた。これも、変わらない。同じものが入っている。
模型を取り出してよく見てみると、飛行機の上についていたひっかき傷が見つかった。これも同じ……。出会う人は少し違っているのに、僕の部屋の物の置き場所などは変わらない。変わっているところ変わっていないところの、その微妙な差は何なのだろう。
いや、それとも僕の記憶が書き換えられたとか? ……おかしなことを考えているのは分かるが、今僕にはあり得ないことが起こっているのだ。あらゆる可能性が考えられるのだ。しかし、考えれば考えるほど、迷路にはまっていく。永遠に、答えが出てくる気がしない。
せめて、あの女に会うことができれば何か分かるかもしれない。そんな予感があるだけだ。
 他にも本棚や押し入れの中も探ってみたが、持っている漫画や本も、エロ本を隠している場所も一緒であった。僕の部屋に関しては何も変わらない。もし世界が入れ替えられていたとしたら、もう一人の僕がここで生活していたということ。つまりここまで一緒なのであれば、ここにいた僕も恐らく同じような性格で、今の僕と考え方も一緒なのだろう。そこは少し安心した。この世界に生きている人たちに、おかしいと思われないですむからだ。
 もしかしたら、この世界で一生過ごしていく可能性だってあるのかもしれない。その場合、困ることはあるのか……。恐らくみっちゃんという人の話をするときと、あとは学校で違うクラスの人間と話すとき、そして出会ったことのない人物と関わるときくらいだろう。
みっちゃんについてはもう仕方がない。話に加わらないようにするしかない。まぁ、昔のことなのであまり話題には上らないだろうが。
クラスにいる知らないクラスメイト達も、周りをよく観察していればきっと合わせられるはず。少し変だと思われることもあるかもしれないが、まぁ大丈夫であろう。適当に話を合わせれば何とか切り抜けられるはずだ。
次に僕は自分の部屋を出ると、玄関に向かった。家の周りを探ってみるためだ。家の隣には田代さん、三村さんが住んでいる。表札を確かめたが、それも変わらないようだ。
遠くから家の外観を見る。しかしそれも違いがないように思えた。
家の周辺を歩いてみる。小さいころ通っていた公園も、遊具に違いはない。近所の知っている人の家もくまなく表札を調べてみたが、これも違いがないようだった。あと、考えられるところは……と視線を映した時だった。
ピンクのスニーカーを履いた女性がこっちを見ているのが見えた。
 あの女だ!
 そう思った瞬間、その女は僕とは反対方向に走っていった。僕もすぐに後を追う。
「ちょっと待て!」
 声をかけたが、角を曲がってしまい、すぐに見えなくなってしまった。
その方向に向けて、全速力で走っていく。僕の方が足は速い。追いつけるはずだ。女が曲がった角を曲がると、脇道がなく直線が続く。そこで絶対に捕まえてみせる。そう決断して角を曲がった瞬間、ピンクのスニーカーが真っ暗な穴の中に消えていくのが見えた。
そしてその穴は、すぐに消えてしまった……。
急いでその穴があった場所へ走る。穴があった場所には、家の塀があるだけで何もなくなっている。塀を触ってみても、そこには硬い石の塀があるだけだ。何の手がかりも見つけることができなかった。
ちくしょう。僕はそこにある石を思いっきり蹴った。蹴った石は思ったより土にめり込んでいて、僕は足を痛めただけだった。
ため息。
……でも。考えてみればさっきあの女が穴の中に入って行ったことを見たことで、僕が体験したことが幻ではなかったことが分かった。あの女は存在するということ。異次元に繋がる穴を通って、世界を行き来することができるのかもしれない。
 やはり記憶を変えられてしまったのではなく、少しだけ違う世界に連れられてきたのかもしれない。少しだけ違う世界に連れてきて、その後のようすを観察するということなのだろうか。そうだとしたら、あの女が僕を見ていたということも納得がいく気がする。それなら、きっとこれからも僕のことを観察し続けるに違いない。少しだけだけど、希望が見えてきたような気がした。
 僕は家の方に足を向けると、そのまま家へと歩いて行った。
しかし、どうやって捕まえたらいいのだろう。あっちが油断しているすきに捕まえられたらいいのだが、あの女がいつ現れるか、どこで見ているのかすら分からない。そして、僕が女を見つけたことが分かると、今日みたいにすぐに消えてしまうだろう。僕にできることは常に周りを観察して、あの女を見つけ出すしかない。見つけたらとにかく、全速力で走る!
……誰でも思いつきそうな考えだ。観察しているのはあっちなのだから、隙のある瞬間なんて訪れるわけないじゃないか。急に弱気になる。……でもしょうがない。今はそれくらいしか思いつかない。
とにかく今は家に帰って一休みしたい。今日一日、あり得ないことが起こりすぎているのと全速力で走ったので精神的にも肉体的にも疲れを感じていた。家について玄関のドアを開けると、すぐに二階に上がり、ベッドに横になった。

第1話:https://note.com/yumi24/n/n93607059037a
第3話:https://note.com/yumi24/n/n8a0cdcc0c80b
第4話:https://note.com/yumi24/n/nc8ac115f964a
第5話:https://note.com/yumi24/n/na76adb055d59
第6話:https://note.com/yumi24/n/n6560a9cf543d
第7話:https://note.com/yumi24/n/ne0acc397b084
第8話:https://note.com/yumi24/n/n6c8aa5ee47f2
第9話:https://note.com/yumi24/n/n6c8aa5ee47f2
第10話:https://note.com/yumi24/n/n9d21c65b01ac
第11話:https://note.com/yumi24/n/n884c542a75fd
第12話:https://note.com/yumi24/n/n43e05c9161bd

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