「アメリアの花」第1話

高校三年生になった上神達也。学校へ行く途中に突然、女性が現れ、達也の手を引っ張って強引に連れ出した。彼女が走って連れまわした先には真っ暗な穴が存在しており、その穴に入っていく。しかし、出た先は入った時と同じ穴の前であった。彼女は「着いたから」と一言伝えると走り去ってしまった。そこから、何気ない日常に違和感を持つようになる。クラスメイトの数人が違っていたり、見たことのない青い花を見たり、見知らぬおばあさんが写真に写っていたり……。一体、何が起こってしまったのか。彼はその謎を探るべく、彼女を探すのと同時に日々の些細なことに気を配り始める。何気ない日常に変化が現れ、達也は導かれる道に進んでいく。

第一章 突然の出来事

僕の名前は上神達也、十七歳。今日は始業式で、ついに高校生最後の年を迎えた。
今日もいつもの電車に乗って、数週間ぶりに学校へ向かっている途中だ。
 僕が乗る電車内には同じ学校の制服を着ている学生や、スーツを着たおじさん、化粧をしているOLや私立に通う子供など、実にさまざまな人たちが乗り合わせている。
電車に乗っている誰も彼もがつまらなそうな顔をしているのはいつもと同じ。きっとみんな、特別面白いことがない毎日を過ごしているんだろう。
……僕と同じように。
 面白いってなんだ。
 楽しいってなんだ。
友達との会話だって、たかが知れている。最近のテレビはくだらないし、みんなと同じ動画も見る気にならない。友達は楽しそうに見たテレビや動画の話をしているが、僕は正直全く興味がない。実際、あまり見ていない僕だって話を合わせられるし、友達も気づかないということは僕の話なんて誰も聞いてはいないということ。
他人に興味なんてないんだ。みんないつだって心、ここにあらず。時間は刻々と過ぎていっているのに、誰一人としてそれに気づこうとはしない。一瞬一瞬は、今、この瞬間しか存在していないのに。そんなことを考える。
ため息。
毎日がつまらないから、こんなことを考えてしまうんだよな。……と思った瞬間、電車がガクッと急停車した。
僕は危うく目の前の女性の頭に突っ込んでいきそうになった。みんなが周りを見回している。何かあったのだろうか。僕は黙って車内放送を待った。
「突然の危険信号があったため、急停車いたしました。このまましばらくお待ちください」
 危険信号……いったい何があったというのだ。みんなが不安げな顔をしている。
しかし困った。これでは学校に遅れてしまう。電車が理由であれば特に問題はないが、それを説明すること自体が面倒だ。
十分、二十分、三十分……全く動かない。車内放送も、少々お待ちくださいと言ったっきりだ。四十分……四十一分……
「大変お待たせいたしました。運転を再開します」
 結局急停車の原因が分からないまま、電車は運転を再開した。
ふーっとため息が漏れる。
学校ではそろそろ体育館への移動が始まるころだろうか。始業式の途中に、みんなが並んでいる中を入っていくのは少し気が引ける。だがここに乗っている生徒も数人はいるだろう。それを考えると、少しだけ安心できた。ここには僕と同じ高校の生徒が、何人いるんだろう。僕はいつもぎりぎりに学校に着く電車に乗っているから、きっと生徒がいても、本当に数人だと思う。
 電車は今まで止まっていたのが嘘のように、順調に走っている。そろそろ駅に着くころだ。
 ふと視線を上げると、斜め前にいた女性と目が合った。彼女はなぜか、僕をじーっと見ている。僕はいたたまれない気持ちになって、目をそらした。しかしそれでも彼女は、こちらを見続けているようだ。
全く、何なんだ。見ないでくれ。……そう思ったところで彼女にそれが伝わるわけがなく、相変わらず彼女に見つめられながら、学校のある駅に到着した。僕は彼女の目を振り切るように電車を降りると、改札口へと向かった。
 改札口を通り、駅の外へ出る。見つめられた女性のこともあり、なんだかとても解放された気分だった。
 しかしその時突然、後ろから声がした。
「あの、私と一緒に、来てくれる?」
 声のした方を振り返ってみると、先ほど僕を見つめていた女性がそこに立っているではないか。僕は正直ドキッとしたが、それを表情には出さないように、平然を装って言った。
「えっと、どなたでしたっけ……」
「私は……うん、まだいい。とにかく、来て」
 彼女はそう言うと、強引に僕の手を引っ張って走り出した。頭の中は?マークでいっぱいになっている。
 はて、どうしたものか。
この手を振り切って、僕は学校へ向かわなければいけない。
そうは思うものの、学校に行かなくてよくなるかも、というわずかながらの期待が、彼女の手を振り切る気力を失わせた。
よし、このままついて行ってやろう。学校は何とかなるはずだ。自分からいなくなったのではなく、連れ去られたのだ。これは事故。僕はそう判断し、彼女の手に引かれて右へ、左へとあちこち連れまわされることになった。
しかしもちろん、連れ去られているだけの僕ではない。頭に沸くたくさんの疑問たちを、僕は彼女にぶつけた。
「あのう、どこへ行くんですか」
「僕、学校あるんですよね」
「あなた、誰なんですか」
 思いつくことをたくさん彼女に尋ねたが、彼女の耳にはそれが届いていないのだろうか、彼女は僕の方を見ることもなく、たくさんの人がある道を走り続けている。そのうち質問を発することすら疲れてきたため、僕は無言になってしまった。
十分、二十分……なおも走り続ける。
僕はもちろん、彼女を振り切ることもできたのだが、なぜだろう、不思議とそんな気も起きなかった。そのまま強引に連れられ、どれくらい経ったのだろうか。突然、彼女が止まった。
「ここよ。ついてきて」彼女は僕を振り返って言った。
 息切れしている僕に対し、彼女は表情一つ変えない。
 彼女に連れてこられた先は、何の変哲もない場所だった。目の前に塀があって、その上には緑が茂っている。完全に行き止まりだ。
この先に、ついていく場所なんてないじゃないか……。そう言おうとした瞬間、彼女の目の前に大きな黒い穴が現れた。穴と言ったらいいのだろうか、暗い空間と言ったらいいのだろうか。目の前の塀に、突如穴が出現したのだ。
「さ、入って」
彼女の表情はあくまでも真面目だ。しかし、突然現れた穴といい、現実にはあり得ない状況だ。この現実を受け止める用意が、僕にはできていなかった。
「え、いや、ちょっと待っ……」
僕の抵抗もむなしく、彼女は強引に僕を引っ張り、再び引っ張られるまま穴の中に入ってしまった。
穴の中は薄暗い。何も見えない。手を引く彼女が少し前に見えるだけだった。
「どこに向かってるんですか?」
「ここ、どこなんですか?」
 再び質問を投げかけたが、彼女はやっぱり何も答えてくれない。
もちろん、彼女の手を振りほどいて逃げることもできた。でも、やっぱりそんな気持ちが起こらないのだ。
もしかしたら、この女性に操作されてたりして……。そんな考えがよぎったが、すぐ打ち消した。何か面白いことが待っているかもしれないじゃないか。僕は良いほうに考えようとした。
世界を救うとか。
宇宙に行くとか
正義のヒーロー上神達也、参上!
……なんてな。そんなわけないけど。
あれこれと頭の中で思考が繰り広げられた。彼女に話しかけても答えは返ってこないため、もう諦めた。きっと目的地についたら教えてくれるのだろう。それまではこのまま、彼女についていくしかない。妄想でもしながら……。
暗闇の中を、ぐんぐんと進んでいく。まだ何も見えてこない。少し不安になってきてしまった。
学校、大丈夫かな。学校はつまらないけど、でも苦しいわけじゃない。辛いわけじゃない。だから今まで通り普通の毎日を過ごせればいい。
父さんと母さん、弟は大丈夫だろうか。せめて何かメモを残しておけば良かった……。
そもそも、今日は無事、帰って来られるのか。
……っていうか、少しぐらい教えてくれたっていいじゃないか。
不安の次はいらだちに変わった。今度は目の前の女性に、無性に腹が立ってきた。
「あの、行先ぐらい教えてくれてもいいと思うんですけど」僕は文句を言った。
 しかしやっぱり彼女は何も答えてくれない。
一体何を考えているんだろう。それに、この女性は何者なんだろうか。ろくに顔も見ていない。電車で見たときはかわいらしい顔をしていたような気がするが、一度目が合ってからずっとそらしていたため、顔を確認することができなかったのだ。そこから話しかけられたかと思ったら連れられて……後ろ姿しか見ていない。髪は栗色。肩の下まで伸びていて、下の方がくりんとカールしている。服装はデニムジャケットに黒の短いスカート、そして真っピンクのスニーカー。年はいくつぐらいだろうか。パッと見た印象だと二十代前半くらいだろうか。僕よりも年上だと思う。
 あれこれと想像していると、再び突然彼女の足が止まった。
「ここよ」
 そう示された場所には……、やっぱり何もなかった。
「何もないじゃないか。何がここよ、だよ」イライラと言葉を返す。
「いいから。私と一緒にジャンプして」
「へっ……」
 無茶苦茶なことを言う、と思っていると、あっという間に、上空へと飛ばされた。風に乗って飛ばされているような感覚で、ひたすら上へ上へと飛ばされていく。中は暗いままだ。
「ワープしてるのよ」
「えっ?」
 彼女が返事をしてくれた。しかし、あまりにも突飛な会話の内容についていけない。僕が想像した通り、現実世界ではない場所にいるようだった。こんなことが、現実に起こるのだろうか。
「あの、ちゃんと家に帰してくれるんですよね。学校、休みになっちゃうんですけど」
 返事をしてくれたからと再び質問を投げかけてみたが、彼女はまたもや答えてくれなかった。僕が知りたいことは何一つ教えてくれない。
もう、彼女の手を振り切って逃げることもできない。彼女の手を放してしまったら、どこに落ちるか分からないからだ。
 いつの間にかスピードが上がっている。
一体どこに行くのだろう。
上へ上へ、ひたすらに上がっていく。まだ着かないのかな、そう思ったとき、身体がふわっと浮いてそこに止まった。そして目の前に、大きな茶色の扉が出現した。彼女はその扉を開ける。
 まぶしい光が僕らを包み込んだ。強い光のせいで目が痛い。何も見えない。

第2話:https://note.com/yumi24/n/n3bd071b346dc
第3話:https://note.com/yumi24/n/n8a0cdcc0c80b
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