「アメリアの花」第5話

第四章 いつもの日常

 あの時の決意は、五日を過ぎるころには消えてしまった。あの女は現れないし、タンポポはタンポポのままで変わることもなかったからだ。
もう自分の世界に戻れたし、もうあの女も現れないだろう。自分の中でそう結論付けたのだ。
 さらに十日が過ぎるころには、あの時のこともあまり思い出さなくなっていた。いつもの日常が戻ってきたのだ。
今日も学校に行くために電車に乗った。電車を降りて学校に行き、数分ではあるが先生が来るまで机に突っ伏す。
「おーい、上神~」加藤の声が聞こえる。
「あぁ」
 僕は突っ伏したまま答えた。それにしても眠い。加藤の言葉に適当に相槌を打っていると、加藤はついに諦めたようだ。僕はほっとして再び寝に入る。昨日もゲームで夜遅く寝てしまったため、この時間の眠気がピークなのである。
 ちょうどその時、チャイムの音が鳴った。
 僕は大きなあくびをして起き上がる。すると先生が入って来た。
「さぁ、朝の会だぞ」
 朝の会が始まる。しかし、先生の声がお経のように聞こえてくる。
 僕はいつものように、自分に寝ちゃだめだ、と言い聞かせながら過ごす。そして無事寝ずに朝の会を終えることができた。
 休み時間、トイレに行くため席を立つ。トイレに行くと、隣のクラスの三島君が隣に立った。
「おはよう」三島君が声をかけた。
「あぁ、おはよう」我ながら眠そうな声だな、と思う。
そういえばあの時、三島君が同じクラスになっていたっけ。そんなことをふと、思い出す。
「はは、いつも眠そうだなぁ」三島君が笑っている。
「うん。そりゃぁね。朝は特にさ、眠くない?」
「眠い時はあるけど、たまにだなぁ」三島君は笑っている。
「そっか」
 僕は三島君を置いてトイレを出た。もう一度、伸びをする。そのまま歩いて教室に入り、自分の席に座った。
 チャイムが鳴り、先生が入ってくる。一時間目は英語だ。
「さ、始めるぞぉ」
 英語の小暮は教科書をめくり、例文を読み始める。
 先生の声が心地よく、再び眠りの世界へいざなわれていく。そして、いつものようにうとうとしかけた時だった。
「さぁ、この例文の意味を……上神、答えてみろ」
先生の声にびくっとする。
「……は、はい」
 ゆっくりと立ち上がり、とっさに隣の人の教科書のページを盗み見て確認する。急いでページをめくり、一番上にあった例文を見た。
 しかし分からない。答えられないのである。
「えぇと……」頭の中は真っ白。
「分からないのかぁ」小暮がじろりとこちらを見る。
「すいません……」
「仕方ない、じゃあそうだな……鵜飼、答えてみろ」
 その言葉を聞いてほっとした。ゆっくりと椅子に座る。しかし、まだ心臓がドキドキしている。答えられなかったけれど、返事はできた。本気で寝てしまう前で良かった。
 いつも英語の小暮は生徒を指すことがほとんどなく、教科書を読むか黒板を書いて授業を進めていた。だからいつも寝ていたのに……。
しかし最近たまに、立て続けに生徒を当てる日があるのだ。もしかしたら他の先生か親にでも授業の進め方について変えるように言われたのかもしれない。でも、言われたのであれば毎回の授業でそうすればいいと思うのだが、忘れたころにこうして当ててくるのが厄介だ。
 授業中は生徒を当てたほうが僕みたいな生徒も起きているしかないし、刺激があっていいのかもしれない。でも、それは僕にとっての迷惑だ。
 そんな授業も時間が来れば終わるものである。ソワソワはしたものの、結局その後は当てられることもなく授業を終えることができた。チャイムの授業を聞いたときは、大きなため息が出たほど。
 そしてその後の授業も特に問題なく過ごし、一日分の授業が終わった。僕はカバンに教科書を入れると、席を立ち教室を後にした。通学路を歩き、駅に着く。いつものように電車に揺られ、一人家に帰ってきた。
「ただいま」
「おかえりぃ」
 母さんの声は庭からである。庭仕事でもやっているのだろう。
 僕はそのまま二階に上がった。ベッドに寝転がり、漫画を取り出す。
「ははっ」
 大好きな漫画を読んでいると、いつの間にか夕方になってしまう。
「夕飯の時間よ~」
 この言葉を聞いてから僕はベッドから起き上がり、机に向かう。ここから宿題をするのである。
「達也~」
 母さんの二回目の呼び出し。それも気にせず、宿題を進める。
「達也、聞こえてるの?」三回目の呼び出し。
「宿題やってんだ」
 僕は大声で答える。すると母さんの声が聞こえなくなる。宿題を終えてから下に行くのでも、十分間に合うのだ。
 タンタン、母さんが階段を上がってくる音が聞こえる。
「達也、まだぁ?」母さんが顔を出した。
「え、ごめん、まだ終わってなくて……」
 僕はそう答えたものの、急に申し訳なくなってしまった。
「分かった、行くよ」
仕方なく、宿題はそのままにして、今日は先に夕飯を食べることにした。
 一階に降りるとすでに浩太が座っていた。今日は早終わりなのかもしれない。僕も席に座る。
「はい」
 目の前にご飯が置かれた。
「部屋で宿題してたの?」母さんが尋ねる。
「うん。そうだけど」僕は答える。
「そっか」
 そこで会話は終わった。こんな質問をするなんて、何か言いたいことでもあるのだろうか。そう疑問に思ったものの、確認するまでもない。僕はそのままスルーして、食事を続けた。
 母さんと浩太が部活の話をしている。僕はいつもその話に入っていけない。否、入るのが面倒だから入らないようにしている。
昔はよくみんなで話していたが、いつのころからか話をすること自体が面倒になってしまった。適当に返事をしていくうちに、母さんも浩太も、わざわざ僕に話しかけることがほぼなくなってしまったのだ。
食事を終える。「ごちそうさま」と言って、そのまま二階に上がる。
机の上に宿題が広がっているのを見て、ズーンと気分が沈んでしまった。いつもならすぐに漫画を読むはずだけど今日は、仕方ない。問題集を開いて宿題を再開した。
ふと窓に視線を移すと、すでに外は暗くなっている。僕は適当に宿題を済ませてしまうと、やっとこさベッドに横になり、漫画を読み始めた。しかし、横になっているうちに瞼が重くなっていく……。

 ふと、目の前に見覚えのある女が立っていることに気づく。
「久しぶり」
「なんだよ、もう、出てくんな!」僕はそう叫んでいた。
 せっかく元の世界に戻れて、コイツの存在を忘れていたというのに……。
「そんな言い方ないでしょう! 君はまだ何にも分かってないんだからね!」女もなぜか怒っている。
「なんだよ。何が分かってないっていうんだよ!」
「何が分かってないかって? この間せっかく分かるようにしてあげたのに!」
「分かるようにしてあげた?」
 僕の問いに女は答えない。女は僕を見てじっと睨んでいるだけだった。

 と、ここで目が覚めた。漫画を読んでいるうちに寝てしまったらしい。少し頭痛がする。
「あいたたた」
 頭を押さえながら、僕はベッドから起き上がった。時計を見ると八時を過ぎている。あの女の夢を見たせいで、せっかく忘れていたあの出来事を思い出してしまった。机の引き出しに目が行く。あそこにアメリアの世界のことについて書いたコピー用紙が入っているのだ。
 もう思い出したくない。あんな世界に行ってたまるか。今度あの女を見かけても、絶対について行くもんか。
 僕は机の引き出しから目を背けると、部屋を後にした。

 次の日になった。いつもの時間に起き、一階に降りる。
 食卓に座るともうすでに全員がご飯を食べてしまったようで、僕一人分の食事が机の上に残っているだけだった。
 またか、と思う。
「先食べちゃったわよ」母さんが僕に声をかける。
「あぁ」
 僕はあくびと一緒に返事をすると、ご飯に手を付けた。すると案の定、いつもなら温かいはずの食事が冷たくなっている。
 こういうことがここ数日続いている気がする。一体なんなのだろう。小さな怒りがわくものの、母さんに言ったとしても、電子レンジで温めればいいでしょう、と言われるのがおちだ。そこまでして言うことでもない。
 僕はそう判断して、仕方なく今日も冷たいご飯を口に運ぶ。
 そしてご飯を食べ終え着替えを済ませると、家を出た。母さんは出がけに何か文句を言っていたけど、聞きたくない僕は適当に返事をして出てきてしまった。
 まったく、なんだって言うんだ。ちょっとイラっとしたものの、歩いているうちにそんなことは忘れてしまう。電車に揺られ、駅に着く。
 下を向いて歩く。毎日がつまらない。何か面白いことはないだろうか。
 そんなことを考えながら歩いていく。
 はぁ。
 ため息が出る。毎日のつまらなさに、飽き飽きしているのだ。
 学校の校門を通り抜ける。靴箱から上履きを取り出し、上履きに履き替える。
「おはよう」
 クラスメイトの佐々木に声をかけられた。
「おはよ」
 僕は返事をすると、そのまま歩いて教室に向かう。少し後ろを佐々木が付いてくる。
 教室に入り、自分の席に直行。そしていつものように寝に入る。
 チャイムが鳴り、先生が入ってくる。一応顔を上げ、聞いているふりをする。朝の会は無事終わり、一時間目が始まった。
 一時間目も二時間目も、寝られない授業だったので、何とかして起きていた。そして、三時間目の授業が始まった。三時間目は英語。英語は寝る授業だと決めている。しかし昨日のこともある。今日も当てられるかもしれない。僕は仕方なく、ようすを見るために起きていることにした。
「さぁ、じゃあさっそく例文を読んでもらおう」
 来た。今日は寝れないじゃないか、とため息が出る。僕は仕方なく教科書のページをめくっておくことにした。
 ふわぁ、あくびが出る。一時間目も二時間目も、寝られなかったのだから仕方ない。
「三島、答えてみろ」
 その言葉に反応する。
 三島?
 僕は返事の聞こえた方を振り返った。すると、隣のクラスにいるはずの三島君がいるではないか。
 バッ。
 とっさに立ち上がってしまった。
「どうした上神~、お前が答えるのかぁ」
 小暮の声に、教室からクスクスという笑い声が聞こえてくる。
「すいません、いえ、何でもないです」
 僕は小さな声で謝り、静かに座った。
 教室に三島君がいるではないか。
 僕は三島君が答えている間に、教室の中を見回してみた。
 すると、クラスにはいないはずの指原も教室にいる。
 もしかしてまた……。
 僕の顔は真っ青になっていたと思う。いてもたってもいられない。今すぐ教室を出て、タンポポの花を確かめに行きたかったが、それができないのが歯がゆい。
 何とか一時間英語の授業を耐え、チャイムの音が鳴ったと同時に教室を飛び出した。階段を駆け下り、靴箱で靴に履き替え外に出る。
校門から外に出るまでもなかった。学校の道路を挟んで向かい側の道沿いに、青い花が咲いているのが見えた。
「嘘だろ……」僕はそこに、茫然と立ち尽くしていた。
 しかし、ちゃんと確認するまでは分からない。僕は校門を出て行き、歩道を振り返った。するとそこにアメリアの花はすぐに見つかった。
 青いアメリアの花を一輪抜き取る。
 僕はそれを思いっきり地面にたたきつけた。顔を上げ、左右を確認する。どこかであいつが笑っているような気がしたからだ。しかし歩いているのは犬の散歩をするおばあさんのみだった。
チャイムの音が鳴る。
 僕は慌てて教室に戻っていく。完全に遅刻である。息切れしつつも教室まで全速力で走り、先生の声が聞こえてくる教室のドアをゆっくりと開けた。
 ぎろりとこちらを見るたくさんの目。
「すいません……」
「早く座れっ」
 みんなに見られながら席に着いたところで授業が始まった。しかし、僕の頭の中は授業どころではなかった。
 あの女のことや、アメリアの花のことが頭に巡る。
 また、違う世界に来てしまった……。
 戻ることはできるだろうか?再び前回と同じ不安が襲ってくる。
「どうした、上神。顔色が悪いぞ」
 先生がこちらを見ている。
 どうしよう、と思ったものの、ちょうどいい。具合が悪いことにしてしまおう。
「は、はぁ……。ちょっと気分が……」僕は頭を押さえながら言った。
「そうか。……そうだな、保健室行くか?」
「は、はい……。い、いいですか?」
 僕の問いに、先生はうなずいた。
 僕は席を立ちあがり、再び全員の視線を受けながら教室を出る。そのまま保健室へと向かった。
 助かった。これで、少しは楽になる。
 一階の保健室の扉をたたくと、中から先生が出てきてくれた。
「あら、えっと……」
「三年の上神です」
「あぁ、上神君。どうしたの?」
 保健の先生はそう言いながら僕を保健室の中に入れてくれた。
「ちょっと気分が悪いので休ませてもらっていいですか?」
「えぇ、もちろん。……熱は?」
 僕は頭を押さえる。嘘をついているので、熱がないことは分かっている。
「いや、熱はないと思います。ただ、ちょっと……気持ち悪くて」僕は気持ち悪そうな表情を作る。
「そう……。じゃあ、ベッドに寝ていなさい。そうね、一応、熱も測っておいてもらえる?」先生はそう言うと、体温計を手渡してくれた。
「ありがとうございます」
 僕はベッドに横になる。思考はすでに、アメリアの花に向かっている。
 いつの間に変わったのだろう、という疑問が思い浮かぶ。
僕がアメリアの世界にいるかもしれないと気づいたのは、三島君が先生に当てられたのに気づいた時だった。では、その前の授業か?
 ここで今日の朝ごはんのことが思い浮かぶ。そういえば最近、朝ごはんが冷たかったではないか。
 アメリアの僕は、僕が起きる時間よりも早い時間に起きて家を出ている。つまり、僕が朝ごはんを食べる時間よりも早く食べているはずだ。
「あぁ」僕は思わずつぶやいた。
 シャッ、とカーテンが開く音。
「どうしたの、大丈夫?」先生が僕の声を聞きつけたのだ。
「あ、いや……。大丈夫です」
「それより、熱はどうだった?」
「あ、そうですよね……」
 すっかり忘れていた。脇の下に入れていた体温計を取り出す。数値を見てみたが、案の定熱はなく、平熱であった。
「熱はないようね……。気分は変わらない?」
「はい、そうですね……。でも、横になったので少し楽になりました」僕は適当に嘘をつく。
「そう……。まぁあんまり無理しないでいいわよ」
 なんていい先生だ、と感動する。それと同時に、嘘をついているという罪悪感が沸き上がる。しかし、今は大事な時期だから仕方ないのだ、と自分に言い聞かせ、「ありがとうございます」と答えた。
 カーテンが閉められる。
 僕の思考は再びアメリアに向かう。
そう、朝ごはんだ。いつから朝ごはんが冷たかっただろう。
 目を閉じて必死に思い出そうとする。しかし、どうしても答えが出てこない。昨日も、その前も冷たかった気がするが……。ダメだ。朝ごはんでは分からない。その他に変わったところはなかっただろうか。
 ふと、三島君のことが頭に浮かぶ。
 もし数日前からアメリアの世界にいたとすると、三島君がいたことにも気づいていなかったことになる。それに、通学路に咲いているアメリアの花にも気づかなかったということ……。
 僕は自分自身の気づかなさに愕然とした。もう一度クラスに戻って三島君以外の人たちのことを確認したい。時計を確認すると、そろそろ授業も終わる時間だ。僕は教室に戻ることにした。
 僕はカーテンを開け、「先生、大丈夫そうです」と伝えた。
「そう? 上神君が大丈夫なら、えぇ……。教室戻る?」
「はい、戻ることにします」
 僕はもうすでにベッドから立ち上がっていた。先生にお礼を言うと、僕は保健室を後にした。チャイムの音が響き渡る。
 教室に入るとすぐに、加藤が駆け寄ってくる。
「おい、珍しいじゃん。大丈夫か? ……最近、来るの早かったもんなぁ。調子でも狂っちゃったんじゃないかぁ?」加藤は笑っている。
 その言葉にどこか、引っ掛かりを感じた。
「え? 早かったって?」僕は加藤に尋ねた。
 僕がアメリアの世界にいるのであれば、早かったはずはない。だってアメリアの世界にいる僕であれば普通が早く、僕の方が遅いからだ。早い、と言われるのはおかしい。
「もう、治ったのか?」加藤は気にせず尋ねてくる。
「あぁ、大丈夫」
 僕はそう言いながら、教室の中を眺める。三島君が座っていた場所に視線を移す。すると、そこには関根が座っている。
「あれ、関根……。あれ、三島君は?」僕は加藤に尋ねていた。
「三島君? あぁ、二組の三島かぁ?」加藤は不思議そうな顔を僕に向けている。
 三島君が隣にいる?
「あ、なんでもないよ」僕はそう言うと、教室を飛び出していた。
 二組の教室を覗く。ちょうど昼ご飯が始まる時間でみんな席には座っておらず、教室から出ていく者もいた。その中に、三島君を見つけた。
 三島君が二組の教室から出て行くのだ。彼は僕の視線に気づいたのか、
「ん? 上神君、なにか用?」と声をかけてきた。
「あ、いや……。なんでもないよ」
僕は慌てて手を振ると、すぐに自分の教室に逃げ帰ってきた。三島君が僕のことを上神君と呼んでいる。
つまり、今僕は、タンポポの世界にいるということなのではないか。
さっきはアメリアの世界にいて……。
えぇと……。
頭が混乱してきてしまった。
僕は仕方ないので再び工程の外に鼻を確認しに行くことにした。階段を駆け下り、再び靴を履いて玄関を出る。
道を挟んで向かい側にある花は黄色い色をしている。
タンポポだ。
やっぱり、思った通りタンポポの世界に来ている。
さっきの英語の時間までは確かにアメリアの世界にいた。それは三島君がクラスにいることからも分かっている。
つまり、僕が保健室に行っている間に、元の世界に戻ったのだろう。
なんてことだ。あの女が現れていないのに、世界が変えられることもあるということか……。
ふと、あいつの言葉が頭をよぎった。
「今まで何度も気づかなかったじゃないの」
 ……あいつの言っている意味をあの時は理解できなかったけれど、あの言葉通りに考えてみると、いつの間にか世界が入れ替えれていたことが、あの女に会う前からあって、それが今日も起こったということなんじゃないか。
 僕はタンポポの花にくるりと背を向け、靴箱へと歩いていく。
 どうしたものか。どうしたら、世界を変えられないようにできるのだろう。
 いや、僕がどうこうしたところで、何も変えることはできない。やっぱりあいつに会って、話をするしかないんじゃないか。でも、あいつがどこのどいつかも分からないし、どう連絡を取ったらいいのかも全く分からない。
 ため息が出る。
教室に戻ると、もうすでに机が弁当の配置にされ、ところどころで会話の花が咲いていた。
 僕はいつも自分の机で食べているので、いつも通り席に座り、弁当を取り出した。
 弁当を食べながらも、アメリアの世界とタンポポの世界のことを考える。
 そして、パッと振り返る。
 あの席に三島君はおらず、関根が楽しそうに話していた。
ほっとする。まだ僕は、タンポポの世界にいるのだろう。
 
 帰りの時間まで、頭の中はタンポポやアメリアのことでいっぱいだった。帰り道も当然、道端の花を見ながら歩いて帰った。その花はずっとタンポポのままだった。
 家に戻り、開いたのはあのコピー用紙である。僕の世界と、アメリアの世界の違いについて書いたものだ。
 おもむろに取り出して、中を確認する。すると、僕の書いた文字が変わらず書かれている。再び世界が変わることなんて考えていなかったので、あれ以来見直すこともしなかった。
 僕の書いた字が並ぶ。そこに、僕が書いた覚えのない文字が見つかった。
『紗雪』
 殴り書きで書いてある。
 僕は首を傾げる。確かに、僕の字なのは確かだが、書いた覚えがないのだ。
 もしかしたら、この文字を書いたのはアメリアの世界の僕なんじゃないか。
 しかし、この紗雪というのは一体……。首を傾げる。しかし、出てくる答えは一つしかなかった。
 僕を連れまわした、あの女の名前に違いない。
 僕はその名前を頭に刻んだ。
 次に会ったときは、容赦しないぞ。
 僕はそう決意した。

第1話:https://note.com/yumi24/n/n93607059037a
第2話:https://note.com/yumi24/n/n3bd071b346dc
第3話:https://note.com/yumi24/n/n8a0cdcc0c80b
第4話:https://note.com/yumi24/n/nc8ac115f964a
第6話:https://note.com/yumi24/n/n6560a9cf543d
第7話:https://note.com/yumi24/n/ne0acc397b084
第8話:https://note.com/yumi24/n/n6c8aa5ee47f2
第9話:https://note.com/yumi24/n/n6c8aa5ee47f2
第10話:https://note.com/yumi24/n/n9d21c65b01ac
第11話:https://note.com/yumi24/n/n884c542a75fd
第12話:https://note.com/yumi24/n/n43e05c9161bd

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