「アメリアの花」第8話

第七章 僕自身を知る

やっぱり……アメリアの世界に来ているんだ。すぐに定期入れを探す。
カバンから定期入れを取り出すと、その写真にはみっちゃんが写っていた。
いつ、入れ替わったのだろう。電車に乗ってノートを書いているときは、確かに僕のタンポポの世界のノートに書いていた。表紙には「タンポポの世界の僕へ」という文字が書いてあったことを覚えている。
学校へ行く間も、タンポポの花が咲いていたのは知っている。朝の時間だって、特に変なところはなかった。僕の世界にいるはずの杉原さんが友達と話しているのは見たし……。
ではさっきの朝の会の合間に替えられたのかもしれない。
 すぐにノートを開き、僕はメモを残す。今度は『アメリアの世界の僕へ』というノートだ。

朝の会の一瞬のすきに、アメリアの世界に飛ばされたようだ。

 ここまで赤ペンで書いてふと思い出す。そうだ。アメリアの世界では、僕が黒ペンで書くんだった。これではどっちがどっちか分からなくなってしまう。そう気づき、さっき書いた文字を上から黒ペンでなぞる。
パラパラとノートをめくると、僕が書いたように、アメリアの僕が赤ペンで書き足しているのが確認できた。もう少しノートを見ていたかったけれど、次の授業の先生が来てしまった。僕はノートをすぐに閉じ、国語の教科書を開いた。
先生の話が始まり、思考が廻る。
 ここは、アメリアの世界だ。みっちゃんがいて、過去にケガをして、それから、それから……指原がいて、田代さんがいて……。混乱する。こんなにも同じような世界に生きているのに、少しだけ違うなんて……全く違う世界に飛ばしてくれたらすぐに分かるのに、ほんの少し違うというのが気持ち悪い。
と、そこまで考えてやめた。
授業を聞こう。ちゃんと、前を向くんだ。いつもは寝てしまう国語の授業。そういえば、この間、この先生の授業で紗雪の夢を見たんだっけ……。大切なことに気づかないと。そう夢では伝えていた。あれは、正夢だったということだ。……いや、夢じゃない可能性だってある。あの夢も、紗雪の仕掛けたものなのかもしれない。
僕は先生の言っていることに耳を傾けた。先生を観察していると、時々耳を触る癖があることに気づく。そうして先生を見ていると、一緒に周りの生徒のようすまで見えてくるような気がした。今までの僕と同じように寝ている者や、教科書にいたずら書きしている者がいる。
いつもは耳を傾けすらなかったから気づけなかったけれど、こうして興味を持って授業を聞いてみると、いつもより得られるものがあるような気がした。何より現実に新しい発見があることが楽しい。本当に今まで、何にも見てこなかったんだな、改めてそう気づかされた気がする。集中して授業を聞き、国語の時間は終わった。
休み時間に入るとすぐにノートを開き、気になっていた赤ペンの文字を読んでいく。このノートでは、僕が黒ペン、赤ペンが、アメリアの僕だ。

(タンポポの僕記入:黒ペン)
一体何のために、世界を入れ替えられているんだろう?
そっちの君は、どう思う? 僕は正直混乱している。木曜日から世界が変わっていたようだが、僕は今日……つまり月曜日まで気づくことができなかった。君はどうだったか教えてほしい。また、いつそっちの世界に戻れるのだろうか。
そういえば、僕が初めてこっちの世界に来た日、女に連れられて、アメリアの世界に来たんだ。君はどうなんだ? 同じなのだろうか。
君が書いていた『紗雪』の文字が気になる。あの女の名前なのか?

(アメリアの僕記入:赤ペン)
僕は金曜日に気づくことができた。タンポポだ。タンポポを見たんだ。そういえば木曜日、母さんに「朝早いけどテスト勉強なの?」と声をかけられた。確かに数学の授業で小テストがあったから、あいまいに「うん」と答えたが、ちゃんとそこに疑問を持てれば、あそこで気づくことができたんだ。本当は。
あとは紗雪のこと。紗雪はあの女のことだ。一度紗雪に追い掛け回されて戻った後、知らぬ間にタンポポの世界に飛ばされていたときのこと。登校中にあいつを見つけたんだ。僕は必死に追いかけたよ。でも、捕まえることはできなかった。でもせめて名前だけはと思って、消えていく前に名前を尋ねた。そしたら紗雪って言たんだ。

(タンポポの僕記入:黒ペン)
君はどんな性格の人間なんだ?
……って書いても自分でいうのは難しいよな。
僕はそうだな、どんな人間なんだろう。特に目立たず話も面白くない人間……。って書くと、なんだか悲しいな。でもそんな人間だ。

(アメリアの僕記入:赤ペン)
僕も同じようなことを書いた気がするよ。このままではいけない気がする。僕らは変わっていかなきゃいけない。
もっと周りに目を向けていくこと。これが紗雪の言う「大切なこと」なんじゃないか。

 ノートに紗雪のことが書いてある。そうか……。紗雪に連れまわされて世界が入れ替わったあと、またいつもの世界に戻った時だ。その時は知らぬ間に世界を変えられていて……。アメリアの僕は僕より早くそれに気づけたから、紗雪に会うことができたんだろう……。
あとの返事については、大体が同じ返事だったが、違う部分も見つかった。アメリアの僕がメモに残した、紗雪のいう大切なことについて言及してある部分が気になった。
もっと周りに目を向けていくこと。これが紗雪の言う「大切なこと」なんじゃないか。
僕もそう思っている。それを伝えるために、アメリアの僕のメモの後に、黒ペンで書き加えた。

僕もそう思う。周りに目を向けていくこと。でも多分、それだけでは足りない。周りに目を向けると同時に、自分自身を知ること。そして、これからの人生を、自分で決定していくことなんじゃないか。

 さらさらと返事を書いて、自分の書いたことに驚く。
自分自身の人生を、自分で決定していくこと。モヤモヤと頭の中にあったものが、言葉にすることによって明確になったかのようだった。そうだ。きっと、自分の人生を、自分で決めていくことが必要なことなんじゃないか。適当に人生を生きるんじゃなく、自分の足で、自分の人生を歩いていかなきゃいけない。
 ふと気づくと、周りが席に着き始めていた。休み時間が終わるのだ。すぐにノートをしまい、次の授業の準備をする。次は数学だ。また休み時間にノートを見ることにしようと決めた。
 授業はいつも以上に真剣に聞き、そして休み時間ごとに、アメリアのノートを見ていった。
 母さんたちの項目。母さんや浩太、父さんの項目は、この間僕がアメリアの世界に来ていた時に書いたものの他に、土日、母さんたちが何をしているかの部分が赤ペンで追加されていた。アメリア世界の土日の部分は、僕がアメリアの世界にいることに気づかなかったから調べることができなかったため、そこは空欄のままになっている。空欄の部分は、母さんや父さんに聞いて埋めることにしよう。
 赤ペンの部分を確認すると、僕の項目のところに赤ペンでメモが書いてあるのを見つけた。

もっと楽しみを見つけたい。

 そう……だよな。僕もそんなことを書いた。もっと楽しめる、充実した日々を過ごしたい。土日だけではない。毎日に楽しみを見出したいと思う。
楽しみとは何なのだろう。僕は、どんなことに楽しみを感じるのだろう……。それは分からない。でも、それはこれから見つけていくしかない。
 僕が書いた、好きなものを書いた項目を見てみる。するとアメリアの僕が赤ペンでメモを残していた。

みっちゃんをよく笑わせていた。一日一回、笑わせることに必死になっていたよ。

 そうだったのか。僕の世界にはみっちゃんがいなかったけれど、みっちゃんがいたアメリアの僕は、僕以上に人を笑わせるという機会が多かったのかもしれない。
 次のページをめくると、さらにメモが記してある。

朝早く起きたため、いつもより一時間早く、浩太と一緒に家を出た。
高校に着くと時間がたっぷりあったから、高校の周りを散歩してみた。すると突然、紗雪が僕の目の前に来て「こっちの達也君も大丈夫ね」「ちゃんと元には戻れるから安心してね」と言われた。追いかけようとしたのだが、すぐに穴の中へ消えてしまったよ。
 そっちの君も、紗雪には会ったのかな。紗雪は一体何者なのだろう。

今まで心に余裕がなく生きてきた。頭の中は常に過去や未来、現状への不満ばかりが募っていた。もっと周りを見て、自分や他人のことを知った方がいいんじゃないか。

僕は君よりも早い時間に学校へ来ているのは確かだが、特に何をしているというわけでもない。ただ寝ているだけだから。十五分君よりも早く来て、学校で寝ている……。意味ないよな。もっとすがすがしい朝を過ごしたいものだ。

受験、いや、これからの人生を考えることから逃げていた。これからどうしていきたいのか。それを考える必要があると思う。君はどうしていきたい?

 アメリアの僕も紗雪に会ったんだ……。僕と同じように世界を入れ替えられ、そして、紗雪に会っていたのだ。僕は朝早く起きて散歩をしたのに対し、アメリアの僕は浩太と一緒に家を出た。そして、学校の近くで紗雪に会ったのだ。
他に書いてあることも、僕が書いたものと同じようなことが書いてあった。しかし、朝早く行っている理由については驚いた。アメリアの僕は早く家を出ているから、僕より余裕のある朝を過ごしていると思い込んでいけれど、どうやら違ったらしい。十五分間、学校で寝ているだけだった。僕は十五分家でダラダラ過ごし、アメリアの僕は学校で寝て過ごしていただけなのだ。どっちの世界の僕も、やはり同じような毎日を過ごしていたということか……。それを知ると、大きなため息が口から洩れていった。

 
 学校が終わり家に帰る。
ここはアメリアの世界。道端にはアメリアがたくさん咲いている。
……ここは、アメリアの世界。何度も自分に言い聞かせる。
僕はアメリアを一輪取って帰ることにした。
アメリアの世界なのは確かだが、僕は僕として存在している。世界が変わっても、僕であることには変わらない。僕は僕を生きるだけだ。
 家に帰ると花瓶にアメリアを飾り、机に向かう。いつもならだらだらしてしまうところだけれど、今日はすぐに宿題を出して済ませてしまった。
 ホッと一息つく。次はあのノートだ。
僕は再びアメリアのノートを開き、自分の楽しめることについて書き出してみることにした。
自分を知るために……。
 
(好きなこと・楽しめること)

 一行だけ書いてペンが止まる。好きなこと、楽しめることって何なのだろう。思い浮かばない。何を楽しいと思うのかが、分からないのだ。
 仕方がないので、小さいころ好きだったこと、楽しめることを思い出すことにした。
僕は小さいころ、お笑い番組を見るのが大好きだった。好きな芸人の物まねをしては、母さんや父さんの前で披露していた。たまにコンビの芸人がいたりすると、浩太を引きずり込んで一緒に真似をしたっけ……。
あとは絵を描くのも好きだった。小さいころは、母さんもよく絵を描いていた。僕は母さんを真似して花や鳥、好きなキャラクターを一生懸命描いていたのだ。楽しいとか何とか考えることなく、とにかく一生懸命描いていた。どれだけ本物に似せて描けるか。どれだけうまく描けるか。そんなことだけを考えながら描いていた気がする。
……もうお笑いに反応することも、絵を描くことも、なくなってしまったな。
ふと視線を上げると、さっき飾ったばかりのアメリアの花が目に映った。
この花を、描いてみよう。そう思った。
僕は早速『アメリアの世界の僕へ』と書かれたノートの表紙に、アメリアの花を描いてみることにした。シャーペンを取り出し、ノートの表紙にアメリアの花を描き始めた。
自然と思考が止まる。
アメリアの花はどことなくチューリップに似ている。大きさは小さくて花自体は下に向いているが、花の開き方がチューリップのような構造になっているのだ。花の色は鮮やかなブルー。
こんな花が、僕の世界にもあったらいいな、と思った。
目の前のアメリの花に集中し、アメリアを描き続けた。もっともっと、本物に似せて描くんだ。
花の輪郭はもう少しだけ右に曲がっている。ここはもっと細く……。
十五分くらい経っただろうか、ノートの表紙にアメリアの花が咲いた。
うん、我ながらうまく描けた。
 僕は立ち上がって自分の描いたアメリアの花を見つめた。このままでも良かったのだが、この絵に、色を足したいと思った。このブルーを、自分でも再現してみたい。
そう思った僕は、押し入れの中にしまわれている絵の具を引っ張り出してきた。学校で昔使っていたものがそのまま押し入れの中に入れっぱなしになっていたからだ。絵具の蓋を開けてチューブを見てみる。中にはもう少なくなっている色や、乾いてしまっている色もあったが、アメリアの花で使いそうな色はなんとか生き残っていた。
スカイブルーを作る。青と水色、紺色を少し。
後は茎の緑だ。茎は濃い緑をしているが、もちろん全体が均一なわけではない。
コピー用紙に試し塗りをしながら、何度も色を確かめた。そして、ノートのアメリアに色を付ける。
花の根元は薄く、徐々に濃い色へ。
一度作った緑に少し黄土色を足してみよう……。
鉛筆で描いたアメリアの花に、美しい色がのせられていく。丁寧に丁寧に色を塗る。
花の付け根はもう少し濃い緑か……。
ここは、少し黄色みがかっていて……。
そんなことを考えながら、集中してアメリアの花に色を染めていった。
色を作るのに奮闘しながらも、なんとかアメリアの絵が完成した。
 ものすごくうまく描けた、というわけではないけれど、なんとなく様になっている。
小学校以来、美術の時間しか描くことはなくなってしまったけれど、それを考えれば上出来だと思う。
 調子に乗った僕は、目の前の物を手当たり次第に描いていった。
 時計、ボールペン、小さいころ遊んでいたミニカー……。
シャーペンだけでどんどん描いていった。
いつの間にか時間は過ぎ、気づくと陽が暮れていた。
僕は我に返ると、書きかけのノートを見て落胆した。僕の好きなこと、楽しめることを書くはずが、いつの間にか絵に熱中してしまっていたからだ。
 ノートを閉じると、さっき描いたアメリアの絵が目に入った。
……いや、待てよ。
これが僕の熱中できること、時間も忘れて描き続けてしまうほど好きなことなんじゃないのか?
今そう気づかされたのだ。そして、書きかけのノートに書き加えた。

(好きなこと、楽しめること)
お笑い
絵を描くこと

※今日描いたもの
アメリアの花 我ながらうまく描けたと思う
時計、ボールペン、ミニカー、漫画のキャラクター

……君は今ごろタンポポの絵を描いているのだろうか。

 タンポポの世界に行っている僕も、僕と同じようにノートにタンポポの絵を描いているのかもしれない。今までほとんど同じことを考え、同じようなことをノートに書いてきたから。
「達也―、夕飯の時間よー」母さんの声が聞こえる。
僕はノートを閉じて部屋を出た。
そうだ。今日はこの間気づかなかった、アメリアの母さんたちが休日何をしているのかを探ってみることにしよう。
一階に着くと、すでに食卓に料理が並べられていた。僕は自分の椅子に座り、手を合わせた。
「いただきます」
「はぁい、いただきます」
 しばらく無言が続いたが、意を決して話をすることにした。
「そういえばさ、母さんはさぁ、土日は何してるんだっけ? 父さんと映画とか見たりしてたよねぇ」あくまでも、自然に。
「あら、また質問? 母さんはね、父さんと映画も見るし、あとは庭いじりも好きよ」母さんはどこか嬉しそうな顔をしている。
「ふぅん。そうなんだ」
「……なぁに? 最近色々聞かれるけど」
母さんは一旦箸をおき、不思議そうな顔を僕に向ける。
「……いや、一緒にいるのに何にも知らないなぁと思ってさ」
「そうなんだ」母さんは納得したような表情を作る。「……確かにそうかもねぇ。……じゃあ達也は何してるの?」
「俺は宿題やったり、漫画読んだりゲームしたり、かな。……何か楽しいことないかなぁって思ってさ」
「へぇ……。母さんも、達也が部屋に入っちゃうと何してるか分からないし、第一達也、あんまり部屋から出てこないもんねぇ」
「うん、そうかも。何か楽しいことないかな……」
「そうねぇ。楽しいことねぇ。今度母さんと庭いじりしてみる?」母さんはそう言って笑った。「……ふふ。やらないか」母さんは首を傾げた。「そうだ、父さんと一緒に日曜大工手伝ってみたら?」
「うーん。そうだね、いいかも。日曜大工もいいけど、でも、庭いじりもやってみようかな。せっかくだし」僕は提案した。
「あら、いいわよ。じゃあ今週末、さっそくやってみる?」母さんは嬉しそうだ。
「うん」
 最近、母さんとの会話が弾んでいる気がする。そういえば、朝も、いつもより話すことが多くなっている。僕が興味を持って話を聞いたり、自分のことを話したりするようになったからかもしれない。そう考えると家族の仲も、少しずついい方向に向かっているような気がして、少しうれしくなった。
「ごちそうさま」
 僕は食べ終えた食器を台所に片づけ、そのままお風呂に入ることにした。
 湯船につかる。普段は入れないけれど、今日は母さんが使っている入浴剤を入れてみることにした。
これもさっき母さんに使ってみろと言われたからだ。別に使わなくていいとは思ったものの、実際入れてみるといい香りがして、いつも以上にリラックスしているような気がする。
そんなことを感じている自分に、くすっと笑ってしまう。単純だ。
「ただいま」
 二人の声が玄関の方から重なって聞こえてきた。浩太と父さんが一緒に帰ってきたようだ。たまに二人が同じ時間に帰ってくることがある。その時間僕は風呂に入っているか、自分の部屋で漫画を読んでいるかで、二人と一緒に過ごすことはない。
でも、今日は父さんや浩太と一緒に過ごそうと思う。
 風呂を出ると、自分の部屋には向かわず食卓に座った。母さんも食卓に座っている。母さんはいつも、僕と夕飯を食べ終えた後でも食卓に座って二人と話をしているのだ。
「あら、今日は達也も一緒? いいわねぇ。家族みんなで一緒なのは」母さんがほほ笑む。母さんのほほ笑む顔を、今日はたくさん見ている気がする。
「うん。母さん、お茶ちょうだい」
 何もないのでとりあえずお茶を飲む。こんな機会はほとんどないので、少しだけ、緊張の風が吹いているような、そんな気がした。
「あ、そうだ。あなた、今度達也が日曜大工、手伝いたいって」母さんが話題を見つけたらしい。
「おぉ、もちろん、いいぞ。珍しいなぁ。小さいころはよく手伝ってたけどなぁ……。そうだな、今週末はテラスに椅子を作ろうと思ってるから、達也にはそれを手伝ってもらおうかな」
「父さんが、あの庭のテラス、全部自分で作ったのよぉ」母さんが嬉しそうに話す。
「あぁ、そうだよ。毎週毎週、少しずつ仕上げていったんだ。一日でたくさんやると楽しみが続かないから、二時間くらいやって、あとは次の週の楽しみに残しておくんだ。あそこももう少し充実させていくつもりだよ。手すりを付けたりね」
「達也、今度庭いじりも手伝ってくれるんだって」母さんが嬉しそうに話す。
「兄ちゃん、どうしちゃったの? ……なんか変なのぉ」そう言って浩太も笑っている。
「浩太は野球で一生懸命汗を流してるだろ、俺も何かやること見つけたいなぁと思ってさ。……そういえば浩太はさ、部活でどんなことをしてるの」
「どんなこと? そうだなぁ、土日は練習試合が多いけど、普段は素振りやったり筋トレしたり、校庭走ったり……そんなもんかな」
「すごいよなぁ、浩太ってさ。休みたいと思ったことないの?」僕はいつも思っている疑問をぶつけてみた。
「はは。休みたいと思うのなんて日常茶飯事だよ。それでもやっぱり、練習して試合で結果でたら嬉しいし、そういうのがさ、楽しいから」
「そうなんだ、そういうの、いいなと思うんだよなぁ」僕はいつも以上に饒舌だ。「あ、そうだ。父さんはさ、日曜大工以外に、土日は何してるの? 確か前は母さんと映画を見たりもしてたよね?」
「そうだなぁ、母さんと映画も見るし、あとは本も読んだりするよ。本はまぁ、ビジネス書が多いけど、小説もたまに読んでるぞ。好きな作家がいるんだ。あとは今度、英語とかも習いたいと思ってる」
 食卓は大いに盛り上がった……と思う。僕が話を振って、みんなが話していく。そんな感じで、久々に家族みんなで話すことができた。
 父さんと浩太の食事が終わると、僕も一緒に席を立ち、部屋に戻った。そして再びあのノートを取り出した。
さっき仕入れてきた情報をノートに書いていく。

母さん
土日
(アメリア)
父さんと映画、庭いじり

浩太
土日は練習試合が多い
平日は素振り、筋トレ、走るなど……

父さん
土日
(アメリア)
日曜大工、映画鑑賞、読書
※英語を学びたい

 そしてもう一つ、今週末の予定を付け足した。

※今度の土曜日、父さんと椅子を作る。
※母さんと庭いじりをする予定。
もしその間に世界が変わったら、よろしく頼むよ。

 こう書いてみると、みんなそれぞれ毎日が充実していることに気づいた。それは平日も、土日だってそうだ。
僕は漫画やゲームをしているものの、第一、楽しんでいない。ただやることがないから、ゲームや漫画を選んでいるだけなのだ。
父さんや浩太、母さんのように、自分でやりたいから選ぶ。そんなものを見つけていきたい。
 
 
結局、アメリアの世界のまま週末を迎えることになった。いつ世界が変わるか分からない。そう思いながら毎日を過ごしていたのだが、結局そのまま入れ替わることはなかった。今回はできるだけ敏感に周りのことを観察し続けてきたから、きっと間違いはない……はずだ。
それに僕の毎日は、前よりも充実してきている気がするのだ。
アメリアの絵を描いた日から、毎日絵を描くようになった。そして日に日に、もっと絵がうまく描けるようになりたいと思うようになっている。
何も見えなかった僕の将来像に、少しだけ輪郭が見え始めた気がする。将来を、今の自分を諦めていた以前の僕から、少しずつ変化していっているようだった。
今日は土曜日。母さんと父さんの手伝いをする約束をした日。そして他にも、時間があるときにイラストの本や美術の本を探しに行く予定を立てた。
 休みはいつも十時ごろに起きていたが、今日は八時に起きた。一階に降りていくと、父さんも同じ時間に起きたようで廊下で鉢合わせした。
「おぉ、達也、おはよう。今日は早いなぁ」
「おはよう。今日、作るんだよね?」
「そうだな。ご飯食べて……九時過ぎからやるか」父さんは嬉しそうな表情を見せる。
 二人で食卓に行くと、母さんが驚いた。
「達也も早起きしたの?」
「うん。だって、約束したから。……浩太は部活?」
「そうそう。もう出てるわよぉ。今日も練習試合だって言って……」
「へぇ、浩太も、母さんも朝早くから大変なんだね」僕はそう言いながら椅子に座る。
 母さんは一瞬ほほ笑むと、しゃもじを持って二人分のご飯をよそい始めた。食卓に二人分の食事が並ぶ。
 父さんと一緒に、休みの日にご飯を食べるのはいつぐらいぶりだろう。
母さんは浩太と一緒に朝食を食べたようだったが、いつもの夕飯の時と同じく、僕らが食べている隣で一緒にお茶を飲んでいる。会話の内容は、この間作ったテラスのことだ。
「テラスから見た庭の景色をきれいにしていきたいのよ。達也も手伝うって言ってくれたから、今日はお花をいっぱい買ってきたの」
「それは楽しみだなぁ。今日は達也、忙しいんじゃないか」父さんが笑っている。
「そうだね、うん。充実してるかも」僕は笑って答えた。
 食事を終えると時間は八時半を過ぎたところだった。僕は部屋に戻って着替えを済ませ、再び一階に降りる。すると父さんがすでにテラスに出て工具や木材を取り出しているようだった。ふと見ると、母さんもそれを手伝っている。
「もうやるの?」僕は尋ねる。腕まくりをしながら……。
「まだ準備してるだけだから……。予定通り九時からやるぞ」
「うん、分かった」
 手伝ってもよかったのだが、準備をしているとなると逆に邪魔になってしまいそうだと思った僕は、手伝いすることを諦めて、時間まで待っていることにした。暇つぶしに、家の外に出る。
 道端の花を確認。そこにはまだ、アメリアの花が咲いていた。随分長い間アメリアの世界にいるな、と思った。それに今週は、紗雪も見ていない。
 今はどういう時期なのだろう。紗雪とは会っていないけど、どこかで観察でもしているのだろうか。僕はきょろきょろとあたりを見渡す。でも思った通り、紗雪を見つけることはできなかった。
 そろそろ時間になるころだろうか。僕は家の中に引き返した。テラスに向かうと父さんと母さんが話している。
「もうそろそろ九時だよ」
 僕が声をかけると、父さんは笑って「じゃ、始めるか」と言った。
 母さんは僕に場所を譲ったが、どこに行くでもなく、その場にとどまった。僕らが作業しているのを見るのかもしれない。

父さんに一つ一つ教えてもらいながら、椅子づくりが始まった。木材を、作る予定の椅子の寸法にのこぎりで切っていく。
のこぎりを使って木を切る作業も、思った以上に重労働だった。でも、父さんはあっという間に切ってしまう。しかもきれいにだ。対して僕は父さんの二倍以上時間をかけてやっと木材を切ることができた。
次は釘打ち。この作業も、のこぎりと同様にやってみる前は簡単にできるだろうと思っていたが、実際にやってみるとうまくいかない。父さんのお手本では手軽にやっているように見えるのに、僕がやるとどうしても釘が曲がって入っていってしまうのだ。
「難しいなぁ」
 そんな僕の言葉を、父さんと母さんは嬉しそうに聞いている。
始めは釘一つうまく打てない自分に腹が立ったが、作っているうちにそんなことはどうでもよくなった。とにかく、この椅子を完成させたい。そう思うようになった。できないことばかりに意識が向かっていたが、いつの間にか時間が経つのも忘れ、作り上げることに熱中した。
「さ、休憩するぞ」
 父さんの声で顔を上げる。
母さんがいつの間にか、テラスにお茶とお菓子を持ってきてくれていたようだ。
「ありがとう」
 僕はまだ作りかけの椅子をそのままにして、テラスに座った。
テラスに座りながら、三人でお茶を飲む。
汗ばんだ肌に、そよそよ吹く風が気持ちいい。
父さんたちは、今までもこうやって二人の時間を過ごしていたんだなぁと、今さらながらに気づく。僕のいるタンポポの世界でも、きっと同じような時間が流れていたのだろう。僕はそんなことすら知らなかった。
父さんの作ったテラスを眺めながら、もう一つ気づいたことがあった。テラスの前に、花がきれいに並んで咲いていることだ。これは母さんが、テラスから見た景色が美しくなるように、季節ごとに花を植えていたからだと気づいた。
今日ここに座るまで、そんなことも知らなかった。僕の知らないところで二人の美しい世界が広がっていたんだ。目を向けなければ気づけない、そんな世界がたくさんこの世界には広がっているのかもしれない。
父さんがせっせと椅子三つ作り上げる間に、僕はやっと椅子を一つ、作り上げた。父さんはきれいに仕上がっていたが、僕の椅子はとてもいびつだ。座ると少し、カタカタする。それでも父さんに教えてもらいながら作っている時間は、熱中して楽しい時間であった。いびつな椅子も、僕が作ったからこそ、いびつだからこそ愛着がわく。この椅子は、これから僕が使おうと思う。
……あ。……そう思いかけて、ここはアメリアの世界だったということを思い出す。僕が座るんじゃないんだ……。あっちの僕も、同じように父さんと椅子を作っているのだろうか。
僕は作った椅子を眺めた。もしかしたらあっちでも作っているかもしれない。僕が作ったこの椅子は、アメリアの僕にプレゼントすることにしよう。
そんなことを考えていると、昼ごはんの時間になった。
昼はいつも通り、母さん、父さん、僕でご飯を食べる。普段は食卓で食べているのだが、今日はせっかく椅子ができたからとテラスで食べることになった。
そう言えば、この間テラスが出来上がったときも、ここで食べようと誘われたっけ……。僕は面倒で、結局一人で食卓で食べたんだ。
「今度は机を作らなくちゃなぁ。それが出来上がったら、みんなでご飯が食べられるだろ。母さんの花もきれいに見えるしバーベキューだってできる。達也、今日はありがとな。どうだった? 椅子づくりは」
「うん、うまくできなかったけど……、でも楽しかったよ」
「達也が作れると思わなかったわよ。途中で挫折しちゃうかと思った」
「……え? さすがにそれはないよ。俺だってちゃんとできるって」
「それにしても楽しみねぇ。私はこれからそうねぇ。花だけじゃなくて、今度は野菜も色々育ててみたいわ。……達也、本当に庭いじり、手伝ってくれるの?」
「あぁ、そのつもりだけど」
「んじゃあ……、達也にはめいいっぱい草むしりしてもらおうかしら」
「えー、草むしりかよ」
「ふふ。大丈夫大丈夫。この間草むしりはやったばかりだから草はそんなにないしね……。今日のためにお花もいっぱい買ってきたから、達也には花の植え替えでもしてもらおうかな」
 そんな話をしながら、家族の間に笑顔があふれる。こんな幸せが、今までもずっとここにあったのかと気づかされる。当たり前の幸せは、目を向ければいつでもある。そう言う言葉はよく聞くけれど、本当にそうなのかもしれない。
「花の植え替えは二時からやるから、それまで休憩してていいわよ」
 食事を終えた母がそう言うので、僕はご飯を食べ終えるとひとまず自分の部屋に戻ることにした。部屋に戻るとベッドに直行する
ずっと熱中して椅子を作っていたので、思っている以上に疲れていたようだ。天井を眺めながら考え事をしていると、いつの間にか睡魔が襲ってきた……。

 目を開けると僕はモヤモヤの霧の中にいた。
何も見えない。数センチ先も見えないほど濃い霧である。恐る恐る手を伸ばしてみる。すると、僕の手が誰かの手に当たった。僕はその手を握り、僕の方に手繰り寄せた。
見えなかった顔が目の前に現れる。僕はその顔を見て驚いた。
その人物は僕だったのだ。僕がもう一人いるではないか。
もしかして、アメリアの僕?
「君は、アメリアの僕?」そう問いかけると、
「あぁ。僕は君だ。君は僕。でも少し違う。一緒ではない。考えることも、行動だって少しずつ違う。君は僕。でも違う。僕らはこれから、違う道を歩んでいかなきゃならない。でも、それでいいんだ。それがいいんだ」
 もう一人の僕はすっと消えた。そしてそれと同時に目が覚めた。
何だったんだろう……。
さっきのは夢だったのか、それとも……。
不思議な夢だった。でも、本当にアメリアの僕とタンポポの僕がいるのなら、正夢だったということになるのかもしれない。
世界を入れ替えられてからと言うもの、夢も単なる夢だとは思えなくなっている。
身体を起こして時計を確認すると、時計は一時半を指していた。
約束の時間まであと三十分はある。僕はまだ眠かったので、もう少しゆっくりベッドに横になっていようと決めた。
 ……あれ。
ふと、気になったことがあった。
今、どっちの世界にいるんだろう? それが無性に気になった僕は、ベッドから跳び起きた。
定期入れを確認しなきゃいけない。
学校のバッグから定期入れを取り出す。
すると、家族写真からみっちゃんが消えていた。
つまりここがタンポポの世界だということ。元の世界に戻ってきたんだ。

第1話:https://note.com/yumi24/n/n93607059037a
第2話:https://note.com/yumi24/n/n3bd071b346dc
第3話:https://note.com/yumi24/n/n8a0cdcc0c80b
第4話:https://note.com/yumi24/n/nc8ac115f964a
第5話:https://note.com/yumi24/n/na76adb055d59
第6話:https://note.com/yumi24/n/n6560a9cf543d
第7話:https://note.com/yumi24/n/ne0acc397b084
第9話:https://note.com/yumi24/n/n6c8aa5ee47f2
第10話:https://note.com/yumi24/n/n9d21c65b01ac
第11話:https://note.com/yumi24/n/n884c542a75fd
第12話:https://note.com/yumi24/n/n43e05c9161bd

#創作大賞2023 #ファンタジー小説部門

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