「アメリアの花」第3話

いつのまにか寝ていたようだ。目が覚めると、陽はもうとっくに暮れていた。いつの間にか弟の浩太も帰ってきているようだ。
浩太は野球をやっている。今日は始業式の後に練習があると言っていた。もちろんこれは僕の世界の話である。この世界でも、あいつは野球をやっているのだろうか。そんなことが気になって、急いで起き上がり、部屋を出た。一階に降りると、母さんと鉢合わせする。
「あら、やっと起きてきたのね。一回声かけたんだけど、全然起きなかったわねぇ。ぐっすり寝てたのね」
「あ、あぁ。あれ、浩太は?」
「あぁ、浩太なら野球で汗まみれだからってお風呂に入ってるわよ」
「そうか、そうだよな。いつもそうだもんな」
 この世界の浩太もどうやら野球をやっているようだ。ほっと胸を撫で下ろす。
学校も変わってないのだろうか……。
一つ解決するとまた次の疑問が湧き上がる。僕は浩太の学校が同じかどうかを確かめるために、お風呂場へと向かった。お風呂場の脱衣所には、脱ぎっぱなしの野球のユニフォームが置いてある。高校の名前を確認する。すると、僕のいた世界で浩太が通っていた高校と同じ名前が書いてあった。
浩太は僕と違う高校に通っている。野球が少しでも強い高校へ行くために、N高校を選んだのだ。ユニフォームには、しっかりとN高校という文字が入っていた。やはり僕の周辺にはそこまで変化がないのかもしれない。みっちゃんという人物以外は。
 僕は食卓に戻ると、母親に小さいころのことを聞いてみることにした。料理をしている母親の背中に向かって話しかける。
「あのさ、俺が小さい頃ってどんな子供だった?」
なんとまぁ、漠然とした質問なのかと自分でも思ったが、致し方ない。
「え? あんたが小さいころ? 今日は昔の話が多いわねぇ。そうねぇ、あんたが小さいころはとにかく泣き虫で、大変だったのよ。浩太は全然そんなことなかったけどね。甘えん坊で……」
 ここまで聞いて、質問の仕方を間違えたことに気づく。
「いや、違う違う。うーん、なんていうかな。例えば、小さいころ起こった大事件、みたいの。そういうのはなかった?」
「大事件? 大事件ねぇ……うーん、あ、そうそう。あんたが小学校六年生の時、二階から落っこちたことかな。あの時はもう母さん、どうなっちゃうかと思ったわよ。その頃はケガも多くて、知り合いの占い師の人に占ってもらったりもしたんだから。でもただおっちょこちょいなだけですよ、って言われただけだったけどね。その時の傷跡、残ってるでしょ? 頭の右側に。だって三センチくらい縫ったくらいだものねぇ」
 母さんはそう言って僕の髪をかき上げる。しかし、額を見てはっと声を上げた。
「……あら? ないわ。なくなってる。そんなこと、あるのかしら。消えちゃったの? うっすら白い傷跡が……」母さんはじっとおでこを見ていたが、ふぅ、と息を吐くと「へぇ、消えることってあるのかねぇ。何年かたてば消えちゃうのかしら」と言った。
「……え、あぁ。……そうなのかも」
 僕は慌てて髪の毛でおでこを隠すと、もういいや、と言ってリビングに移動した。ソファに座って考える。
 過去にもう一つ違いが見つかった。
僕は確かに、二階から落ちそうになったことはある。あの時のひやひやを、今でも覚えているくらいだから、強烈な記憶であることは確かだ。でも僕は落ちなかった。何とかバランスを取り、落ちることはなかったのだ。
この世界の僕は、きっとその時落ちてしまったのだろう。そして、怪我をした。その傷跡がずっと残っていたままだったのだ。
ここでまた疑問が浮かぶ。この世界に存在していた僕が、どこに行ってしまったのかということ。どうして気づかなかったのだろう。
この世界に住んでいた僕も、同じように入れ替わりで僕の世界に行っているとか……。
それともどこかに捕らわれているとか。……あの女の仲間に。
でもなぜ僕なんだろう。特に優秀なわけでも、変わった人生を歩んできているわけでもない。ごくごく普通の人生を十八年間歩んできているだけの、どこにでもいる高校生のはずだ。なぜ僕が選ばれたんだろう。謎が謎を呼ぶ。
 夕飯の時間になった。僕の世界と何ら変わりはない。いつものように食卓のテーブルに座ってご飯を食べる。今日は魚の煮つけだ。座る場所も変わらない。キッチン側に母さん、その隣に浩太が座り、その向かいに僕がいる。僕の隣には父さんの座る席がある。父さんはまだ帰ってきていない。
「今日、学校どうだったの。あ、でも先生もクラスも持ち上がりだもんね。何も変わらないわよね」母さんが話しかける。
「……うん……。特に変わりはなかったよ」僕はうなずいた。
本当は大きく変わっているところがいっぱいあったが、それを言ってもきっと信じてくれないだろう。
「もう受験生になっちゃうもんねぇ。あんた、勉強頑張らなきゃダメよ」母さんが決まり文句を言う。
「分かってるよ。今年から頑張るよ」
「んもう、今年からって。本当かねぇ」
「本当だよ。うるさいなぁ」
「そういえば浩太はクラス替えあったんでしょ。どうだった?」母さんは浩太に話を振る。
「あー、先生は田原先生で変わらなかった。まぁクラス替えってなってるけど、田原先生が一年間みっちり数学で鍛えてきたから、クラスの理系の人はほぼ持ち上がりになっちゃった感じでさ……。あんまりクラスの人も変わり映えなかったよ」
「そうなのねぇ。田原先生、すごいわよね。他の高校でも有名らしいわよ。近所の高校の先生が言ってたもの」
 特に変わったようすは見られない。普通に生活していると、何もなかったんじゃないかと思うほどに時間が過ぎていく。浩太の先生も名前は同じだったのは知っている。もしかしたら浩太のクラスの中にも、僕の現実とは違う人間がいるのかもしれないが、そこまでは把握できない。
「あ、そういえば浩太。みっちゃんって人のこと、覚えてる?」母さんがみっちゃんの話を始めた。
「あぁ、なんとなくね。兄ちゃんさぁ、良くからかってたよね、みっちゃんのこと」浩太が僕を見る。
「え、そうだっけ」僕はとぼけるしかできない。
「そうよ。達也はみっちゃんの靴を取って逃げちゃって、みっちゃんが困っていたのよね。あとはよくお笑い芸人の真似して、みっちゃんのことを笑わせてたっけ」
「……へぇ、そんなことがあったんだ」
「んもう、全然覚えてないの? 達也より小さい浩太のほうが覚えてるのにねぇ」
「ん? あぁ……」
まぁ仕方がない。僕の過去にはないことなのだから。
「ただいま」
 父さんが帰ってきたようだ。みんなでお帰りと返す。父さんは荷物を置き、すぐに居間にやってきた。僕の隣に座る。父さんも僕の世界と変わらない父さんだ。右ほほにあったほくろも、しっかりついている。
 それを確認していると、父さんが話しかけてきた。
「なんだ、さっきからじろじろ見て。……そういえば達也、今日から三年生だな。勉強頑張れよ」
「……分かってるよ」
 父さんに母さんと同じことを言われる。それはこっちの世界でも変わらないようだ。勉強勉強うるさいのだ。どうせ違う世界に連れて行かれるのなら、学校や勉強から解放された世界へ行きたかった。本気でそう思う。
 僕はすでにご飯を食べ終えてしまっていたので、ごちそうさまを言うと、リビングへ向かった。つまり僕は逃げたのだ。
遠くから父さんと浩太の話が聞こえてくる。野球の話をしているようだ。
浩太はいいよな、野球があるから。それも、あっちの世界と変わらない。僕はいつも勉強のことを言われ、浩太は野球のことだ。僕も何か、打ち込める部活なんかがあれば良かったのだが。……だが僕は運動が苦手だ。絶対にやりたくない。
 ……そうだ。今ならあの女も油断しているかもしれない。まさか僕が家から出てくるなんて思ってもいないだろう。外に出て探してみたら、どこかであの女を見つけることができるかもしれない。いや、……僕が家を出るわけがないから、いないかもしれないけど……。
でも、確かめてみなければわからない。
 そう思い立つと、いてもたってもいられなくなった。急いで自分の部屋に上がり、ジャージに着替える。そして、「ちょっと走ってくる」と言って家を出た。
 走るなんてことが今までの一度もなかったため、母さんや浩太が背中の方で驚きの声を上げていた。だが今はそんなことを気にかけている暇はない。
玄関のドアを開けると、辺りはすでに暗くなっていた。慎重に周りを見渡す。あの女はいないようだ。普段僕が外に出ないのに、やっぱり見張りをするなんてことはないか……。再びそう思ったものの、もう少しだけ歩いてみることにする。何か、おかしなところが見つかるかもしれない。
いつもは入らない小さい路地に入ってみる。灯りもなく薄暗い。まるであの女に連れられて入った、あの穴のようだ。あぁなぜ、あの時逃げなかったんだろう。全く逃げる気が起きなかった。女の人だし大丈夫だろうと思っていたのだが……。そんな思考も、あの女に操作されていたのかもしれない。でも、そんなことを考えても、もう後の祭りだ。
 周りをくまなく見まわしながら歩いていく。
本当に走ってみるか、と思い立つ。せっかくジャージも着てきたことだし。
僕は軽くランニングを始めた。ランニングをすることなど学校の体育以外では今までの一度もない。浩太はよくやっているが、僕はそんな面倒なことはしない。
でも今日は不思議と、走ってみたい衝動に駆られた。いろんな場所も偵察できるし、歩くよりはいいかもしれない。
外はそこまで寒くなく、風がとても気持ちいい。少しくらいが街灯がついているから見えないこともない。近所の公園を何か所か回ることにする。
一個目の公園。ここが一番家から近い公園だ。小学校のころは浩太とよく来たっけ……。この公園は、近所の中でも滑り台が大きい。滑り台をするときはこの公園に来ると決まっていた。ざっと見てみたが、特に変わりはない。さらに次に向かう。周りの景色も見ながら走っていく。しかし、目に映る家のようすも、昼間見た通り特に変わりはないようだった。
二個目の公園。ここは小さい遊具しかない。砂場と、乗って遊ぶ馬とウサギの乗り物があるだけだ。それも、変わらない。
よし、次。
ふと視界が少し明るくなった。まさか、とは思ったが、単に満月が雲から顔を出しただけだったようだ。さらに先を走る。だんだん息が上がってきた。もう少し先へ行ってみたい。
自転車にすればよかったな。
そう思ったとき、足元に咲く花に気づいた。
スカイブルーの花……。そういえば今日の朝も見た。周りをよく見てみると、所々にその花が咲いているのが見える。
やっぱりこの花、何か気になるな……。雑草のように道端に咲いている。僕はその花をもぎ取ると、それを家に持ち帰ることにした。偵察は終わり。僕は、家の方へと足を向けた。
家に帰ると、みんなの視線が僕に集まる。突然走るなんてどうしちゃったの、という質問が向けられる。その質問に適当に答え、僕は花のことを尋ねた。
「母さん、この花の名前なんていうんだっけ?」
 もしこの花が、誰でも知っている花だったら怪しまれるので、忘れてしまったかのように聞いてみることにした。
「その花? え? この花の名前も忘れちゃったの? よく取ってきて母さんにプレゼントしてくれたじゃないの……。アメリアっていう花よ。雑草の割には濃い青が素敵よねぇ」母さんはほほ笑んだ。
「アメリア……か。そ、そうだったそうだった。ありがとう」
 アメリア。聞いたことがない。
僕の思った通りだった。この花は僕の世界にはなくて、この世界にだけ咲いている花なんだろう。僕のいた世界との違いを象徴する花……。
僕は食器棚を覗き、花瓶を探した。……あった。一輪挿し用の小さな花瓶が。それを持ち出すと、早速自分の部屋へ向かう。
母さんが不思議そうに僕を見つめている。確かにそうだろう。普段走ることもない僕がランニングをしに出て、さらに花を部屋に飾ろうとしているのだ。
母さんの視線を振り切って部屋に戻ると、アメリアを飾り、ベッドに横になった。
今日の朝までは普通の生活を送っていたはずなのに、あの女に連れられて違う世界に来てしまった。違う世界といっても、ほんの少し違うだけ……。それが妙に気持ち悪い。どうせなら全く違う世界だったらよかったのに。そしたら新しい人生を歩められたかもしれない。
そんなことを考えている自分を発見し、とうとう疲れすぎておかしくなってしまったのかと思った。今日は早めに寝たほうがいい。明日から授業が始まる。また元の世界に戻るまでは、ここで生活していかなければならないかもしれないのだ。いや、起きたら元の世界にいるかもしれないじゃないか……。


次の日がやってきた。目が覚めて起き上がる。
昨日一日が夢だったかもしれない……。そんな期待をしたが、机にあるアメリアの花を見て、やはり昨日一日が現実であったのだと思い知らされた。だが、そうだからといって特に生活に変わりはない。今まで通り生活すればいいだけだ。そう思うと、少しだけ楽になった。ベッドから起きて部屋を出る。
先に朝食を食べている父さんと母さんにおはようを言うと、机に座って朝食を食べ始める。今日もいつもと変わらない。隣には父さん。斜め向かいには母さん。浩太はもうすでに部活の朝練のために家を出ている。そして僕のいた世界と同じ、朝の情報番組を見ながらご飯を食べる。司会も番組名も同じだ。出てくる人がもしかしたら数人、違う人物になっているのかもしれない……。しかしそれは分からない。
ここで初めて、自分が全く何も意識せずにテレビを見ていたことに気づいた。
今までも、気づかぬうちに世界が変わっていたなんてことがあったりして……。そんなことを考える。昨日は連れまわされたり、時間が遡るなんていう変なことが起こったこともあって注意をしていたけれど、今までも何かが少しずつ違っていたことがあったかもしれない……。
今日はいつもより二十分ほど早めに家を出ることにした。学校までの道のりを、よく観察するためだ。でも、母さんは特に変な顔はしなかった。もしかしたらこの世界の僕は、本当にこの時間に家を出ていたのかもしれない。昨日加藤が僕の登校時間が遅いと言っていたのと繋がった気がした。
歩きながら駅までの道、電車内、そして学校までの道のりを、今までにないくらいよく観察して移動した。道端にアメリアは咲いていたものの、他におかしなところは見当たらない。
学校に着くと、また加藤に話しかけられた。
「おはよう。上神、今日も遅いのな」
 これでも遅いのか、と思う。確かに今日はゆっくり歩いたため、早く出た割には早くは着かなかったけれど……。
「あぁ、いや、まぁ今日はゆっくり歩いてきただけだから。いつも俺さ、学校来て何やってたっけ?」僕は変な質問だと思いながらも尋ねた。
「はぁ、何言ってんだお前。自分のことだろうが。お前はいつも学校来て机で寝てただろ。二年の時さ、お前に聞いたんだよ。寝るなら家で寝て遅く来たらいいだろって。でも、早く来て机で寝るのがいいんだって……。それもお前が言ってたんだろ」
「はは。そうだったそうだった。俺もそう思ったんだよ。だからちょっと試しに遅くしてみたんだ。加藤の言う通りだなぁ」
 加藤は変な目で僕を見たが、僕はそれを無視して上履きを履く。そうか。僕は早く来て机で寝ていたんだ。でも、わざわざ早く来るのに寝ているなんて……。加藤と同じことを疑問に思う。僕とこの世界の僕は、あまり違いはないものの、ほんの少しだけ違いがある。思考回路が少し違うということか。机の上や家具の配置は変わらないのに、変なところが違っているのだな。
 教室に着くと机に座る。教室を眺めてみると、昨日と同じで違うクラスだった人間が座っていたり、見たことのない女子生徒がいるのが分かる。そう考えていると、その見たことのない女子生徒が話しかけてきた。
「上神くんさ、これ、貸してもらってた漫画。ありがとう。面白かった」
「あ、あぁ……」自分の目が泳いでいるのが分かる。
 名前も知らない二つ結びの女の子に、僕は漫画を貸していたのか。この漫画は確かに僕が持っている。そして、その漫画は、本当は違う子に貸した気がする……えぇと名前は……杉原さんだ。
そういえば杉原さんが見当たらない。もしかしたら杉原さんとさっきの子が入れ替わっているのかもしれない。さっきの女の子の名前を、ロッカーのネームプレートで確かめる。田代さん。……杉原さんは一体どこに行ってしまったのだろう。違うクラスにいる可能性もあるかもしれない。……他にも何人か知らない人間がいるんだろうな。そうは思ったものの、僕は同じ学年の生徒全員を把握しているわけではない。クラスの人間だって全員把握してるかと聞かれれば、それすら怪しいのだ。学年全体の名簿があればいいのだが、さすがにそれは先生に言わないと見せてもらえないだろう。
 そこまで考えていると、授業が始まってしまった。始めの授業は国語だ。先生は変わりない。いつもの眠そうな先生だ。あの先生が教科書を読むだけで、僕はそのまま眠りに落ちそうになる。
ほらまた……、眠くなってきた……。
 ふと周りを見渡すと、僕はアメリアの花に囲まれていた。遠くに誰かがいる。目を凝らして見つめると、あの女がいるではないか。ピンクのスニーカーを履いた、あの女が手招きをしている。
「こっちだよー。急いで!早く気づかないと……」
 肝心なところが聞こえない。
「なんて言ったの」
「大切なことに早く気づかないと……」
 ……
「上神、上神」
「は、はい」目を開けて驚く。
 完全に寝てしまっていたようだ。先生に起こされた。他の生徒がクスクス笑っている。これも同じだ。僕はどうしても、この先生の授業だけは寝てしまう。
それにしても変な夢を見た。アメリアの花と、あの女。そしてあの女が言っていたこと。大切なことに気づかないと……どうなってしまうのだろう。これはただの夢なのか。それとも、大切なことを伝えるメッセージなのか。
大切なこと。僕にとっての大切なことは何なのだろう。それが分かれば、元の生活に戻してくれるのだろうか……。
この答えは見つからぬまま時間は過ぎ、その他の授業もすべて問題なく終えることができた。
何かへまをやらかさないかと昼の弁当の時間だけは少し警戒したが、おそらく大丈夫であっただろう。いつもの通り、自分の席に座って近くの席の友人と話しながら弁当を食べた。その友人も本当は隣のクラスだったためほとんど話したことがなかったが、話を合わせるのは問題なくできた。相手との距離を測りながら、おかしいと思われることなく話ができた……と思う。
 学校は問題なく過ごすことができたと評価できるだろう。それに、今日の帰りは昨日と違って指原に声をかけられずに済んだ。指原はバスケット部。今日は部活があるのだ。もしかしたら部活がないときに一緒に帰っていたのかもしれない。断らずに済んだので、一安心した。
 学校を出て駅までの道を、きょろきょろしながら歩いていく。いつもの道とは違う道を選び、遠回りしながら歩いていくことにした。駅とは反対方向の道に曲がり、ひたすら真っすぐ歩いていく。あの女が僕を監視しているなら、こんな道は選ばないよな。そんな気もしたが、何かがありそうな気がして、そのまま道を歩き続けた。道の両端には家や小さい店が並んでいる。周りを見回しながら歩いていると、家と家の間にある狭い道の向こうに、アメリアがたくさん咲いているのが見えた。
 なんかがあるんじゃないか。
そんな気がして、その場所へ入ってみることにした。狭い道を、体を横にして入っていく。こんな家の奥に、アメリアがたくさん咲いているのだ。
空き地なのだろうか? 少し歩くと、視界が開けた。四方が家に囲まれた場所に、ぽっかり四角い空き地が出現した。そこにはたくさんのアメリアが咲いている。
そしてそこに、あの女が立っていた……。
「お前! どうしてこんなことろにいるんだ。一体何が起こってるんだよ! 教えてくれ!」
 女は動かずに僕をじっと見つめている。
……無言が続く。
…………
意を決して女に跳びかかる。
 と、その瞬間、僕は真っ逆さまに落ちていた。明るかった視界も暗くなり、真っ暗闇の中をひたすら下へ下へと落ちていく。
女は? どこへ行った。見当たらない。
どうなっているんだ。
しかしここで思いついた。もしかしたら、元の世界に戻れるのかもしれないじゃないか。
懸命に周りを見回してみるが、暗くて何も見えない。
いつまで落ち続けるんだ……。
そう思った瞬間、身体がふぅっと浮き、地面に着地した。上を見ると、遠い先に小さい穴が。そこから光が漏れているのが見える。
あそこから落ちてきたんだ。あたりは真っ暗。あたりを見回したが女はおらず、もう一か所だけ光が漏れているのを見つけた。その光だけを目指して歩いていく。近づいていくと次第に光がどんどん大きくなっていく。
ふと後ろに気配を感じる気がした。
あいつか?
「おーい、ちょっとあんた。どうなってるんだ。俺が何したっていうんだ。これで元の世界に戻れるんだろうな。なぁ、教えてくれよ」
 暗闇に質問を投げかける。だが返事はない。
少し怖くなってきた。でも、あの女を捕まえたい。
早く明るい光の方へ行きたかったが、立ち止まることにした。静かに耳を澄ませる。
すると足音が聞こえてきた。ほんの小さな音。
そして、すぐに足音が止まった。やっぱりあの女が近くまで来ているんだ。
とっ捕まえてやるっ!
僕は足に力をためると、足音のした方へ駆け出した。真っ暗の中、自分の勘だけを頼りに走り出した。
しかし結局何にもぶつかることも、当たることもできなかった。
遠くから声が聞こえて来る。
「あなたは私を捕まえられない」あの女だ。
「なぁ、どうしてこんなことするんだよ。俺を元の世界に戻してくれよ」
「あら、やっと気づいたの? 違う世界だって、また気づかないかと思ったわ」
「そんなわけないだろう。クラスに知らない子がいたんだぞ。変な花だってあるし。早く元の世界に戻してくれよ」
「気づかないわけないって? ……今まで何度も気づかなかったじゃないの」声にはエコーがかかっている。気味が悪い。
「気づかない? そんなわけ……」僕は話しかけたが、女が再び消えてしまうかもしれない。「お願いだ! なんで俺がこんな目に合うのかを知りたいんだ。……ちゃんと、元の世界に戻れるんだろうな?」
「そうね、あなたの心がけ次第、ってところかしら」
「心がけ次第? どういう意味だ?」
「まぁ……。それは自分で気づくことね。……さ、そろそろ時間よ。行ってらっしゃい、達也くん」
女の話が終わるのと同時に、遠くにあった光が大きくなって、ついに僕を包み込んだ。女は再び消えてしまったようだ。
まぶしい光に思わず目をつむる。しばらく目が開けられなかったが、まぶしさに慣れてきた。
僕は少しずつ目を開ける。

第1話:https://note.com/yumi24/n/n93607059037a
第2話:https://note.com/yumi24/n/n3bd071b346dc
第4話:https://note.com/yumi24/n/nc8ac115f964a
第5話:https://note.com/yumi24/n/na76adb055d59
第6話:https://note.com/yumi24/n/n6560a9cf543d
第7話:https://note.com/yumi24/n/ne0acc397b084
第8話:https://note.com/yumi24/n/n6c8aa5ee47f2
第9話:https://note.com/yumi24/n/n6c8aa5ee47f2
第10話:https://note.com/yumi24/n/n9d21c65b01ac
第11話:https://note.com/yumi24/n/n884c542a75fd
第12話:https://note.com/yumi24/n/n43e05c9161bd

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