「アメリアの花」第7話

第六章 もう一人の僕との会話

目が覚めた。僕は起き出すと、すぐにバッグに入った定期入れを確認した。
みっちゃんが、写真から消えていた。
……タンポポの、僕の世界だ。
どうやら寝ている間に元の世界に戻ってきたようだ。
紗雪は『やっと気づいたの』と言っていた。やはり、いつの間にか世界が入れ替えられているようだ。
……それなのに僕は気づかなかった……。それを再び思い出した僕は少し落胆した。……でももう大丈夫。僕にはこの写真があるのだから。
もう同じ手には乗らないぞ。……覚えていろよ。いつかとっ捕まえて、懲らしめてやる! 
時計を見ると、いつも起きる時間より一時間以上も早かった。いつもならここで寝てしまうのだが、今日はそのまま起きることにした。散歩にでも出かけようと思いついたのだ。この世界をしっかりと見るためにも。
僕は服を着替え、部屋を出た。リビングに降りていくと、もうすでに母さんと浩太は起きていて、浩太は朝ご飯を食べ終えていた。
「おはよう。こんなに早くご飯食べてたんだ」僕は言う。
「おはよう。どうしたの、こんなに早くに起きてさ」浩太に言われる。
「あぁ、目が覚めちゃったから散歩にでも行こうかと思ってさ」僕は自然を装って笑顔を作った。
「散歩? 珍しいこともあるのねぇ。今日は雨じゃない? 傘持っていかないと」
後ろで母さんが冗談を言っていたが、僕はそれを無視してそのまま外に出た。
 道端にはタンポポが咲いている。
小さいころはタンポポで遊んだものだ。タンポポの笛を吹いたり、綿毛を飛ばしたりもした。最近は見ることもなかったな……。そう思うとじっくり観察したくなった。タンポポを一輪もぎ取ると、じっくり見つめた。
タンポポには一枚一枚の花びらがたくさん集まっている。一体、何枚の花びらがついているんだろう。
隣にあったタンポポの綿毛も一本取り、ふっと息を吹きかける。
タンポポの綿毛が、息で遠くに飛ばされていった。
そういえば、アメリアの花はとてもきれいなスカイブルーだった。こっちの世界ではそんな色の花を見たことがない。いや、あるのかもしれないけれど、少なくとも僕は知らない。
僕はアメリアの花の方が好きかもしれないな。綿毛は飛ばせないけど。
取ったタンポポを手に持ち、前に進む。
少し進むと道の端に小川が流れている。この小川で、小さいころはザリガニを取ったものだ。たくさん取れて喜んで家に持ち帰ったが、母さんに全部戻してくるように言われた。それでもザリガニを飼いたい僕は、父さんに説得してもらって、何とか一匹だけは飼わせてもらった。……今でもこの川には、ザリガニがいるのだろうか。上から覗いてみたが、ザリガニがいるような気配は感じられなかった。
さらに先に進むと竹林が見えてくる。ここには夏、キイチゴが実る。小学生の頃はキイチゴを食べて帰ったっけ。いろんな思い出が思い出される。すっかり忘れていた記憶を、少しずつ取り戻しているようだ。
ふと前を見ると、ピンク色のスニーカーが目に映った気がした。サッと視点を定めると、竹林の先の道路で驚いた顔をしている紗雪と目が合った。
「紗雪っ」
叫ぶと同時に紗雪を追いかける。
「待て! もうこのまま、元の世界のままでいさせてくれ!」
 紗雪はまた、逃げていく。早い。
「お願いだから」
僕は懇願していた。あんなに、とっ捕まえてやると粋がっていたのに。
紗雪を追いかけて公園まで走っていくと、砂場に大きな穴が開いているのが見えた。
またあの穴だ。あそこを通って消えてしまう。
「待ってくれ。もうこのままでいさせてくれるんだろうな」そう尋ねると、紗雪は穴の入り口で振り返った。
「大丈夫。ちゃーんと気づき始めてるから。……もうちょっと待って。でも、その調子よ! 絶対戻れるから。それだけは保証する。だからもう少し頑張って」
 紗雪が言い終わるのと同時に、紗雪のリュックの先に手が届いた。だがその瞬間、砂場の穴と共に、紗雪は消えてしまった。
 がっくりと膝を落とす。また紗雪を逃してしまった……。
……もうちょっと待って。紗雪はそう言っていた。ということは、あと何回か世界を連れまわされるということなのか……。
僕は紗雪のリュックに触れた手を眺めた。
紗雪……。あいつは否定しなかった。やっぱり、彼女の名前が紗雪だということ。……アメリアの僕はあいつに会って、ちゃんと名前を聞きだしていたのかもしれない。
しかし、紗雪の言っていた言葉が気になる。『気づき始めてる』とはどういうことなのだろう。どうしたら元に戻らせてくれのだろう……。頭の中に疑問がたくさん浮かんでくる。しかしこの答えを知っているのは紗雪しかいないのかもしれない。僕にはどう考えても答えを出すことができない。
そこまで考えて、家に帰ることにする。息がものすごく上がっていた。全速力で走ったからだ。
僕はそのままとぼとぼと道を歩いていると、部活へ行く浩太に会った。
「いってらっしゃい」僕は手を挙げて言った。
「おぉ、行ってきます」
 浩太が起きている時間に散歩するなんてことは今まで一度たりともなかった。いや、散歩どころかこんな時間に起きたこともない。
考えてみると、朝から散歩は初めての体験だったが、とても気分が良かった。……少なくとも、紗雪に会う前までは、だが。
 家に着くと、いつも起きる時間まで三十分は余裕があった。
机の中に残したノートを見てみることにしよう。きっと僕が残したように、アメリアの僕も、何かしらノートに残していたはずだからだ。早速自分の部屋に上がり、ノートを探してみる。
案の定、小さい引き出しにノートはあった。ノートの表紙を見ると、僕と同じ字で『タンポポの世界の僕へ』と書いてある。
やっぱり……。アメリアの世界の僕が、僕宛に書いたノートが見つかった。早速中を開いてみる。

一体何のために、世界を入れ替えられているんだろう?
そっちの君は、どう思う? 僕は正直混乱している。木曜日から世界が変わっていた。道にタンポポの花が咲いているのに気づいたからだ。そういえば、その日の朝、母さんに今日は早く学校に行くのね、と言われていた気がする。
君はどうだったか教えてほしい。また、いつそっちの世界に戻れるのだろうか。そういえば、僕が初めてこっちの世界に来た日、紗雪という女に連れられて、タンポポの世界に来たんだ。君はどうなんだ? 同じなのだろうか。
 
 僕が書いたノートと違うところが見つかった。僕がアメリアの世界にいると気づいたのは月曜日。曜日が違っているのだ。
思った通り、少しだけ現実が違っているようだ。僕は加藤に話しかけられて気づいたけど、アメリアの僕はタンポポの花を見て気づくことができたようだ。……母さんの言葉にも、おかしいと気づくことができていた。僕はほとんど母さんの言葉を聞いていなかった。ちゃんと聞いていれば、アメリアの僕と同じように木曜日の時点で気づくことができたのかもしれない。
しかし、彼と僕の微妙な違いは何なのだろう。同じことを書いているようだが、少しだけ違う。僕ではあるけれど、やはり僕と全く同じというわけではない。
 僕は、アメリアの僕に対して返事を書くことにした。赤ペンを使って、アメリアの僕の書いた文字の隣にメモを残す。筆跡は、全く同じだ。

 僕がアメリアの世界に来ていると気づいたのは月曜日だった。しかも、加藤に「来るのが遅い」と言われるまで気づかなかった。君は僕よりも気づくのが早かったようだ。
 母さんにも、木曜日の時点で君と同じように朝、「遅い」と言われたようだったが、僕はそれをちゃんと聞いていなかった。もし聞いていれば、木曜日に気づけたはずなのだが。
 
次の行を見てみると、また同じような内容が書いてあった。

君はどんな性格の人間なんだ? 
……って書いても自分でいうのは難しいよな。僕はそうだな、どんな人間なんだろう。特に目立たず話も面白くない人間……。って書くと、なんだか悲しいな。でもそんな人間だ。

 全く同じ内容を書いていることに、苦笑いする。そして赤ペンで付け足した。

 僕も同じようなことを書いた気がするよ。このままではいけない気がする。
僕らは変わっていかなきゃいけない。

次の行を見てみると、クラスメイトの名前が全員分だろうか、書いてあった。きっと僕が気づいていない間に学校でメモをして帰ってきたのだろう。……ということは、木曜日から日曜日まで、僕がアメリアの世界で体験したことと少しだけ現実が変わっているということ。アメリアの僕は、僕以上に現実を調べているようだ。
クラスメイトの名前を見ていくと、やはり漫画を貸していた杉原さんのところに印がついている。アメリアの世界には、杉原さんの代わりに田代さんがいるのだ。
そしてバスケ部の指原。指原の代わりに僕のクラスにいるのは、そうか、関根隆。他にも、僕が初めに気づいた三島君もいた。三島君はテニス部の中原と入れ替わっているようだ。名前を順に見ていくと、僕は気づかなかったが、他に二人入れ替わっていたことが分かった。気づくことができなかったのも、僕自身がクラス全員をしっかり把握していなかったのもある。
どれだけ周りを見ないで生きているんだろう。そんなことに落胆する。そしてノートに付け加えた。

杉原さんと田代さんが入れ替わっていること、指原がいること、三島君がいることは気づいた。だが誰と入れ替わっているのか、あと他の二人については気づくことができなかった。僕以上に、そっちの君は気づけているようだね。

そして、今日の朝あったことも書き足しておく。アメリアの世界でも、同じことは起こっているのかが気になったからだ。。

朝、いつもよりも一時間以上早く起きて散歩に行くことにした。そしたら歩いている途中に、あの女を見つけたんだ。紗雪って言うんだろう? このことについても、できれば教えてほしい。
そっちはどうだった? 紗雪は、「気づき始めてる。もうちょっとだから」「元に戻れるから。それは保証する」みたいなことを言っていた。元には戻れるらしい。だがまだ続くような感じだった。
気づき始めている……とは、どんなことか。周りに目を向けていくことなんだろうか。もっと大切なことがあるのかな……。

 メモを書いていると、母さんに呼ばれる。
「達也、もう朝ご飯の時間よ。早く起きてきたっていうのに、これじゃあ遅刻しちゃうわよ」
 時計を見ると、すでにいつもご飯を食べる時間を五分以上過ぎているではないか。ノートを学校のバックに押し込むと、急いで下へと降りていった。
 いつものようにご飯を食べるが、感覚を研ぎ澄ませる感じで。ゆっくりご飯を味わい、母さんや父さん、テレビの内容に耳を澄ませる。ふと、気になったことを尋ねる。
「そういえばさ、昨日までの俺、変じゃなかった?」僕は少しドキドキした。
「え? 変? あぁ、なんかやたらと質問されたけどね。少し早く家を出て行ってたし。テスト勉強だったんでしょ? それより今日の方が驚いたわ。いつもより一時間以上早く起きて散歩なんてねぇ。感心しちゃったわ」
「あぁ、まぁ。たまにはね。運動もいいかなぁと思ってさ」適当に話をごまかす。
「そういえばさ、母さんパン教室は最近どう?」
「パン教室? 行ってるわよ~。週に一回。近所の奥さんが教えてくれるのよ。また今度作ってあげるね」
「うん、食べさせて。せっかくだからさ。父さんはさぁ、また近いうちに出張とかさ、あったりするの?」
「あぁ、当分はないけど、そうだなぁ。七月当たりに一週間くらい海外出張があるかもしれない。まぁ、短いからすぐ帰ってくるけどな」
「へぇ、今度はどこに行くの?」
「今度はオーストラリアだ。お土産は何がいい?」
「うーん、オーストラリアって何が有名なんだっけ? お菓子ならなんでもいいや。甘い物。いいなぁ。海外出張ってさ。俺も行ってみたいよ」
「そうだなぁ。頻繁に生きたいなら、海外に行ける会社に入るといいよ。それか、まぁ……、今度は旅行で行きたいな。みんなで」
「そうねぇ、海外、行きたいわぁ」母さんが遠くを見つめる。
 朝から会話が弾む。今までなかったことだ。父さんと母さんは話していることはあったけど、僕は会話に入らなかったし、ほとんど聞いていなかった。ぼーっと目の前にある食べ物を味わいもせず食べ、食べ終わるまでただ口に入れていただけだったからだ。
 父さんと母さんとたっぷり話しながらご飯を食べ終えると、僕はすぐに二階へ上がった。制服に着替えてしまうと、ノートを手に取りカバンに入れた。
今日からアメリアの僕と同じ時間に家を出ることにする。電車や教室で、現実とノートと向き合うことにしよう。着替えを終えると、テレビを見るのではなく、すぐ家を出ることにした。これでアメリアの僕と同じ行動をすることになる。
「行ってきます」
「いってらっしゃい。テスト、まだ続くのねぇ」
「いや、早めに家を出ることにしようと思ってね」
「あら、そうなの。そうよね。ギリギリよりは余裕をもって行った方がいいものね。いってらっしゃい」
 家を出て駅へと歩いていく。
母さんの『余裕』という言葉が頭に引っかかる。余裕かぁ。いつもたくさん時間はあるのに、心に余裕がなかったのかもしれない。頭の中は常に考え事に占領され、心が安らぐときなんて存在してないんじゃないか。それに、母さんの話している言葉や友人たちの話していることをほとんど聞かず、ただ返事をしているだけだった。僕は一体何を考えていたのだろう。僕はどこで生きていたのだろう。現実世界に生きてはいる。だけど、本当の意味では生きていなかったんじゃないか。何と言えばいいのだろう、ただ淡々と、何も感じずに生きてきたのだ。
頭の中は……何を考えていただろうか。思い出してみると、次の授業のこと、勉強が面倒だ、あの時あれをすれば、これからどうなっていってしまうのだろう……そんな、不安や後悔、そして現状への不満が、常に頭を占領していたと思う。
……いつからだろう。これでも小さいころは楽しい毎日を過ごしていたはずだ。自分で遊びも考えたし、どんなことでも楽しめた。それがいつの間にか楽しみも感じないで生きるようになってしまったのだ。
 紗雪の言う大切なこととは、そういうこと、なんじゃないか。日常に目を向けろとか、現実をちゃんと生きろとか、そんな感じのこと。
しかし紗雪は一体何者なのだろう。宇宙人……未来人……。
何か僕とつながりがあるんだろうか。僕に何か、気づかせたいことがある人間……。いつか教えてくれるといい。とにかく今は、その大切なことに気づくまで、この世界とアメリアの世界を行き来しなくちゃいけないのかもしれない。『もう少し』彼女はそう言っていた。きっと大丈夫。だからしっかりと、現実を見るようにしていこうと思う。
 電車に乗ると早速ノートを開く。また、メモを残しておくことにした。あっちの僕にも気づいたことを伝えるために。入れ替わって、情報を交換できるように。

 今まで心に余裕がなく生きてきていた。頭の中は常に過去や未来、現状への不満ばかりが募っていた。もっと周りに目を向け、自分や他人のことを知った方がいいんじゃないか。
紗雪は宇宙人? 未来人? それとも……分からない。そっちの君は知っている?

 ここまで書いて、前のページに戻る。アメリアの僕が書いた、読みかけのメモを見るために。

母さん
裁縫、絵を描くのが好き
(アメリア) 習い事なし……?
(タンポポ) パン教室
土日
(アメリア) ?
(タンポポ) パン作り、父さんと映画

達也
(アメリアの僕)
学校から帰ってきた後→漫画、宿題
ご飯が終わった後→テレビ見て風呂
         漫画、寝る
休みの日→ゴロゴロ寝てる、テレビ、漫画、
     ゲーム、残りの宿題

 母さんの部分を見てみると、僕がアメリアの世界で知った情報と同じことが書いてある。アメリアの僕が、アメリアの母さんのところに(?)を付けているのが、僕と同じように現実を把握してない証拠に見えた。そして僕は、赤ペンでその『?』マークを消した。アメリアの母さんは、そう、習い事をしていない。
土日の部分が書いてある。アメリアの僕は、木曜日の時点で現実の違いに気づいていたから、土日も母さんたちを観察することができたのだろう。
僕の母さんのところは、パン教室と、その他には映画鑑賞の文字がある。確かにそういえば、父さんと映画を見ていたことがあった気がする。僕がアメリアの世界に行っていたときはどうだっただろう。あっちの母さんは、何をしていたのだろう。……分からない。僕はほとんど部屋に引きこもっていたから。
 僕の部分も……まるっきり同じだ。アメリアの僕も、無気力な毎日を過ごしているに違いない。僕は赤ペンでまた、付け足した。

 もっと充実した毎日にすること。
 次は浩太と父さんだ。

浩太の進路
(アメリア) ?
(タンポポ) 野球をしたい、先生に興味がある

父さん
(アメリア) ?
(タンポポ) 感熱色素 新しいものを作るのが好き

土日
(アメリア) 日曜大工
(タンポポ) 日曜大工、映画鑑賞

 僕がアメリアで聞いた浩太は、野球と他にも数学を勉強したいと言っていた。だが僕の世界の浩太の項目には、数学のことが書いていない。先生に興味があるということは、僕の世界の浩太は、数学の先生になりたいのかもしれない。
 次に父さんの項目を見る。父さんは研究の仕事をしているが、扱うものが少し違うらしい。アメリアの方は感光材料とかいうものを作っていると言っていた。でも、僕の父さんは、感熱色素を作っているのか……。専門用語なので全く分からない。あとで少し調べてみることにしよう。
父さんも土日の項目が書いてある。日曜大工は、僕の父さんもやっているから知っている。僕が小さいころから、部屋に棚を作ったり、本棚や日用品を手作りしているのだ。他に書いてあるのが映画鑑賞。父さんと母さん二人の楽しみが、きっと一緒に映画を見ることなのだろう。
思い返してみると、何度か一緒に見るかと誘われたことがあったような気がする。中学生までは一緒に見ることもあったけれど、最近は全く見ていない。今度、久しぶりに一緒に見てみようかと思う。
何かしら、心が揺り動かされることがあるかもしれない。感動が得られるかもしれない。久しぶりにドキドキが味わえるかもしれない。そう考えると、今度の週末が楽しみだと思えた。そうか。こういう感覚だ。『楽しみだ』と思える感覚。そういう感覚が、日常に少しずつでも増えていけばいいと思う。
 赤ペンを取り出し、アメリアの僕が記入した『?』を消した。そして僕がアメリアで聞いてきた内容を、浩太と父さんの項目に付け足した。

浩太
(アメリア)? 野球 数学を勉強したい

父さん
(アメリア)? 感光材料 新しいものを作るのが好き

 これでよし。次は自分の項目に移る。

達也
音楽:ビートルズが好き
国語は苦手
社会の点数は良い
数学は普通
生物の方が好き
(小さいころ)
みっちゃんを笑わせていた
芸人になりたかった
人を笑わせるのが好きだった
絵を描くのが好きだった

アメリアの僕が書いたものを見てみると、僕が書いたものより少しだけ詳しく書いてあるのが分かった。でも、数学も生物も、感じていることは同じだ。他に違うところは小さいころにはみっちゃんが追加されていること。人を笑わせることと、絵を描くのが好きなことも僕と一緒だ。赤ペンを取り出し、メモを添えた。

みっちゃんはないけど、あとは一緒

 一言書き終えたところで、次の駅のアナウンスが鳴り響いた。次が降りる駅。
 電車を降りて学校へと向かう。学校までの道のりをゆっくりと歩く。いつもギリギリの時間に着いていたため、焦って歩いていた。もちろん周りを見る余裕なんてないし、頭の中は『早く行かなきゃ』ということでいっぱいだったのだ。アメリアの僕は、僕以上にゆとりを持てていたのだろう。
学校に着くと席に座り、またノートを取り出した。誰かに見られでもしたら嫌なので、教科書と教科書の間にノートを挟み、こそこそと赤ペンで書き足した。

学校へ着くまでの時間、いつもせかせかと歩いていた。頭の中は常に、遅れないかという心配だけ。……それなら早く家を出ればいいのにな。
今日はアメリアの君と同じくらいの時間に家を出て、ゆっくりと歩いてきた。余裕があるっていうことは、今の僕には必要なことなんだと思う。

 会ったことはないアメリアの僕。敬語を使うか、ため口でいいのか少し迷ってしまう。でも、僕は僕だ。ため口でいいだろう。そんなことを考えながら苦笑いする。
メモを描き終え、ノートと教科書をしまうと、教室を見渡した。いつもと変わらぬ風景、なのだろう。今までちゃんと見てはこなかったが、楽しそうに話している女子や、一人で読書をしている者、隣のクラスの生徒が来て教科書を借りる者もいた。
チャイムが鳴る。生徒は一斉に散り散りになり、席へと戻って行く。面白い。みんなが同じように反応し、動いているのだ。
 先生が来て朝のミーティングが始まった。先生が受験の話をしている。三年生になった最近は、ほぼ毎日受験の話をしている気がする。『受験』その言葉が聞こえると、自動的に思考が止まる。僕は受験から逃げている。これからのことを考えることから逃げているのだ。それに気づくと同時に、だからこそ、考えなければいけないのだと思った。このままダラダラと答えを出すことを引き延ばしていても仕方がないだろう。
僕は再びノートを取り出し、メモを残す。

受験、いや、これからの人生を考えることから逃げていた。これからどうしていきたいのか。それを考える必要があると思う。君はどうしていきたい?
 
 アメリアの僕に問いかけるが、それと同時に自分にも問いかける。あっちの僕も、僕には変わりはない。どうしていきたいのか。それを、僕らは考える必要があるんだろう。
先生の声が聞こえてくる。
「じゃあこれで、朝のミーティングは終わります」
先生はそう言って、教室を出ていった。
ふぅ、と一息。教室を見渡してみると、次の授業の準備をしたり、話をしている。注意深く観察してみると、隣のクラスにいたはずの指原が目に写った。
あれ?
もしかして……。急いでノートの表紙を見てみる。
 ノートの表紙にはこう書いてあった。
『アメリアの世界の僕へ』

第1話:https://note.com/yumi24/n/n93607059037a
第2話:https://note.com/yumi24/n/n3bd071b346dc
第3話:https://note.com/yumi24/n/n8a0cdcc0c80b
第4話:https://note.com/yumi24/n/nc8ac115f964a
第5話:https://note.com/yumi24/n/na76adb055d59
第6話:https://note.com/yumi24/n/n6560a9cf543d
第8話:https://note.com/yumi24/n/n6c8aa5ee47f2
第9話:https://note.com/yumi24/n/n6c8aa5ee47f2
第10話:https://note.com/yumi24/n/n9d21c65b01ac
第11話:https://note.com/yumi24/n/n884c542a75fd
第12話:https://note.com/yumi24/n/n43e05c9161bd

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