青春は、内側からわからない。
真っ暗な玄関先、座り込んだ僕は結び目が2度と解けないようにきつく、きつく結ぶ。
締め付けられた足が痛みを覚えている。
けれど、その痛さは足元の一体感を感じられて、不思議と不快ではなかった。
ぽっかりと空いてしまった心とは対照的に、足元には充足感が漂っている。ただ、それは失ったものの大きさを強調するかのように、喪失感も共に連れてくる。
大学進学を決め、お祝いに買ってもらった、新しいナイキのシューズ。まだ汚れひとつ付いていない自信に満ち溢れた靴は、まるで昨日の僕のようだ。
「私たち、終わりかもね」君が言った言葉が頭を反芻する。ぐるぐる。ぐるぐる。
「終わりかもね」
僕は口に出す。かもねって何だよ。どうしたら、どんな選択をすれば、終わらなかったんだよ。
僕たちの2年間を、曖昧な言葉に濁されたことがどうしようもなく許せなくて、やるせなくて、沈んでいく。
昨日までは、いや、今日の朝、君と目があった時に逸らされた視線の先を追いかけるまでは、終わることなんて考えてもなかった。
逸らした先に理由があるのかと、必死に視線の先を追いかけた。
けど、そこにあるのは、君の優先順位が入れ替わってしまった事実だけだった。
僕たちは卒業した後も、別々の夢を追いかけることになっても、ずっと、続くと思ってた。
でも、終わってしまった。
「今日、いつものとこ行こ?」放課後、人も疎らになった教室で、彼女は言った。
僕の帰る先とは反対の、二人がよく行く公園のことだ。
君が誘うときは、いつも悪い知らせを伝えられるから、嫌な予感がしたんだ。
たわいもない、会話。いつもの公園で、いつもの会話。いつもと変わらないはずの日常にある違いは、僕と君の視線が交わらないことだけ。
彼女はすぐそばに座っているのに、何故か、遠く感じる。
その距離を誰よりも縮めることに、何よりの喜びを感じていたのに。君が遠い。
手が震える。気温以上の寒さに身を強ばらせ、これから起きることが思い違いであることを願う。
会話が止まる。正確には、彼女の返答がなくなる。
焦って喋り出そうとする僕の口と、ぐちゃぐちゃになって纏まらない思考が喧嘩する。
こういう時、何を話せばいいんだっけ。
近くの小学校でチャイムが鳴る。
2人だけだったはずの世界に、入り込んでくる。
沈黙が長引くほど、外の世界が僕たちの世界を飲み込んでいく。車の走る音、自転車のブレーキ音、子供達の叫ぶ声。
2人の世界が、だんだん希薄になっていく。
彼女がこちらに向き直る。今日初めて見る君の瞳を正面から見つめ直す。
今まで向けられた瞳とは違う。僕の話に笑って細くなった消えそうな瞳でもない。好きと言って、照れながらも視線を絡ませてくれた瞳ではなかった。
それは、そう。僕と喧嘩をした時に君が見せた、不安を抱いた瞳だ。この、関係が終わってしまう不安を。
「私たち、終わりかもね」
君が霞んでいく。あれ、なんでだろう。
世界は変わらずそこにあるのに、はっきり見ることができない。頬を伝ったナニカが涙であることを理解した時に、自分が泣いていることを知った。
感情が溢れてしまう。2人で描いてきた世界は色鮮やかに彩られていて、何にも変え難いものだったから。君とだから築くことができた世界だったから。
バカな僕は、君の前で物分かりのいい、良い人でありたくて。思ってもないのに、そうだね。って呟いたりして。
彼女は既に目線を外し、俯いている。
それは僕たちの仲が、終わりかもなんて曖昧な言葉以上に、終わってることを示していたのに。
そんなことにすら、僕は気づけなかった。
どこかで、まだ君が僕のことを見捨ててないと思ってた。
けれど、「バイバイ」って言われて、君が僕の世界から消えた時に、初めて君の本当の気持ちがわかった。
君がいない世界はモノクロだなんて、どっかのバンドマンが叫んでたけど、嘘だ。足元を彩るシューズは淡い青を主張している。
足元を一瞥して、家を飛び出す。
心地よい風が僕を包みこんでいく。
準備運動をすることもなく走り出した身体は、悲鳴を上げているけど、気にしない。
君と作り上げた世界は消えてしまった。
無駄だとわかっているのに、また一歩を踏み出す。走ったところで2人の世界に近づけるわけでもない。わかっているのに。わかってるのに。わかってるんだよ!
肺が痛くて、足が痛くて、心が、痛い。
酸素が足りなくなって、視界が霞んでいく。
思い出さないようにすればするほど、楽しかった記憶が脳内を駆け巡る。
崩壊してしまった涙腺に、コンビニの光が照らされ、すれ違う人たちは好奇の目をぶつけてくる。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったまま、走り続ける。
君との世界に近づけるわけもないのに。
2020年12月7日
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