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ミドリの森(まとめ読みはこちらから)

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ずっと前から書きためていた連作短編です。ノワールを描きたかった。すごいスロースピードで更新していたものです。やっと完結しました。まとめ読みができます。
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記事一覧

ミドリの森12 「ミドリ」

ミドリの森12 「ミドリ」


連作ですが、一話ずつ読めます。
そして今回が最終回です。

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より子ママの店に「For Rent」の看板がかかった。

より子ママはどこに行ったんだろう? ホスピス? それとももっと遠い場所?
今更なのだがわたしは、より子ママの連絡先を知らなかった。

「すごく強い痛み止めがあるんだよ、おかげでこうしてお店の片付けができる」

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ミドリの森 11 ミドリ

ミドリの森 11 ミドリ

※ 書きかけの小説を少しずつアップしています。
完結させるためのエネルギーにしたくて。
連作ですが、一話ずつ読めます

シャワーを浴びていたら、足もとに真っ赤な鮮血が落ちた。
あざやかな赤が、きれいな形になりそこねた花火のようにタイルに飛び散る。
痛みはない。
こころあたりはある。
シャワーでその赤い血を洗い流した。

それから、赤い血の「こころあたりのある場所」を指でさわってみた。
少し粘り気の

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ミドリの森10  サトミ3

ミドリの森10  サトミ3

※ 書きかけの小説を少しずつアップしています。
完結させるためのエネルギーにしたくて。
連作ですが、一話ずつ読めます

わたしはきっと処女のまま死ぬんだろう。

そうにちがいない、わたしは処女じゃないわたしを想像できない。出会いも何もない。わたしは死ぬまでこのままだ。処女のまま私は死ぬのだ。
なぜか、急にそう思って、息が詰まりそうになった。
いろんなところで見聞きするセックスなるものの、動作ややり

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「ミドリの森9」 ナコ5

「ミドリの森9」 ナコ5

※ 書きかけの小説を少しずつアップしています。
完結させるためのエネルギーにしたくて。
連作ですが、一話ずつ読めます

*     *     *

短く息を吸い、そして呼吸を止める。
空気の流れがなくなり真空が広がった。
磨きあげて、色のないわたしの爪。
そこに、あの日の淡いブルーの空の色を一気に塗った。

金曜日。
休暇を終えて仕事に出て、ひさしぶりに、ミドリさんとわたしが顔を合わせ、そして遅

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「ミドリの森 8 」 ナコ4

「ミドリの森 8 」 ナコ4

※ 書きかけの小説を少しずつアップしています。
完結させるためのエネルギーにしたくて。
連作ですが、一話ずつ読めます

晴れた日の午後。暑くもなく寒くもなく風もおだやかで、秋の空はかぎりなく広い。
そこに1本の白い煙が、迷いもなくすっと天を目指して登っていった。
別れはそれなりの空洞を残したけれど、精一杯手を振って見送りたくなるような清々しさがあった。
わたしは今、母が焼かれて天に上っていくのを見

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ミドリの森 7 (ナコ3)

ミドリの森 7 (ナコ3)

(連作ですが、一話ずつ読めます)

久しぶりの実家はなんだかとても落ち着かなかった。

幼い頃に母と引っ越してきた古びたアパートの2階の1DK 。何年もここで布団を並べて寝ていたはずなのに。懐かしさも何も感じない。
絵を描いてたテーブルは今も健在だった。
ぺらぺらの落書き帳とクレヨンを広げていたテーブル。母の帰りを待つ時間に、わたしが熱中していた小さな宇宙。最後は書き込みすぎて、くしゃくしゃになる

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ミドリの森」6 ミドリ  「ウソツキドリ」

ミドリの森」6 ミドリ  「ウソツキドリ」

(連作ですが、1話ずつ読めます)

「ウソツキドリがさ、いつのまにか、ここからいなくなったんだよね」
ヨリ子ママが自分の胸に指をあててそう言った。指のあいだからタバコの煙がふわっとひとすじ昇っていく。

ミドリ以外の客はいない。カウンター席もたったふたつのボックス席も空っぽだ。
仕事の帰りに滝のような夕立が降ってきて、折り畳み傘では肩もくるぶしもずぶ濡れになった。それでこの古びた店に飛び込ん

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「ミドリの森」5  サトミ2

わたしは、どうして何も与えられなかったのだろう?

お店の中でミドリさんは話術の天才だ。完璧な技術と素敵な会話でお客さまをいい気分にさせてくれる。
奈津子さんはアートの天才だ。大胆なデザインで人を魅了する。
ふたりとも「ネイルサロンドルチェ」にはなくてはならない人たちだ。

わたしはどう?
わたしが担当した人は「ああ、一番ヘタな人に当たっちゃったよ」って思ってるにちがいない。
たった爪一枚の狭い世

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「ミドリの森」4 ナコ2

「ミドリの森」4 ナコ2

「あなたのパートナーは、正直、おすすめできない方だとわたしは思います」

婦人科の年配の女医は、わたしの顔を見ながらそう言った。

「あなたが感じている違和感は、性行為感染症によるものです。薬を処方しますのできちんと飲んでください。この病気は男性は媒体となるだけで発症しません。つまり、どこかの女性の病気が、あなたのパートナーを経由してあなたに来たというわけです。彼にきちんとそのことを話して、病院へ

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「ミドリの森」 3

「ミドリの森」 3

 ナコ

早川奈津子という自分の名前が嫌いなわけじゃない。
だけど、ナコと呼ばれるのが一番好きだ。
幼稚園の頃に母と別れた父はいつもわたしの事をそう呼んでくれていた。

その男を好きになるのに時間はかからなかった。
「どう呼んだらいいの?」と尋ねてくれたから。おかげでわたしは「ナコ」という名をもう一度手に入れられた。

母が仕事で遅く帰ってくるまでのあいだ、絵を描いてすごした。太陽の絵、花の絵、キ

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ミドリの森 2

ミドリの森 2

ミドリ

目覚めたら、天井の色がいつもとちがってた。
私の部屋の木目の天井ではない、白いクロス貼りではないか。どうして私はこんなところにいるんだろう?
つぎに、誰かの気配で自分が目覚めたことに気づいた。

カラダの中からクチュクチュって音がする。私の水音だ。知らない指先が、その水音を確かめているのだ。
そして、確かめ終えると、今度は私をこじあけていった。
自分でも意外なくらいスルスルと、ヘビが私の

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ミドリの森 1

ミドリの森 1

* サトミ

朝、出勤するとミドリ先輩はもう出社していた。キラキラ光るネイルの並んだショーケースの上を乾いた布で熱心に拭いている。

あれ? わたしが早番でミドリ先輩が遅番では? 一瞬考えて、壁のシフト表を見ようとすると、ミドリ先輩が顔をあげた。
「あ、びっくりした? ごめんね。早く来すぎただけなのよ」
あいかわらず隙のない化粧だ。塗りすぎて見えない透明な肌に、これまたシアーなブラウン系のチーク。

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