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「I」で語られる伝承料理と「We」で語られる伝承料理(We)

津軽のお母さんグループを訪ねて

冬の始まりには、青森の津軽地方へ料理の提供を通して郷土の食文化の伝承を続けるグループを訪ねた。秋の終わりに岩手県北部で出会った体験の後のこと。その存在は”郷土料理保存会”界の代表のひとつと見ていて、いつか訪ねたいと思っていた。

ここに「I」で語られる伝承料理と「We」で語られる伝承料理という発見があった。津軽のお母さんたちがAKBなら、八幡平のお母さんは安室奈美恵なのである。

海が近く米どころでもある津軽、同じように冬の厳しい東北地方と言っても地形と風土の背景による条件の違いは大きく、培われた料理もずいぶんと違う。

民家を改修したしつらえで、玄関を入るとすぐに客席、その奥にしっかりと整備された広くて衛生的な調理場がある。そこにグループを構成する女性たちが集まって土地の料理をつくっている。レシピは、20年ほど前から地域のお年寄りを訪ねては調査記録してまとめてきたものだそう。地域の食の知恵を後世へ伝えるために、つくり続け、提供されている。それを味わうことができるとあって、全国から予約客が訪れる。隣の席の年配グループのみなさんも、待ちに待ったという感じで嬉々として席についていた。

津軽の料理は菜食中心(魚は含むがお肉は見当たらない)。それでも、そのバリエーションは広く200以上。野菜や果物、豆、山菜やキノコを使った料理の味は、冬を越すために培われた発酵・塩蔵・乾燥さまざまな保存の知恵と、油脂や砂糖には頼らないうまみ使いの技が支えている。それを冬の間にどう楽しみ尽そうかと工夫を凝らさてきたことが感じる意外性が加わって、並んだ小鉢の一鉢ずつに「あ、こっちはこういう感じなのね!」と発見する喜びがある。

在来のもの、旬のもの、保存のもの、一つずつにストーリーがある

土地の記憶をリレーする「We」で語られる伝承料理

料理についてたずねた時、どのお母さんもゆっくりと丁寧に「この地域では〜」と話してくれた。その主語に感じるのは「We(私たち)」。言葉を選ぶご本人とグループのみなさん、そしてこの料理を先に伝承してくださった地域の方、さらにその前の時代を生きた人たちすらも含めての「We」。時代から時代へと守ったバトンを、そのまま次に送れるように、相手が受け止めてくれるようにという主語。

「We」で語られる伝承料理と「I」で語られる伝承料理、それぞれの魅力がある。津軽のお母さんたちがAKBなら、八幡平のお母さんは安室奈美恵なのである。

特別に調理場に回らせてもらい、作業の合間のお母さんたちとのお茶の時間。おしゃべりのなかで、教えてくれた活動への思い。

「昔から、桜の花がきれいに咲いたら その木の下にござを敷いてそれぞれの料理を抱えて集まって、みんな座って一緒に食べた。お酒を飲んで踊って、手をたたいて笑い合う。そんなふうに一緒に食べると、心がつながるでしょう。そのつながりを繋いでいきたいと思うの」

自分が作らなくても、自分が食べなくても、人が食を囲む光景にずっと心惹かれるのは、作るという表現の行為と食べるという感受の行為の両方があって時間の記憶になるから。そしてその記憶が伝承したいという気持ちをつくるのだと思う。私がいつまで経っても調理に深みを持たず、「共食」の風景や仕掛けをつくることばかりに惹かれてそこばかりが深くなっていくのは、その記憶づくりに惹かれるからかもしれない。

オススメ

今回訪ねた『津軽伝承料理』の「津軽あかつきの会」さんの活動についてその調理文化やレシピについて深く知りたいと思われた方には私も予習として読んで行った書籍がオススメです。旅前の入門的予習から、旅後の理解としての復習、そして実際に料理してみる楽しさが詰まっています。購入の価値あり。オススメ。


どちらがどちらに習うこともない、習わないでいて欲しい唯一無二の存在

”郷土料理保存会”というものはきっと日本各地にたくさんあって、地域で”郷土食の匠”としてリスペクトされるお母さんもたくさんいて、それはいつも私が旅先で会いたいと思う存在である。旅前には、そういう人がいるか何か体験の形があるかなどリサーチする。

行政のみなさんと仕事をしていると、いろいろな意見が聞こえてくる。
それは、「保存会の活動の後継者づくりをしたい」「明文化、可視化して、良質な記録として残したい」といったものから、「保存会の知名度をあげたい」というもの、「運営持続のため体験型や提供型で収益化できないか」というのがよく聞こえるものだ。おそらく最も良質にこれを実践しているモデルケースが今回の津軽あかつきの会のみなさんだと思う。

それでもこの時、大きく分ければ近い地域で同じように食文化に向き合う2つの姿を見せていただいて、この存在に2つとして同じ存在はないのだと思った。「I」で語る伝承料理と、「We」で語る伝承料理。そのどちらからも教えていただけることがあった。これをひとくくりにしない仕事、同じではないと認識できる仕事ができる人でありたいと思う貴重な機会だった。

旅から与えられるもの

なぜ、わざわざマス向けではない旅を地域の方とつくりたいと思うのか。はっきり言って旅行商材はマスに向けないと儲からない。それでも、地域観光メディアを作る、ブランディングというお仕事を担う時、着地のひとつとしてやるべきことだと思っている。それは、旅をライフワークとすることで与えてもらうことがたくさんあるから。そして、そういう旅の商材がとても少ないために、自分で体験をつくることができる人とそうでない人が出会える機会にとても差があると感じているから。美しいメディアや気軽に使えるメディアがいくつもあるこの時代のなかで、編集者として旅は感触と記憶までも届けられる最高のメディアだと思っている。春夏も良い旅を編集したい。

たらくさ文化旅行舎がつくる旅の紹介はたらくさ文化旅行舎のnoteから


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