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ショートストーリーまとめ。

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【小説】毎週ショートショートnote&シロクマ文芸部&他短編小説。400〜2000字程度。
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記事一覧

【掌編】流星グランプリ #秋ピリカグランプリ2024

【掌編】流星グランプリ #秋ピリカグランプリ2024

今までにないくらいの手応えを二人は感じている。繰り出すボケの一つ一つに、笑いが絶えない。センターマイク向かって左、ツッコミのイイダテは、それを恐ろしく思うくらいにふわふわとしている。こいつ、たぶん、ゾーンに入ってる。イイダテは向かって右、サワタリのボケの一つ一つを掬い取る。絶対、優勝できる! 向かい合ったとき、お互いの目はそう言っていた。そのときだ。

――パタン。

それはサワタリのポケットから

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【掌編】バージンロード

【掌編】バージンロード

ほらね。と、さぞ当たり前かのような言い方を岡本君はする。いやいやいや、え? なに? えっと、マジック? 最初はこんなふうにリアクションしていた5分前の僕はもういない。

「たぶん、宇宙に行ったと思うんだよ」

小高い丘から投げた紙ヒコーキが、旋回しながら飛んでいき、必ず同じところで消えていく。何度やってもそうだから、岡本君はもうそれを受け入れている。

「宇宙のどこに?」
「探しにいこうかなあ」

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【掌編】パスタでも食べにおいでよ #シロクマ文芸部

【掌編】パスタでも食べにおいでよ #シロクマ文芸部

レモンから滴り落ちる香りが、鼻の奥に漂っている。この部屋にはレモンはないから、これはきっと記憶の香りだ。夫と離婚の話し合いをしながら今、わたしは7年前の元カレとの別れ話を思い出している。心がここにはないような証明のように、舞台が暗転して過去になる。

「それは、もう、そういうことなんだよね」

パスタにかけたレモンが絶妙に口の中で踊っている。章くんのセリフもまた、絶妙だと、思ってしまう。

「うん

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毎日超短話673「海のピ」#毎週ショートショートnote

毎日超短話673「海のピ」#毎週ショートショートnote

「ねえねえ、海のピなんだからさあ、海に行かない?」
「えー、海のピって言ったってさ、ここから海まで何時間かかると思ってるの?」
「いいじゃん、旅行だと思えば〜」
「旅行だなんて、母のピが許してくれないよ」
「え、別に恋人同士でもないのに」
「恋人に見られるんだよ、異性っていうだけで。うちの母のピは、そういうタイプなんだよ」
「そうなのかー、うちなんて、母のピ、父のピ、猫のピすらも干渉しないけどなあ

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【ピリカ文庫】金色の船

【ピリカ文庫】金色の船

本当に心臓が破れるかもしれない。「心臓破りの坂」に入ったところで、彼はそう思った。テレビカメラは彼の苦悶の表情を映している。あ、でも赤ちゃんのときは、心臓が破れていたんだっけ。覚えていないけど、両親がしきりにそんな話をしていたことを彼は思い出している。

「イチゴとレモンとメロン、どれにしますか」

手術室の前で麻酔科医が彼の両親に聞く。質問の意図がよくわからずに彼の両親は、困惑している。彼はメロ

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毎日超短話561「桜回線」 #毎週ショートショートnote

毎日超短話561「桜回線」 #毎週ショートショートnote

「声は一瞬で届くのに、桜前線はゆっくり北上するね」

開花宣言はまだ出ていないけれど、チラホラと桜が咲きはじめている。そのことを遠距離恋愛中の恋人に話そうと、電話をかけた。彼女の町に桜が咲くのはまだずっと先のことだ。

「ほんとだよ、声は一瞬なのにね。俺前線も一瞬で北上できたらいいのになあ」

ぼくがそう返事をすると彼女は、「一瞬で来れたら困るから」と笑った。浮気でもしてるんじゃないの? って冗談

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毎日超短話510「青赤写真店」 #シロクマ文芸部

毎日超短話510「青赤写真店」 #シロクマ文芸部

「青写真と赤写真、どちらにいたしますか?」

フィルムを現像してもらおと写真屋に行くと、そう聞かれた。普通に現像してもらいたいのだけど、看板に「青赤写真店」と書いてあったのを思い出す。

「えっと……」と戸惑っていると、「青写真は未来を、赤写真は過去を願っているように現像できます」とにこやかに写真屋は案内する。

確かこのフィルムは少し前、母の写真を撮った。入院している母親が映っているはずで、青写

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毎日超短話496「雪化粧」 #シロクマ文芸部

毎日超短話496「雪化粧」 #シロクマ文芸部

雪化粧するかなあ。と彼女が言って、そうだねえとぼくは答えている。空からは今まさに、雪が降り出したところだ。

「あたしさ、アイスバーンを滑るの得意でさ、学校行くとき密かにタイム図ってるさ」

雪化粧よりも、アイスバーンになるのを彼女は期待しているようだった。明日雪が積もったら、とぼくは言う。

「コーラをばら撒いて、コーラバーンにしてみない?」
「なにさ、それ。それで自己新出たら、ドーピングだわ」

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【カバー小説】足が速いOL 原作:椎名ピザさん

【カバー小説】足が速いOL 原作:椎名ピザさん

こちらの小説をアレンジカバーさせて頂いてます↓

あいつは仕事が遅い。わたしはまわりからそんな陰口を言われているみたい。仕事が遅いのは自分でも自覚をしているし、まわりから言われるのも仕方がないとは思っているけど、遅いのは仕事だけじゃないんだよなあ。

ランチでもまわりよりも遅く食べ終わる。早口で同僚たちは、次の選挙でどの政党が良いとか悪いとか、今やっている4年に一度のスポーツの祭典で日本がメダルを

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【短編】ジャムとカレー

【短編】ジャムとカレー

新しい顔だよ、と言われて受け入れるのはアンパンマンくらいだと思う。アンパンマンではないわたしは、「新しいお父さんだよ」と言われても、その人がジャムおじさんにしか思えなかった。以来、その人を「ジャムおじさん」と心の中で呼んでいるわけだけども。

そのジャムおじさんに、今朝はイライラをぶつけてしまった。昨日の残りのカレーを食べながら、ジャムおじさんは、ソースをかけたのだ。

「一晩かけたカレーはおいし

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毎日超短話439「詩と暮らす」 #シロクマ文芸部

毎日超短話439「詩と暮らす」 #シロクマ文芸部

詩と暮らすようになって4年が過ぎようとしている。2年目のころは饒舌で、詩は小説になった。3年目になると詩は散文になり、短歌になり、俳句になり、川柳になり、今は単語になった。時が経つたび会話が減っていくのは、そろそろ潮時ということか。愛は四年で終わると誰かが言っていたし。

「また詩になってほしいから、別れよう」

と、切り出すと詩は「うん」と頷きだけした。それから両手を忙しくなく動かした。

あな

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毎日超短話433「バクタクシー」 #シロクマ文芸部

毎日超短話433「バクタクシー」 #シロクマ文芸部

「逃げる夢が追いかけてくるんです」と、お客さんが言い出す。タクシー運転手の私からすると、おそらく酔っているのだろうと思い、そうなんですね、と当たり障りのない相槌を打つ。

「どうしたらいいですか?」との問には「止まったらいいんじゃないですか」と答える。

「止まったら、追いつかれてしまって、怖いんです。逃げるのを追いかけるのが楽しいのに」

「よかったら、食べましょうか、その夢」

そう言うと、お

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【短編】チーズケーキ #シロクマ文芸部

【短編】チーズケーキ #シロクマ文芸部

誕生日にはチーズケーキと決まっている私の家系に生まれた娘。 彼女の誕生日もチーズケーキでお祝いするのは当然のこと。1歳になった娘に、夫は言葉を漏らす。

「あと何回チーズケーキを食べたら、この子は家を出てしまうのかな」

生まれたころに父親を亡くし、母親の手で育てられた私には「父親」という存在がよくわからない。

「父親って、 そんなことを思うんだ」
「そんなことを思うのは、はじめてだよ」

そん

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ごはん侍×パンナイト #毎週ショートショートnote

ごはん侍×パンナイト #毎週ショートショートnote

ごはん侍が刀を抜いて、パンをおにぎりに変えたのを、ぼくは見た。そしたら今度は、別の侍、というか騎士がやってきて、剣を杖にして魔法をかけた。

「我はパンナイト。今日は休日ではないか。優雅な朝はパンと決まっておるのだよ、さあ、パンと牛乳を食したまえ」

と、おにぎりはまたパンに変わった。

「何をする! この子は大和の子であるぞ! パンで侍になれるものか!」

と、ごはん侍が、またパンをおにぎりにし

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