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「直感」文学

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「直感的」な文学作品を掲載した、ショートショート小説です。
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2018年8月の記事一覧

「直感」文学 *消化の苦痛*

「直感」文学 *消化の苦痛*

 今日は食い過ぎた。
 とにかく今日は、食い過ぎてしまった。

 腹ははち切れんばかりに膨らみ、少しでも気を許してしまえば、滝のように逆流を起こしそうだった。
「うっぷ……」
いや大丈夫。まだ出そうにはない。……しかしだ、どうも胃のあたりがキリキリと痛むのであった。
「うっぷ……」
いや出ない、出ない、出ない。そう願えば、簡単に出てきはしないだろう。

 圧迫された胃袋の中で、今にも爆発しそうなも

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「直感」文学 *愛すべき欠陥品*

「直感」文学 *愛すべき欠陥品*

 忘れ物は、私と切っても切れない関係でいる。
「人間って欠陥品だと思う。だってコンピュータみたいに物事を完璧にこなせないんだ」
サトルはそんなことを言って、私から離れていった。
「完璧にこなせない、完璧じゃないからこそ、愛らしいんじゃない」
なんて言葉その時に言えればよかったのに、それを思いついたのはサトルが私から離れて一ヶ月も経った後だった。
「君は本当に忘れっぽい人だ」
彼の言葉は私の心に重く

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「直感」文学 *久しぶりの晴れ間*

「直感」文学 *久しぶりの晴れ間*

 雨が降り続いた一週間が終わり、ようやく晴れ間が覗いた。
 一週間ぶりの晴れは、なぜだか私の心を穏やかにし、その安定の中へとゆっくり引っ張っていくのだった。
 雨は好きなのに、雨が好きなのに。

「やっと晴れたわね!洗濯物溜まってるんだから!」
お母さんは嬉しそうに、洗濯かごの中の衣類を洗濯機に詰め込んだ。

「天気も良いし、打ちっ放しでも行くかなー」
お父さんは、久しぶりに重い腰を上げているみた

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「直感」文学 *空に浮かぶ風船*

「直感」文学 *空に浮かぶ風船*

 それは、大きな風船だった。ゆらゆらと揺れながら天に昇るさまは、どこか美しくもあって、私はその青い風船に見惚れてしまっていた。空よりも濃く、だけど曇り空に降る雨よりも薄い色だった。
 あの風船、どこで配っているんだろう?
 それが分かったからって別に貰いに行く訳でもないのに、私はそれが気になって仕方ない。それに、誰があの風船を手放してしまったんだろう。あんなに可憐な風船。私だったら絶対に離さないっ

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「直感」文学 *見えない敵*

「直感」文学 *見えない敵*

 あいつはいつも突然やってきて、僕の苦悩の中に落とし込んでいく。突然で、しかも毎日やってくるのだった。
 あいつはいつも僕の邪魔をする。邪魔をしては、僕の動きだって止めてしまう。
 決まり切った時間だというのなら、僕にだってまだ少しの救いがあったのかもしれない。それが先に分かっているというのであれば、対策のしようだってあるもんだ。
 だけどあいつの動きはどうも読めない。だってあいつは突然だから。そ

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「直感」文学 *どこかのご飯*

「直感」文学 *どこかのご飯*

 匂いはどこか独特で、見た目だって良いもんじゃない。ただ味だけは美味しかった。
 昨日、名前も知らない古民家で食べたご飯。名前だって分かりはしない。ただそれが茶色かったことと、素晴らしい舌触り以外は僕の記憶に残っていなかった。
 あれはなんだったのか……。
「茶色くて、……こう、どこかパサパサしてるんだよ」
僕がそう伝えると、彼女は怪訝な顔をする。
「そんな説明で分かる人なんているの?」
ごもっと

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「直感」文学 *なまたまごやきたまご*

「直感」文学 *なまたまごやきたまご*

 私は昔、ある一定の時期に生玉子が食べられなくなった。それよりもっと前は大好きだったものが、突然受け入れられなくなる感覚は、どこか人間関係にも似ているように思えたり……、というのは別にどうだっていい。
 生玉子はなぜか、私に〝ひよこ〟を連想させた。そこにあった命をまるっと一つ食べてしまっているみたいな感覚に囚われ、生玉子を食べている自分が猟奇的殺人者にも思えて、どこか気が引ける。ただただ気持ち悪い

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「直感」文学 *だけど、まだ*

「直感」文学 *だけど、まだ*

 風が吹いた場所で、僕は一つのことを思った。
〝ああ、今、この場所に俺はいるんだ〟って。
馬鹿らしいと思うだろう?それに、なんぜ風が吹いたらなんて思うのだろう?
疑問は疑問のままとって置いて欲しい。だって僕にだって答えなんて出ていないのだから。

「人生が綺麗なまま終われるって、誰か思ってる人なんているのかな?」
ひよりは、そう言った。目の前に座る僕に向かって。
「人生ってさ、そんな綺麗なものじゃ

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「直感」文学 *輝いていた時間*

「直感」文学 *輝いていた時間*

 テープのようにぴったりと貼り付いて離れない。
「もっとくっつけないのかな」
もうこれ以上どうやってくっつくというのだ。と真に思わせるくらいに彼女は僕のすぐ側にいる。
「もう無理だこれ以上」
「だって、まだこんなに離れてるのに」
何をどう見たら離れているというのだろう。僕たちはこれ以上ないくらいにくっついているじゃないか。
「ごめん、ちょっと離れて欲しい。トイレに行きたい」
「無理」
「いや、こっ

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「直感」文学 *気付けば、空*

「直感」文学 *気付けば、空*

「東京って星が見えないんじゃなかったっけ?」
僕の部屋のベランダから体を乗り出して空を見上げた彼女はそう言った。
「東京って言っても、ここは端っこの方だから」
僕は暖かくなった部屋の中で、彼女の背中を見ながらそう言った。
 
 昨日、彼女が東京に来た。東京は初めてだと言う。
 僕たちは元々地方の中学、高校と同級生だったけど、僕は進学のため上京し、彼女は地元の大学に進学した。こうして僕たちが離れ離れ

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「直感」文学 *栞のことば*

「直感」文学 *栞のことば*

 中古で買った文庫の中に、「栞」を見つけた。なんてことない出版社の名前でも入っているようなものであるのなら、気にも留めなかっただろう。だけどその「栞」には、出版社の名など書かれてはいない。そこには、白紙の紙に筆ペンで「ありがとう」と書かれていた。ただのメモ書きだと思わなかったのは、世の中にある「栞」同様に厚紙で、サイズもそれとそっくりだったからだと思う。
 だけどそこにあったのは、レーザーやインク

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「直感」文学 *遠くから見た、いつもの人*

「直感」文学 *遠くから見た、いつもの人*

 同じ家に住んで、同じものを食べて、同じ布団で寝てる。
 僕はあの人のこと、ほとんど全てを知っているって思ってた。

 偶然、彼女を街で見かけた。出版社で働く彼女は、いくつもの書類を腕に抱え、もう片方の手には携帯電話を持ち電話をしている。渋谷の街を忙しなく歩く彼女は、いつも家で見るグータラな彼女とは一味も二味も違った。
 テレビは付けっぱなしで寝ちゃうし、布団はちゃんと掛けてない。トイレを出た後は

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「直感」文学 *寒いからさ*

「直感」文学 *寒いからさ*

 風が冷たい、優しく撫でるようなものなんかじゃない。これは、肌を痛めつけるようなもんだ。
「寒いなぁ」
隣でユリはそう言った。顔が埋もれてしまうくらいに分厚く、長いマフラーをぐるぐると巻きつけているのに、その隙間から見える頬は赤く染まっていた。それだけでも寒さが伝わってくる。
「冬、早く終わらないかなぁ」
僕は彼女にそう答えた。吐いた息は白く、風にさらわれてすぐに見えなくなってしまう。
「冬、好き

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「直感」文学 *風向きが変わる*

「直感」文学 *風向きが変わる*

 風向きが変わった。
 そう思ったのは、ただそう思いたいと自分が勝手に考えていたからかもしれない。
「今年一年は、とても空虚に過ぎ去っていったわ。泡がはじけるみたいに」
僕がまだ子供だった時に言った、母の言葉が今でも忘れられない。もうずっと前の言葉だ。それなのに、頭の中に残るシミみたいに、いつまでもその場所を占拠していたのだった。
「ねえ、今年一年はどんな年だった?」
妻は僕にそう聞いた。
「そう

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