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「直感」文学 *栞のことば*

 中古で買った文庫の中に、「栞」を見つけた。なんてことない出版社の名前でも入っているようなものであるのなら、気にも留めなかっただろう。だけどその「栞」には、出版社の名など書かれてはいない。そこには、白紙の紙に筆ペンで「ありがとう」と書かれていた。ただのメモ書きだと思わなかったのは、世の中にある「栞」同様に厚紙で、サイズもそれとそっくりだったからだと思う。
 だけどそこにあったのは、レーザーやインクでプリントされた販促的要素を含むありきたりなものではなく、自筆で書かれた「ありがとう」だけだった。
 
 誰がいつ、どんな意図を持ってこんなものを挟んだのかは分かるはずもない。逸そ、中古書店に戻りこの文庫を売ったのは誰ですか?とでも聞いてみたい気持ちに駆られたが、そんなことを聞いたって店員だって困るだけだ。もしこ顧客情報を店が持っていたとしても、突如現れた僕のような人間に教える義務はないし、個人情報の問題もあるからそうやすやすと教えることは出来ないはずだ。

 僕はその栞をふと眺め、そしてこの栞がどういう流れに乗って僕のところまで運ばれてきたかを考える。だけど僕の想像力では大したことは考えられなかった。突然思い立って別の文庫にその「栞」を挟む。栞はほとんど存在感を出さぬように、綺麗に本を閉じさせた。そして今持っている本に〝一般的な栞〟を挟んだ。だけどなぜかそれに抵抗を感じ、僕は何かとても大きな間違いをしてしまっているのではないかという気持ちになってくる。
 しょうがない。「ありがとう」と書かれた栞を元あった文庫に戻し、僕はその本を閉じた。いつかこれが売られてしまった時、次にこれを目にする人のことを薄ぼんやりと考えていた。だけどやっぱり、大したことは考えられなかった。

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