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異国の旅人は金目鯛5切れを“ペルリ”と食べて、下田。

思い出す、ある春の休日。ふと海を眺めたくなった。横浜から電車に揺られて辿り着いたは下田。「思い立ったが吉日」な私の旅に相応しい、よく晴れた朝だった。

この地の名物であり、好物の金目鯛が目当ての一つであった。人だかりができた店の前で足を止め、ボードに名前を書いたあと30分ほど待っただろうか。待ちくたびれたところに欲張りな性格も合わさって、煮つけも刺身も堪能できるスペシャルな定食を頼んだ。すると、店のおばちゃんがちょっと気まずそうに口を開いた。

「今朝は金目鯛の漁獲量が少なかったから、本来なら5切れなんだけど、2切れはほかの鯛にさせてもらってるんだよね。それでもいい?」

刺身も食べたいならほかに道なし。3切れでも、と頷いた。

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定食が運ばれてきて「いただきます」と手を合わせたそのときだ。スーツケースを手にした韓国人の青年が入店、隣のテーブルへ。それから私と同じ定食を注文した。しかし、おばちゃんの様子が異なる。

(説明しないと! 2切れは違う鯛になるんでしょう?)

私は念を飛ばしたのだが、どうしたことか。そのままスタスタと厨房に向かい、「板長、金目鯛定食1つ! 説明できないので5切れで!」。

いやはや、どうしたことか。箸が転げたとて笑えないアラフォー女は、衝撃で手を滑らせ転がした箸に引き笑う。

金目鯛の刺身2切れ。ほかの客にバレないようこっそり出さなかったことは褒められた行為ではない。しかし、ほかの刺身をこっそり紛れ込ませたまま出さなかったのは褒められるべき、かもしれない。いずれにせよ、すべてに嘘がない下田のおばちゃんは憎めない人であった。

金目鯛の刺身2切れ。何も知ることなく一眼レフで写真を撮り、無邪気に頬張っている隣国の青年。

金目鯛の刺身2切れ。すべてを知りながらも、この地が誇るその赤い魚が日本での忘れ得ぬ思い出となるのなら、と怨念を捨てた自国の女。

関係があるようでない、しかし、平行線のようで交わっている。そんな二人が並んで金目鯛の刺身を見つめる様は滑稽で。私は転がした箸を再び手に取り、ニヤリと笑った。

自分もお目当てだった地の食を異国の旅人がおいしそうに味わっている。それは何とも嬉しく、誇らしくさえあった。完全に海を越え、心が開いた瞬間。これぞ”開港”――。問いかけてみるも、ペリーは“閉口”し、遠くを見つめたままであった。

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金目鯛の刺身2切れ。たかが2切れ、されど2切れ。「刺身2切れで何をごちゃごちゃと……」と2切れを笑う者は2切れに泣くことになるのであるから、どうか気を付けられたし(笑)。

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風情を感じさせ、人の流れも穏やかな下田。リフレッシュするにはよき地である。次に訪れるときは金目鯛5切れを“ペルリ”と平らげたいものだ。

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