【第25話】脱サラ夫は、猪骨(ししこつ)ラーメンに賭けるのだ
10年のサラリーマン生活に別れを告げ、「地域おこし協力隊」となった夫。それからたった8カ月で、まさか、ここまで形になるとは思っちゃいなかったよ。
11月26日 新宿ネイキッドロフト、大盛況のうちに幕を閉じた「猪骨(ししこつ)ラーメン実食祭」のことである。夫、初めてのイベント主催でよく頑張りました。え、何? 猪ってあのイノシシ? とりあえず旨いのそれ!? と疑問符いっぱいのあなたには、まずブツをお見せしましょう。
どぉぉーん。こんなヤツです! 自信持って言います。旨いです!
素材は、我が大三島で獲れた野生のイノシシ。その骨で出汁をとり、肉はチャーシューに。スープは大三島名産である「伯方の塩」で味付け、さらに柑橘の島が誇る有機無農薬のレモンを絞れば――、もう箸が止まらないっすよ。あとは本能のままに麺をすするのみ。
え、臭いんじゃないかって? ノーノ―。解体スキルを持った人がきちんと捌いた肉に、ほとんど匂いはないのである。むしろ油もさらっとしていて、豚よりは鳥に近い。コクのあるフォーのような味わいは女性からの支持も厚く、おかわりしちゃう人も続出の出来栄えなのだ。
◇美味しく険しい「棘の道」
この「猪骨ラーメン」は、夫である吉井涼が地域おこし協力隊になって、イチから作り上げたものである。
目的は、害獣の活用。今や全国の農業界を悩ませているイノシシだけど、いくら「駆除」とはいえ、彼らの命をただいたずらに奪うのは忍びない――ということで、その肉体を余すことなく活用するための「しまなみイノシシ活用隊」という組織が、移住先の大三島には5年ほど前から存在していた。肉は食材や加工品として、皮は財布などのレザー製品としてすでに流通している。で、残るは骨と内臓。なんと、ほとんどは農地などの土の中にそのまま埋めちゃってたらしい。
「とりあえず、骨だけでもどうにかならねぇかなー」。あちこちからのボヤきを耳にしているうちに、夫のハートに火が付いた。
骨が活かされるといえば、出汁。そして彼は、大のラーメン好き。島にはラーメン屋さんがなくて、食べたくてウズウズしていたということもあり、まずは試しに作ってみちゃったんですね。それが始まり。
(6月1日試作の記念すべき第1杯。醤油ベースでのお披露目だ)
ラーメン屋さんの経験なんて、ないっすよ。彼の前職は、広告営業マンと薬局の店舗開発。飲食関係だって学生時代のバーテンぐらいしか覚えがないし、師匠もいない。ないないづくしの素人料理人が頼ることができたのは、インターネットと島の図書館だけであった。しかし世の中便利なもので、有名店のレシピとか結構公開されてるらしい。
とはいえ、机上の空論で上手くいくほどラーメン道は甘くない。
試作&試食会を実施すること計14回。最近ではイベントでの販売も経て、すでに500杯以上は試行錯誤に費やしている。最初は順調そうに見えたが、美しく捌かれたイノシシの「クセのなさ」が「特徴のなさ」として裏目に出てしまうときもあり、微妙なさじ加減に苦労したときもある。魚粉トッピングや担々麺も旨かったけど、あのパンチの強さにイノシシの風味がかき消されちゃってたし。あれは相当アタマ使ってるはずだ。夫のノートに真っ黒に書きつぶされた、ミリグラム単位のレシピの数々を私は知ってるからね。(そんな夫の格闘の日々は、別ブログ『猪骨ラーメン奮闘記~新米猟師の備忘録~』でどうぞ)
愛媛新聞や日テレ系列のニュース番組などにも取り上げてもらった。
まぁイノシシを使ったラーメンも前例がなかったわけじゃないけど、知る限り、チャーシューだけイノシシとか、たくさんの調味料で味を変えちゃっているようなものしかなかった。多分、ここまで「イノシシ本来の味」にこだわっているのは、夫のラーメンが初めてなんじゃないだろうか。
なんか、スゲー褒めてますね。まぁ私は食べてるだけでしたが、身内ってこと抜きにしても、そりゃあ褒めますよ。だって、「地域おこし協力隊」としてこれやるのメチャクチャ大変なんだもん!
◇独立しなきゃならないのに準備ができないジレンマ「地域おこし協力隊」
「地域おこし協力隊」って、その名前だけ見るとボランティアみたいなイメージあるかもしれないけど、まったく違うからね。簡単に言うと「過疎地への定住を前提とした、期間限定の公務員」。公務員でいられる期間は最長3年で、任期終了後はその新しい土地で独立しなきゃならない。だから勤務時間中は、地域のためになることを行いながら、独立のための準備をしてもいいってことになっている。そのための活動費も別途用意されていて、フォロー体制もばっちり!
……というのが、事前説明会でのうたい文句だったのだが、実際ふたを開けてみたら大違い。例え地域のためになることであっても、「独立のための準備」に勤務中の活動許可が下りないのである。当然、確保されているはずの活動費も使わせてもらえない。
これは完全に「協力隊のお悩みあるある」ですよ。私、父親が脱サラ自営業組だし、己もへっぽこフリーランスなので痛いほど分かるんですが、商売やって喰えるようになるまでって3年は余裕でかかりますからね。協力隊の期間なんて、最初からトップギアで攻めていかないと話にならない。なのに役所からは「前例がない」「特定の場所に利益が発生する」というセリフで却下される。だから休日だけの「片手間準備」を余儀なくされる人も多いとか。でもさ、今までと同じことやっても意味がないし、全住民にまったく均等に利益が発生するなんて「ばら撒き政策」じゃないんだからさ。じゃあ、一体どんなナリワイならOKなんすかね?
だが、不思議なことに、セミナーと懇親会(飲み会)がセットになった「研修旅行」なるものはバンバン推奨される。旅行は公務としてカウントされ、ホスピタリティあふれる顎足つき。宿泊先は各地持ち回りだから、どこの自治体も潤ってよかったネ! ……って、えーっと、パンチしてもいいですか?
おそらく「地域おこし協力隊」として都会の人間を呼び込んだ時点で、市役所としての仕事は終わっていて、その後定住しようがするまいが得点(補助金?)には影響ないんでしょうな。この辺は自治体によっても温度差あると思うけど、なんかそうとしか思えない対応なんだ。
ちなみに、夫は3年後には「猟師」として生計を立てていこうとしている。すでに「しまなみイノシシ活用隊」がルートを切り開いてくれているため、獲った肉の販売の他、解体でも報酬は発生する。あと害獣駆除の補助金ね。でも、それだけでは心元ないので、週に何日かは猪骨ラーメンの店を開く予定だ。それは独立のためでもあり、島の観光客にアピールするためでもある。
しかし、しかーしだ! この活動、今のところ市からの援助は一切受けていない。正確には「援助していただけなかった」というべきか。新聞やテレビ・イベントで大三島のこと相当PRしてるはずなんだがなぁ。レシピ開発・試食などに関わるすべての食材や、寸胴や計量器などの道具はすべて、我が家の家計から自腹で購入している(町役場から、調理場だけは貸していただけているが)。あまりにもツラいので、試食のときだけは募金箱を置いて、食べた方から「お気持ち」をいただいているという有様。ご厚意で協力くださっている方たちには、足向けて寝らんないよ。うう、切ねぇー。
あ、なので今回の「猪骨(ししこつ)ラーメン実食祭」イベントも、夫は有給使って来ています。公務としても認められなかったし飛行機代も出なかったから、別の日に都内でのセミナー受講をくっつけて、そっちのほうでを交通費を獲得することに成功した。営業マンとして泥水をすするような苦難を乗り越えてきた夫は、こういう交渉事への持久力もあるのでまだマシだが、社会経験が浅かったり、スレてない純真な子は大変だろうなぁ。皆さん、一緒に粘って勝ち取りましょう。活動費。
◇いざ、「猪骨ラーメン実食祭」開幕!
そんなこんなを経てたどり着いた「猪骨ラーメン実食祭」である。猪骨ラーメンを食べつつ、イノシシや狩猟、田舎への移住についてを語るトークライブだ。
ゲストは、いのしし活用隊のプロ猟師であり、移住先でのお隣さんでもある渡邉秀典さん。さらにスペシャルゲストとして、コラムニストでラジオパーソナリティのえのきどいちろうさん。先日お会いしたときに「お客さんが集まらないかもしれない」と漏らしたところご心配いただき、なんと開催前日、出演者として緊急参戦を名乗り出てくださったのだ。(うう、いつまでたっても不甲斐なくってスミマセン:涙)
今回は初の単独イベントってことで、夫と私にとってはちょっとした勝負どきでもあった。島では旨いと思っていたラーメンだが、果たして東京でも同じように通用するのか――。普段は「世の中ちょろいもんだぜ」と咥えタバコの夫も、この日ばかりは珍しく緊張している。妙に明るく振舞おうとして、スベる私。
しかーし、杞憂でした! 大盛況でした! とってもハッピーでした!!
(まずは皆さんで乾杯!)
(入口の看板、遊び心いっぱいで描いていだたいた)
(飾りで入っている骨も、部位によってカッコイイ形が。おすすめは「たてがみ」周辺)
当日は、35人のお客さんが来てくれた。まったく面識のないご新規さんも半分ぐらい。Twitterやフライヤーで興味を持ってくれたそうだ。そもそも大三島ってどこ? って話から始まり、イノシシと豚の違いや狩猟のトリビアあれこれ。猪骨ラーメンの解説で想像を膨らませた後は、クライマックスの実食。
実際に狩猟で使用している″わな”や銃弾、イノシシの皮や頭骨なども持ち込んで自由に体験してもらえるコーナーも設けた。
開演前に待ち切れず自らわなにハマる、ロフトスタッフの田実さん。これは「括(くく)りわな」といって、地面に埋めた落とし穴のような筒に足を突っ込んだ瞬間、入口の金具が閉まって足をとらえるという仕組みである。大人なら、甘い罠の一つや二つにかかってこそ、深みが出るってもんですよ。皆さんもおひとついかが?
最後は「みんなで猪骨ラーメンの今後を考える」という流れにまで発展し、お客さんまでが我が事のように様々な案を出してくれたのがうれしかった。ネーミングのこととか、味のこととか。今後の課題は、スープがちゃんと絡むような麺かな。これからも試作を重ねていきます。さらにパワーアップした猪骨ラーメン、またご賞味くださいな!
◇夫にとっては「移住セラピー」?
それにしても壇上。なーんか、不思議な光景だったなぁ。出演者はみんな自分に縁ある人たちなんだけど、出会った時代もフィールドも全然違う。猟師の渡邉さんは我々夫婦が移住してから一番お世話になっているご近所さんだし、えのきどさんは「季刊レポ」で出会ったライターの大先輩。MCのわっこ(宮木和佳子さん)は大学時代の友人で、今や仕事やカラス活動でのかけがえのない戦友だ。で、夫というウチの相棒。お互いがほぼ初対面。それがさ、目の前で同じフレームに収まって談笑とかしてんだよ。
(右から、宮木和佳子さん、えのきどいちろうさん、渡邉秀典さん、夫の吉井涼、私)
点と点がつながって、一本の線になるような感じが、なーんかなーんか、照れ臭かったんですよ。イベントは楽しいし、幸せ感じちゃったりして、またしても壇上で呑み過ぎてしまいました。この癖、なんとかしないとなぁ。
自分のダメさ加減は移住後も変わる兆しがないのだが、夫は、いい方向に変わった。喜怒哀楽が増え、たまに本当にうれしそうな顔をするようになったし。たくましい自然と繋がった影響もあると思うけど、「思い切って決断できた」「自分のやりたいことがやれている」という充実感が彼をそうさせているんじゃないかな。
田舎には、可能性を秘めた資源がタダ同然でごろごろ転がっている。夫やその仲間の地域おこし協力隊を見ていると、新しい″おもちゃ”を手に入れた少年のようだ。都市部では大学の研究職、保険会社のサラリーマン、外資系マーケティング職など、各分野のノウハウを手にした男たちが、毛皮や土や植物を手に取って「あれに使える」「これを組み合わせたらどうか」など瞳をキラキラさせながら、話し合っている。
そりゃあ、成功するかどうかなんて分かりませんよ。人生かかってますし、みんな結構カツカツで頑張っているんだけど、やっぱね「第二の青春」って言葉がぴったりだ。
(夫が所属している「上浦町&大三島町 地域おこし協力隊」5人衆。彼らが借りている田んぼでFacebook用の写真を撮影したのも、すでに懐かしい思い出だ。来年の3月でうち2人が卒業する)
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「移住して、どう?」 もう100回ぐらい聞かれたけど、今の私には正直わからない。良いも悪いもなく、ただただダイナミックな現実を「そういうものか」と受け入れるのに精いっぱいだからだ。
でもね、夫の顔見てるときは「よかった」って心から思いますよ。一歩踏み出した先には、こんな喜びもあるんですね。
カラス雑誌「CROW'S」の制作費や、虐待サバイバーさんに取材しにいくための交通費として、ありがたく使わせていただきます!!