小説 『長い坂』 第六話
川べりに桜が咲いていた。花粉症で目が痒く、鼻は詰まり、頭がぼおっとしていた。仕事帰りに駅から自宅まで一直線には戻らずに、少し迂回をして川べりを歩いた。なんていうことはない、普通の景色だった。コンクリートで補強された人工の河岸、その上に桜の木が覆い被さるように植っている。枝が垂れて重くなった桜の木から、暗いコンクリートの川底に向かって花びらが落ちてゆく。その様をマスクをしたぼくは眺めていた。桜の木に外灯の光があたっている。生ぬるい春風。人のいない川沿いの遊歩道。こういう春の景