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小説 『悪臭』 4

 バイトに集中できなかった。ホールで宮田とすれ違うとき、彼女の剥き出しの足が想像されて、落ち着かない気持ちになった。宮田が視界に入る度に、性的興奮を覚える自分が恥ずかしかった。気持ちが悪いと思った。自分が男であることが、自分に性欲のあることが、なんだか罪のような気がした。客席にビールを持って行った帰り、宮田と目があった。彼女は微笑み、ぼくの胸は高鳴った。これを恋というのだろうか?経験のないぼくには、恋と性欲の区別がつかなかった。もちろん、愛など知る由もない。自然と宮田を目で追っていた。

 バイトが終わった夜11時、更衣室で着替えをすませると、宮田に話しかけられた。

「お疲れ様です!もう帰るんですか?」

更衣室の扉を開けると、すぐ左の水道場のところに彼女は立っていた。ぼくを待っていたのだろうか。

「お疲れ様、うん、もう帰るところ」

ぼくがそう言うと、宮田は笑顔で言った。

「あの、もしよかったら、この後ご飯食べに行きません?」

ぼくの胸が早鐘のように鳴った。ぼくは今、女の子に飲みに誘われているのだろうか?こんな経験は初めてだった。咄嗟に言葉がでなくて黙っていると、宮田が言った。

「もしかして、この後予定とかありましたか?あ、彼女さんと会うとか、それだったら無理ですねえ」

宮田は笑顔だ。

「彼女なんていないよ、それにこの後は何もないし」

やっとの思いでぼくは言った。ぼくの頬は少し赤くなっていたかもしれない。

「そうですか、じゃあ行きましょうよ」

宮田が上目遣いで言った。心臓が痛いくらいに鳴っている。

「いいよ」
「やったあ!じゃあちょっと待っててください。着替えてきますから」

そう言うと、宮田は更衣室の中に入っていった。数分して宮田が出てきた。

「お待たせしました、行きましょう」

そう言うと、ぼくのそばに寄った。宮田の甘い香りが鼻をくすぐる。宮田の肩がぼくの腕に触れそうになった。あわてて身を引く。宮田は意味ありげな微笑を浮かべると、店の外へ出た。ぼくも後に続く。サンモール商店街は明るかったが、大半の店が店じまいをしていた。回転寿司屋、カフェ、ペットショップ、下着屋などは閉まっていて、開いているのはゲームセンターとチェーンの牛丼屋くらいだった。

「どこに行きます?」

宮田が振り向いてぼくに言った。

「そうだなあ…ふつうに居酒屋とか?」
「うーん、それもいいですけど…」

宮田の口元に細い皺が寄った。それがとても煽情的だった。

「あ、そうだ、ラーメン食べましょ、ラーメン」

宮田が笑顔で言った。

「ラーメン?別にいいけど、そんなんでいいの?」
「いいんです、私、何だか急にラーメンが食べたくなっちゃって」

はっきりと宮田のことを可愛いなと思った。同時に下半身に血流が行く。

「すぐそこに豚骨ラーメンのお店があるんです、この時間でもやってると思いますから、行きましょう!」

そう言うと、宮田はぼくの手をとった。ぼくが女性の肌に触れたのは、それが初めてのことだった。

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