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小説『悪臭』 5

 宮田と一緒に中野通りに面した豚骨ラーメン屋に行った。看板は黄色、博多とんこつラーメンと描かれた字は赤色だった。夜の中で目が痛くなるくらい光る店内灯。外へ豚骨の強烈な匂いが漂いでている。

「いらっしゃい!二名様ね」

頭に白いタオルを巻いた中年の店員が言った。服は黒、ゴムの黒い靴を履いている。入口に近い席にぼくらは座った。店内に客は他に三人しかいない。カウンター席に一人、テーブル席に二人。

「ねえねえ、何にします?」

宮田が話しかけてきた。

「えーっと」

パウチされたメニューは油でベタベタだった。

「じゃあ、シンプルに豚骨ラーメン」
「いいですね、私もそれにします。替え玉もありますよ」

宮田が店員を呼び、豚骨ラーメンを二つ注文した。何か話さなきゃ。

「宮田さんさ」
「はい?」

宮田の黒くて丸い目が、ぼくを見た。

「彼氏とかいるの?」

沈黙。やばい、まずい質問だったか。間を置いて、宮田がにやりと笑って言った。

「えー、気になります?」

小悪魔というかつて使われた言葉が頭に浮かんだ。可愛い、宮田は可愛い。胸が高鳴り、ぼくはどもった。

「い、いや別に」
「じゃあ何で聞いたんですかあ?」

宮田がにやにや笑っている。完全に彼女のペースだ。何か言わなきゃ、そう思ったときに、豚骨ラーメンが運ばれてきた。ぼくは生まれて初めて、豚骨ラーメンの提供時間の早さに感謝した。二人同時に熱々のラーメンを啜る。途中で宮田が自分のどんぶりにカラシ高菜を入れた。ぼくにもそれを薦める。カラシ高菜を入れたラーメンは結構辛くて、ぼくはガブガブと水を飲んだ。その姿を見て宮田が可愛いですね、と言って笑った。ぼくと宮田は替え玉も平らげた。

「ちょっとお手洗いに行ってきます」

ラーメンを食べ終えて、宮田が言った。彼女がトイレに行っている間に、二人分の会計を済ませた。ぼくはバッグから煙草を取り出し火をつけた。ゆっくりと煙草を吸っていると、宮田が戻ってきた。

「お待たせしました。あ、島田さんも煙草吸うんですね」

そう言うと宮田は大きめのハンドバッグから細い煙草を取り出した。ほっそりとした手でライターを握り、煙草に火をつける。煙がふわりと宙に舞った。

「メンソール」

宮田が笑顔で言った。宮田は笑うと目尻に小皺ができる。目が細くなって半月を描き、広角が上がる。それが堪らなく愛おしく感じた。また胸がドキドキした。あわててもう一本煙草に火をつける。宮田はゆっくりとメンソールの煙草を吸い終えると、言った。

「うち、来ます?」

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