小説 『はじめての恋愛小説』 1 エアコン故障す
みんみんみんみんみんみんみんみん、蝉が鳴いている。今年の夏も暑い。天気予報でやっていた、今日の最高気温は38度で、外へ出かける気もなくなる。年々最高気温が上がっているようだ。自分が子供だったころは、こんなに気温が高かったっけ?ここ最近夏になると清二は毎回のようにそう考える。こんな暑かったはずがない、そして毎回この結論に達する。清二は借りているアパートの窓をいっぱいに開けて、扇風機をつけて、おまけに左手に団扇、右手にソーダ味の棒アイスという格好だった。それでも、白い無地のTシャツは汗で濡れ、紺の短パンは熱を持っていた。最悪なことに昨日の晩、エアコンが急に動かなくなってしまったのだ。寝ている間つけっぱなしにしているエアコンが止まったせいで、清二は夜中の3時に目を覚ました。エアコンの止まった1Kの室内は蒸し暑くて、とてもじゃないが寝ていられない。清二はエアコンのリモコンを何度もいじったり、主電源を抜いたり、様々試みたが、ついにエアコンが再び動きだすことはなかった。エアコンはつくられてから15年が経っていた。
朝一番で近くに住んでいる大家さんに電話をかけた。高齢のお婆さんがでた。すぐにご主人にかわり、エアコンが壊れた旨、伝えた。高齢のご主人はすぐに業者をまわすからと言って電話を切った。大家さんへの電話が終わると、清二は仕事にでかけた。夜8時、仕事を終えて帰宅すると、ドアポストに手紙が入っていた。大家さんからだった。エアコン業者は忙しくて、来るのに最短でも1週間かかるとのことだった。この暑さの中でエアコンなしで1週間はなかなか辛い、そうは思ったが仕方がなかった。我慢するしかあるまい。翌朝、清二は大家さんに電話をかけて、1週間後の木曜日に、エアコン業者にきてもらうよう約束をした。木曜日は俺は仕事だから、真理にこの部屋にいてもらうようにしよう、清二はそう考えた。
翌日、仕事の合間をみて真理に電話をかけた。首尾よくつながった。
「仕事中ごめん」
「今休憩中だから大丈夫よ」
「実は2、3日前から俺の部屋のエアコンが壊れちゃっててさ、この暑さだろ、大家さんに修理業者をまわしてくれるよう頼んだんだけど、今混んでて、来られるのが次の木曜日なんだってさ。それで木曜は俺は仕事じゃん?つきましては大変申し訳ないんだけども…」
「私に部屋にいろってことね」
「そうしてくれるとありがたい」
「まあ、いいけど、木曜日は休みだし…」
「ありがとう、頼むよ」
「ええ、いいわ、頼まれてあげる」
そう言って真理は電話を切った。電話のために立ち寄った公園には、人っこ一人いない。気温が高過ぎるのだ。半袖のワイシャツからでる腕が、ジリジリと焼けてゆくような気がする。清二の額に汗が流れた。木曜日に真理が来る。俺が仕事から帰ると、俺の部屋に真理がいる。真理が俺にお帰りと言う。俺はそれに答えてただいまと言う。エアコンなおったよ、涼しい室内で真理がそう言う。そんな場面を想像した。まったくいい大人になって、何を夢見ているんだか、エアコンの修理が終わったら真理はすぐに帰ってしまうかもしれないじゃないか、清二は焼けつくような太陽の光の中でそう考えた。
「それでもいいか」
清二は呟いた。エアコンが壊れるのも悪くない、清二はそう思った。
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