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映画『新・三茶のポルターガイスト』は、未曾有の心霊映像体験でした!

6月21日に公開となった映画『新・三茶のポルターガイスト』ですが、公開まで待ち切れず、6月4日に池袋シネマ・ロサにて完成披露上映ですでに観ていました。今回は、公開に併せて映画の感想などを書いてみたいと思います。

個人的には大満足の内容でした。今回の映画に収められた超常現象のレベルは、はっきり言って「度を越えている」と言っていいと思います。ここまで「禍々しい」と思った心霊映像は初めてかもしれません。それくらい衝撃的な内容でした。とにかく、全オカルトファンは観て損はないのではと思います。


※大きなネタバレは無いと思いますが、これ以降は、念のため、映画をご覧になった後にお読みいただけると幸いです。


前作では多角的な視点で検証が行われましたが、今回はさらに本格的な検証が物理学や超心理学の専門家らにより行われ、この作品の一番の見所となっています。

前作は再現ドラマやゲストとのトークでやや脱線した印象もありましたが、今回はテーマを「ヨコザワ・プロダクションの怪異は本物かヤラセか?」に絞り込み、霊現象と科学の対立を中心に据えることで、緊張感が途切れることなく、見応えのある内容となっていました。

今回の検証で、ヨコプロ怪異の正体を科学的に解明することができたかどうかは、ぜひ劇場で確認してもらいたいのですが、特筆すべきは、心霊現象を肯定する角由紀子氏らと、超心理学者の小久保秀之氏が互いに一歩も譲らない議論を繰り広げるシーンです。
小久保氏が感情を露わにして主張するシーンもあります。科学者としては、少しでも疑いの余地がある限り、徹底的な姿勢で挑むことが不可欠ですが、科学者も人間である以上、感情が付きまとうことは避けられません。ただ、私の感想としては、小久保氏が「これで科学の歴史が変わるかもしれない」というような期待を持って検証されているようには思えませんでした(あれだけのことが起きているのに!)。まあ小久保氏の心中はまだわかりませんが、公式サイトによれば、この件についての論文が現在執筆されているようなので、その発表を楽しみに待ちたいと思います。



これまで私はヨコプロ怪異について、懐疑的または否定的な方にも読んでもらえるように、中立的な立場を意識して執筆してきました。しかし、今後その立場で書くことはかなり難しくなったというのが正直な気持ちです。それは、現時点で可能と思われる検証が一通り行われたと感じること、今回の映画での心霊現象のレベルが想像より遥かに高かったことなどから「ヤラセ」であることを証明するのは、逆にかなり難しいことだと感じるからです。


ではヨコプロ検証が今後向かうべき方向についてですが、「ヤラセ」でないとするならば、可能な限り、その本質を徹底的に追究していくことが期待されるでしょう。


そのヒントの一つになると思ったのが、先日のDave Fromm Channel(以下参考動画)でのAli Morizumi氏による提案です。Ali氏は、ヨコプロ怪異が横澤丈二氏の霊媒能力によるものだとするなら、フィリップ実験と同質の現象である可能性を指摘して、同様の実験をぜひやってみて欲しいと提案しました。


フィリップ実験とは、1972年にカナダで超心理学研究会によって行われた実験で、架空の人物「フィリップ・エイリスフォード」を想定し、その存在を信じ込むことで彼の霊を呼び出そうとした実験です。その結果、複数回のセッションで徐々に物が動いたり、ラップ音が起こるようになり、「霊」との対話が成立するようになりました。この結果から、フィリップ実験は心霊現象が人間の意識が物理現象に影響を与える現象である可能性を示唆する実験として重要視されています。(以下参考サイト)


この仮説が正しい場合、ヨコプロでの数々の心霊現象は、横澤氏のサイコキネシス(念動力)が原因とも考えられるわけです。

また、横澤氏自身はインタビューなどで、ヨコプロ怪異の検証において、角由紀子氏の関与が重要であると言及しています。フィリップ実験も一人でなく複数人で行われたとされていますし、いわゆる能力者が複数人集合したことで、これまでにない降霊が可能になった可能性はかなり高いのではと私も思います。世界中から能力者を集めて交霊会を行うのも面白いかもしれません。

余談ですが、先日、阿佐ヶ谷ロフトAにて開催された同映画の公開記念イベントに参加した際、横澤氏と一緒にコックリさんをするという貴重な体験をしました。
そこで感じたのは、横澤氏のコックリさんは”自動書記”に近いものだということです。かなり素早く動きます。私はほとんど力を入れていなかったので、コインを動かす力は横澤氏の腕力によるものだと思います。そう書くと、「やっぱりインチキだ」と感じる方もいるでしょう。ただ、自動書記とは本来そういうものです。重要なのは意識の状態です。

自動書記自体を神秘的なものと捉えるか否かというのは人によるかもしれません。同行した妻は、他者が発している感情やエネルギーを独特のイメージで感じ取れるのですが、横澤氏を「感情の波がなく平坦。静寂」と表現していました。例えば、瞑想の熟練者は、「雑念が消えて、空いた空間が瞑想空間である」と言います。また、超能力者の清田氏がスプーンを曲げる時の脳波は、行者の瞑想中の脳波と似ているとも聞いたことがあります。コックリさん中の横澤氏の脳波も測定してみたら面白いのではないでしょうか。



ただ、今後さらに詳細で学術的な検証を進める場合、ヨコプロ怪異が「エンタメとして成立するかどうか」という問題はあるかもしれません。私としては、未知の領域を垣間見れるだけでも十分なのですが、世間的には、「本物かヤラセか」という対立軸がなくなった時、コアな探求者とそうでない人たち(関心を失う人たち)に分かれるだろうと推測します。
見方を変えれば、「対立が結果的に豊かさを生む」ということでもあると思います。どちらか片方の立場にいるとそのことが見えなくなりがちです。そのため、「これは本物」だと思っていたとしても、最後まで検証にこだわり続けることは重要でしょう。


それは、この映画の企画・プロデュース・出演の角由紀子氏が一貫して追求し続けてきたことでもあると思います。ヨコプロ怪異がここまで大衆に受け入れられたのは、角氏の存在が大きく影響していると考えられます。今では現象に肯定的な角氏ですが、最初は懐疑的だったといいます。先日の6月8日付けのXの投稿で、角氏は「(ヨコプロ怪異が)「ヤラセ」だったら心霊系の発信を全てやめて霊は個人的な体験に留めようと思う」と語っています。あの投稿を見たファンや関係者がどう感じたのかは分かりませんが、少なくとも私には深く響きました。

また、先述のイベントで角氏は、「横澤氏がお金儲けのためにやってる旨の声をよく聞くが、これまで角氏に対しギャラの相談をしたことは一度もなかった」という事実を、時に涙を浮かべながら語っていました(少し酔われてはいたようですが笑)。正直、「強い人」のイメージだったのもあり面食らってしまったのですが、そうしたことからも、各所から風当りが強かったであろうことは想像がつきます。
横澤氏も、続編の企画が持ち上がる前はあまり乗り気ではなかったそうですが、角氏の力強い説得があり決心したと明かしていました。


科学者も人間であるという話は先に述べましたが、偉大な科学者たちも皆、最初は異端者として扱われたと思います。彼らがなぜその時点でそこに鉱脈があると確信し、情熱を注いで研究を進めたのかは、本当のところ誰にも分からないことだと思いますが、その営みの繰り返しの先に今があります。


角氏が自身の直感を信じた結果が、この映画に収められた多くの現象として結実していると思います。時間の経過と共に、これらの現象がどう評価されていくのか、楽しみにしたいと思います。



最後に、少し映画自体の話をしたいのですが、今回の映画で最も”粋”な演出は、ラストで横澤氏がエンディングテーマ『水底の愛』を歌うシーンです。
まさに緊張と緩和。笑いと涙が同時に押し寄せる素晴らしい瞬間でした。
横澤氏の歌声には独特の透明感と力強さがあります。また、楽曲も横澤氏自身が手掛けたもので(作詞は共作)、そこで改めて横澤氏の交信相手の霊である「てっちゃん」への想いが、時空を越えた壮大な愛の物語であることが示唆されます。

正直なところ、この歌が良ければ良いほど「一体何を見せられているのか」というシュールな気持ちにはなるのですが、結果的に、横澤氏と心霊のつながりを追ったドキュメンタリー作品としても奥行きが広がったと感じました。

個人的には、『三茶のポルターガイスト』の三作目は、ヨコプロの怪異だけでなく、横澤丈二という人物そのものに主軸を置いたドキュメンタリー作品も観てみたいと思いました。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

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