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キネマの神様に、逢いに行きたい

人生を旅に喩えた人は知っているけれど、映画を旅に喩えた人は知らない。

そして、エンドロールは旅の終着駅。訪れた先々を、出逢った人々を懐かしむ追想の場所だ。だから長くたっていい。それだけじっくりと、思い出に浸れるのだから。

こんなにも無性に映画館で映画を観たくなるような文章に、僕は今まで出会ったことがなかった。『キネマの神様』を読むまでは。

奇しくも、こんな世の中でこの1冊と出会ったことが、何とも言い難い気持ちにさせられる。

「映画館」は、間違いなくこのご時世で大きな打撃を受けている場所の一つだと思う。

それに今は、月額料金さえ支払えば、スマホ一つでいつでもどこでも好きな映画が見放題の時代。ここ2,3年ですっかり映画館から足が遠のいてしまった人は決して少なくないはず。例に漏れず、自分自身もその一人だ。

そんな「映画」に焦点が当てられている本作は、主人公を初めとするたくさんの映画好きによって物語が展開されていく。

その「好き」の度合いは、羨ましくも、そして妬ましいほどに高い。

映画を好きになり、その思いのまま映画の仕事をする主人公。

「好きなことで生きていくって、こういうことか」

そんなことよりも、自らの「好き」という情熱が誰かの心を動かす、と本作を読んで改めて感じた。

文字にすると大した新鮮味や意外性も無いけれど、少なくとも、本作の著者である原田マハさん(きっとご本人も映画が大好きなのだろうと勝手に思っている)の熱量によって、ぼく自身は心を動かされたわけだし、作中の登場人物もまた映画好きの情熱に心を動かされていく。

『楽園のカンヴァス』という「美術」をテーマにした作品でも、美術館へ足を運んでも「足が痛かった」との感想しか抱けない、そんな美術とは対極にいる自分が、美術へと引き寄せられた。

映画に限らず、自分の好きなことを思う存分楽しめなくなってしまった、そんなご時世に辟易している人はたくさんいるだろう。

ましてや、その好きを仕事にしている人たちの今の気持ちを、僕は想像することができない。

けれど、こうして誰かの「好き」に触れることは、人の心を動かし、人の行動をも変えてしまう可能性を秘めている。

少なくとも、今ぼくは映画館で映画を観たくてしょうがない。

ぼく一人が映画を見たとて、本当に、本当に微々たる支援にしかならないけれど、本作を通してこうして映画館へ足を運びたくなる人が一人でも増えたら良いな、と思っている。


恥ずかしながら、読み終えてから知ったのだが、本作は映画化される予定で、なんと公開日を来月(2021年8月6日)に控えているそうだ。

その主演が当初志村けんさんの予定だったと知って、涙を堪え切れなかったことは、言うまでもない。

この夏絶対に観たい、ぜひ映画館で観たい、そんな楽しみな作品にこのタイミングで出会えたのも、“キネマの神様”の粋な計らいかもしれない。

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