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何事もほどほどが一番だね



今年の5月末に、あるアイドルの推し活をやめたのだが、
現在、寂しくなっている。



推し活をしていた頃は、少なくとも月に1回、多いと月に3回ほど現場に足を運んでいて、コンサートや舞台やイベントやらに参加していた。
参加するにはお金が必要で、だいたい8000円〜1万5000円ぐらい。コンサートも舞台も2時間ぐらいで、推しの姿を眺められる。
現場に通っているときは、楽しいときも楽しくないときもあって、
まぁ楽しいことがほとんどだったけれど、
嫌な思いをしたりモヤモヤしたりすることもあった。
何より自分の完璧主義なところや、全てを知っていたい、と思うようになってしまってからは 苦しい時間も増えて、それで推し活をやめてしまった。
私にとっては苦渋の決断だった。

だが、どうだろう。今の私はそれをちょぴっと寂しく感じている。笑



現場が無くなって、毎年楽しみにしていた夏のイベントも無くなって、
「ここまでは頑張ろう!」という目標の日も無くなって、
なんだか寂しいな〜と感じてしまう。
つらいときは「ここまで生き延びるぞーーーー」と私の生きる意味になってくれていたし、
テレビとか音楽とか、あらゆる形で自分を支えていてくれていたから、
自分の意思で推し活をやめたのに、ひたすら寂しいなぁと思ってしまう。

そんな自分をワガママだな、とも思うし、当然なのかなとも思う。
全力で推し活をしていた分、その反動が今来ているだけで、
これは当然の感情なんじゃないかなとも思う。

寂しさを埋めるためには行動するしかないんだけれど、新しい推しを見つけるよりは、自分の趣味とか特技とか、自分磨きにハマりたいなと思う。
人を追いかけることは、ある意味自分を見なくて済むから現実逃避的な部分も私には出てしまって、
それで病んだりもしたから、
自分自身を磨けるようなそういう道に繋がるような行動をおこしたいな、と思う。


推しを好きになりすぎたことが私に寂しさを感じさせているのなら、
「結局、何事もほどほどが一番だよな」と思った。
どっぷりハマるのも良いけれど。
それはそれで良い経験だけれど。
色んな要素を掴みながら人間生きているので、それらのバランスを考えながら過ごしていくのが、
一番良いのかもしれないと思った。




ジムとか、行きたいな。ピラティスも興味あります。
自分磨きして、自分を好きになれればなんでも肯定できるかなと思うので、今日からもまた頑張って生きます🌼


生きようねー🌷🌼🌹🌻






2023.8.7  10:46

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